☭31』─1─ソ連はニコライエフスク虐殺事件で謝罪し戦時賠償を行った。日ソ友好関係。~No.60No.61 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 現代の日本人と昔の日本人は、違う日本人である。
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 現代日本歴史教育は、軍国日本の戦争理由を証明する歴史的事実を否定し歴史の闇に葬り、朝鮮人や中国人による日本人を虐殺したニコライエフスク虐殺事件の真相を教えない。
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 日本人漁民は、日本近海で難破した何隻ものロシア船から、荒れている海で命の危険を承知で、海な投げ出されたロシア人船員を無償で助けていた。
 「海の民」として、同じ「海で生きる人間」として、当たり前の事をしただけで、褒められたいとも、報奨金が目当てでもなく、当然の権利とされた漂流物を奪わず、死んだ者はお寺で供養し埋葬し、遭難の碑を立て花を添え荒れないように手入れをした。
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 日本軍部は、独ソ戦が始まるや、ソ連に大量の軍事物資を運ぶアメリカの輸送船団を黙認し、太平洋戦争が始まっても、ナチス・ドイツの遮断を要請する外圧を受けても、アメリカのウラジオストク・ルートを放置してソ連軍の勝利に貢献した。
 日本海軍中枢部には、共産主義信奉者ではなかったが親露派・親ソ派が存在し、対米戦の為にソ連に便宜を図っていた。
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 スターリンは、日本に復讐し天皇制度を廃絶する戦略から傀儡政権である朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)を作り、中国共産党と協力して日本を含むアジアを共産主義化しようとした。
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 2020年6月号 WiLL「日本の歴史を学び直せ
 馬渕睦夫×篠原常一郞
 ……
 歴史が語る日露の友好
 篠原 日本とロシアが国益を共有し合えるというのは、今回のウラジオストク訪問でも感じることができました。現地に行って改めて驚いたのは、日本とロシアには独特の歴史があるということです。実はウラジオストクの建築物には、日本人が建てたものが多いのです。中でも、ウラジオストクの軍港を守る要塞は、日本の技法が存分に使用されており、かなり丈夫な設計だった。
 案内してくれた人の話では、日露戦争後の1910年代に日本人が技術者を連れてきて設計図を引き、建築したものだとか。本来、ウラジオストクを守るのであらば、その要塞づくりに日本人を起用してしまっては、その秘密(構造)がすべて筒抜けになってしまいます。逆に言えば日露戦争の直後にもかかわず、『もう日本人は敵ではない』という意識だったことがよく分かりました。
 馬渕 当時のような日露関係になることができれば、日本とロシアはさまざまな面で協力することができるはずです。そういう意味では、日本とロシアは歴史的にも友好、協力関係を築くことができる素地がたくさんある。それを日本の国益の観点から考えればいいのであり、単にロシアが好きかどうか、プーチン大統領が好きかどうかで判断してしまうと間違ってしまう。
 篠原 もう少し遡(さかのぼ)ってみると、たとえばソ連時代。ソ連の科学アカデミー極東研究所のボリス・スラヴィンスキー教授は、日ソ中立条約の時代は日露関係がかなり良好だったと著書の中で紹介しています。
 たとえば、ニコラエフスク事件(尼港事件)の際にソ連が日本に謝罪をし、戦時賠償として樺太の石油開発権を日本に譲渡したという話もあります。ソ連が日本に対して謝罪をした歴史があることに驚きました。
 また一方で日本が賠償金を受け取って権益を拡大していく中、日本は大東亜戦争の最中にもかかわず、スマトラの油田が手に入ったということで、自ら開発した樺太の油田をソ連に引き渡しているのです。
 スラヴィンスキー教授は、ソビエト時代からこうした趣旨の発言をしています。北方領土についても、『日本に帰すのは、スターリン時代の負の遺産を解消する意味でも有効ですし、ソ連にとっても名誉あることになる』と主張しており、そういう事実を積み上げてきた日ソは関係を根本的に変えるだけでの歴史的な蓄積がある、ということを何度も発言していました。彼に学んで、我々はこれまでの歴史を見直す必要がある。
 馬渕 おっしゃる通りです。残念ながら、日本の国民は日露を含め、自国の歴史についてまったく不勉強です。ニコラエフスク事件についても、本来『尼港事件』として高校の日本史で教わるはずですが、日本人はほとんど知りません。
 当時、小さな港町であるニコラエフスクで700人ほどの日本人が共産パルチザンによって虐殺されたのです。この事件があったからこそ、シベリア出兵した日本軍は居留民保護のために保障占領せざるを得なくなった。シベリア出兵におけるアメリカの狙いが共産主義政権であったボルシェビキ政権を牽制することであったのに対し、日本はシベリアに共産主義が蔓延するのを防ぐために出兵した。こうした歴史を多くの教師は一言も教えません。その代わりに学校で教わるのは、『日本が領土的野心のためにシベリアに出兵し、その後も日本軍だけが駐留し続けた』というまったくデタラメ。こうした教育は、国民に対する侮辱以外の何物でもありません。
 篠原 本来、あのような場所には革命以前から各隣国の居留民がいて、居留民地区があるというのは普通だったわけですし、そもそも日本人を虐殺したのはボルシェビキ政権の指揮下とはいえ、朝鮮人と中国人の部隊ですよ。
 そういう事実をソビエト政府が認めて賠償までしている過程を知っている人はほとんど皆無でしょう。こうした歴史を見れば、日露の友好関係を歴史が証明しているわけです。
 馬渕 ですから繰り返しになりますが、我々は客観的な視点から日露の歴史というものをちゃんと学び直す必要があるのだろうという気がします。日本とロシアは必ず利益の一致点を見出すことがでいると確信しています。」
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 日本民族日本人は、中国・朝鮮の文化芸術よりもロシアの文化芸術が好きで、歴史的世界的著名な作家、音楽家、舞踏家、芸術家、冒険家、政治家、軍人、皇帝などの名前を中国人や朝鮮人よりもロシア人であげる事ができる。
 音楽も、世界的ロシア民謡の方をローカル的な中国や朝鮮の民謡よりも好んで聴いている。
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 日本民族日本人は、日本天皇を滅ぼそうと陰謀をめぐらしたロシア人共産主義者を嫌ったが、日本を好む一般ロシア人は好きである。
 つまり、マルクスエンゲルスイデオロギーを実行したレーニントロッキースターリンとその後継者を嫌ったのである。
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 日本民族日本人は、かつて殺し合ったロシア人とは友人としてわかり合う事ができるが、戦った事がない朝鮮人とは分かり合う事はできない。
 同様に、中国共産党とはわかり合う事はできないが、一般中国人とは友人になれる。
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 日露戦争後の日本と露西亜の友好関係は同盟に近いほどに深まり、シベリア出兵後の日本とソ連とも宥和関係を築いていた。
 そうした関係を嫌い破壊しようとした国家と国際民間組織があった。
 それが、アメリカ合衆国であり、アメリカ・キリスト教会とユダヤ系国際金融資本であった。
 日本と露西亜の平和的な関係を妨害し破壊し戦争へ追い込んだのは、共産主義者レーニンスターリンである。
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 日本人軍国主義者は、無償で、シベリアの戦場からロシア人避難学童を救出し、地球を一周してヨーロッパのロシア領に無事に送り届けた。
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 日本軍部・日本陸軍は、戦争をしながらポーランド戦災孤児らを赤軍の攻撃から救出していた。
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ニコラエフスクの日本人虐殺―一九二〇年、尼港事件の真実