✡13」─1─『旧約聖書』「創世記」。人間は自由を与えると神から離反する。〜  No.23No.24No.25No.26     

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   ・   ・  【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】 ・  
 聖書の世界観では、絶対神の創世は6000年前で、人類の誕生も6000年前とされた。
 太古の世界では、動物は植物を食べ肉を食べてはいなかった。
 絶対神は、信仰の証しとして生贄を要求し、生贄を捧げた信仰厚い者にのみ恩寵・奇跡を授けた。
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 ユダヤ人は、バビロン捕囚で失いかけたアイデンティティーを保つ為に「旧約聖書」を創作してユダヤ教を確立した。
 逆境を、智恵を生み、技を鍛え、賢く生きる人・民族・部族のみが子孫を残す。
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 ユダヤ人は、日本民族日本人ではなく朝鮮人ににている。
 イスラエルユダヤ人と朝鮮半島朝鮮人は、同じ地政学的地理的条件下で生活をしていたが、全く違う生き方をしてきた。
 ユダヤ人は、北のメソポタミア文明と南のエジプト文明に挟まれ、西に地中海の東に砂漠のアラビア半島は人が移動できても人が住めなかった。
 朝鮮人は、北の中華文明(黄河文明)と南の日本文明にはさまれ、西と東は海で人が移動できても人が住めなかった。
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 ユダヤ人は、メソポタミア文明エジプト文明を拒否して伝統的民族性を守り通し、民族宗教であるユダヤ教を創作した。
 朝鮮人は、中華文明を全面的に受け入れて民族の伝統的なモノを全て捨て、中華文化に習って何も創らなかったし何も生み出しもしなかった。
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 朝鮮人は、創氏改名を繰り返し、日本姓と似た姓名であった古朝鮮特に百済姓を野蛮として捨て、中華の中国姓にかえた。
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 2019年6月13日号 週刊文春「文春図書館 名著のツボ 石井千湖
 『旧約聖書 創世記』
 ここがポイント! 
 人間は自由を与えると神から離反する
 駄目な存在ということが繰り返されます
 『旧約聖書』はユダヤ教キリスト教聖典であり、イスラム教の教典にもなっている。人々に影響は計り知れない名著だ。その巻頭を飾る書が『創世記』。作家の奥泉光さんは『「旧約聖書」のなかで最も面白く、さまざまな作品で繰り返し変奏されている物語の宝庫です。「創世記」お知らずしてヨーロッパ文学を読むことはまず不可能でしょう。』と言う。『創世記』が描くのは、天地創造から始まるユダヤ民族の歴史だ。
 『まず大きな特徴は、徹底した神の超越性です。だいたいの神話ではあらかじめある混沌の世界に神が現れて天と地を分ける。ところが『創世記』の場合は〈始めに神が天地を創造された〉。つまりもともと何もないところで、いわば無から神が言葉をもって世界を創っていくんですね』
 どうして他の神話と全く異なる描き方いなったのだろうか。奥泉さんによれば、『旧約聖書』成立当時のイスラエルが置かれていた状況と深い関わりがある。
 『ユダヤ人は紀元前11世紀に現在のパレスチナに王国を建てましたが、エジプトやメソポタミア文明を祖とする強大な二つの帝国にはさまれ、常に脅かされていました。弱小国が大国に飲み込まれないよう抵抗することで生まれたテキストが「旧約聖書」です。既存の神々を否定して、ヤハウェを唯一の絶対的な神と見なし、アイデンティティの根拠にした』
 有名なエデンの園のエピソードには『旧約聖書』の人間観がよくあらわれているという。神はアダムとイブという人間を造り、エデンの園に住まわせた。しかし、ある日、蛇に誘惑されたイブが神に禁じられた樹の実を食べてしまう。
 『蛇の言葉に想像力を刺激されてイブは禁断の実を食べます。そしてアダムにも同じ実を食べさせる。「創世記」に登場する人間は、想像力を得て自由になったからこそ罪を犯すんですね。また、神にとがめられるとアダムはイブの、イブは蛇のせいだと言い訳をする。人間は自由を与えられると神から離反する駄目な存在ということが繰り返し描かれます。そもそも人間に実を食べさせたくないなら、樹に近づけないようにすればいい。神がそうしないのは、悪事をなす自由のある人間が善行をなすことに意味がある、というのが「旧約聖書」の考え方だからです』
 『創世記』は民族の歴史のとらえ方もユニークだ。
 『民族の歴史をまとめた書物の大半は、自民族中心主義的ですが、「創世記」はそうではありません。為政者の支配の正当化を根拠づけるのにも奉仕しない。そもそも「創世記」でユダヤ人の祖先とされるアブラハムは寄留民と呼ばれる半遊牧民で、差別されたマイノリティです。なぜ、そうなったのかとうえば、紀元前6世紀〝バビロン捕囚〟の影響が大きいと思います。それは新バビロニアユダ王国を滅ぼし、ユダヤ人をバビロンに強制的に移住させた出来事です。その後ユダヤ人は国を失い、離散の民となりますが、ユダヤ知識人は戦勝国の文化を飲み込まず、捕囚経験を思想化することで民族を維持しました。そのため王や国家に批判的な知性の伝統が保たれた。歴史叙述だけでなく、文学として「旧約」が魅力的なテキストとなったのは、そのためだと考えられます』」
 日本には、普遍宗教が持つ天地創造神話、最終戦争のハルマゲドン、始めと終わりの終末思想、最後の審判思想、死後の永遠の命、神の国である天国・光の国、などは存在しない。
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 『旧約聖書』(日本聖書協会、1955年)ユダヤ教キリスト教イスラム教。
「創世記」
 第1章
 はじめに神は天と地とを創造された。
 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。
 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。
 神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。
 神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。
 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。
 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。
夕となり、また朝となった。第三日である。
 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、
天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。
 神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。
 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。
 夕となり、また朝となった。第四日である。
 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。
 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。
 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海たる水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。
夕となり、また朝となった。第五日である。
 神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。
 神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。
 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。
 また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。
 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。
 第2章
 こうして天と地と、その万象とが完成した。
 神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。
 神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。
 これが天地創造の由来である。主なる神が地と天とを造られた時、地にはまだ野の木もなく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土を耕す人もなかったからである。
 しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。
 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。
 主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。
 また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。
 また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。
 また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分れて四つの川となった。
 その第一の名はピソンといい、金のあるハビラの全地をめぐるもので、その地の金は良く、またそこはブドラクと、しまめのうとを産した。
 第二の川の名はギホンといい、クシの全地をめぐるもの。
 第三の川の名はヒデケルといい、アッスリヤの東を流れるもの。第四の川はユフラテである。
 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。
 主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。
 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。
 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。
 そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。
 それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。
そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。
 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。
 人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった
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 日本の民族主義の源泉である民族中心神話や天孫降臨神話否定は、マルクス主義共産主義というよりユダヤ教の神学論から来ている。
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 現代の世界は、一神教の『聖書』で動いている。
 社会で生きる人間にとって、信教の自由はあっても政教分離はありえない。
 人間を狂気で発狂させず人間としている根本は、宗教である。
 政教分離を実現できるのは、反宗教無神論マルクス主義、特に共産主義だけである。
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 共産主義マルクス主義は、人中心・科学万能で神殺しを行っている。
 人を人たらしめているのは、宗教・神ではなく科学であると。
 共産主義は、神を殺した人民社会を築こうとしてきた。
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