🔯17」─3・B─古代ヒッタイト帝国滅亡は異常気象による農業崩壊にあった。~No.55  

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2023年3月8日11:30 YAHOO!JAPANニュース クーリエ・ジャポン「古代ヒッタイト帝国滅亡の理由が「木々の年輪」から見えてきた?
 古代ヒッタイト帝国の首都ハットゥシャの遺跡にあるライオンの門 Photo: Izzet Keribar / Getty Images
 古代ヒッタイト帝国が滅亡した理由は謎に包まれている。だが、同時期に起こったある気候の変化が、その滅亡に関係しているかもしれないとする研究が発表された。地球温暖化に人類はどう対処するかという課題にフォーカスし続ける記者が、その信ぴょう性に迫る。
 【画像】ヒッタイト帝国が高度な文明だったことを示す女神のペンダント
 古代ヒッタイト帝国に何が起こったのか、確かなことは誰も知らない。500年近くものあいだ、その支配は現在のトルコ、シリア、レバノン一帯に及んでいた。
 その王たちは、城壁に囲まれた首都にある、巨大な石造りの宮殿に住んでいた。大規模な農業や高度なかんがいシステム、広大な貿易網により、帝国の金庫は満たされていた。
 それから、紀元前1200年を過ぎてすぐ、帝国は消え失せる。考古学的な調査からは、王家が宮殿をあきらめ、都を逃れたらしいことがわかっている。都は捨て去られ、のちに焼かれた。いったいなぜそんなことになったのか、破壊された王国の遺跡からはほぼ何もわからない。
 厳しい干ばつが3年も続いたから?
 だが、はるか昔に枯れた木々の年輪に記録された気候データが、ひとつの手がかりを与えてくれる。帝国が崩壊したちょうどその頃、ヒッタイト人たちは3年連続で厳しい干ばつに苦しんでいたことが、科学誌『ネイチャー』に掲載された最新の分析から示されたのだ。
 そうした深刻な水不足が、ヒッタイト経済の要である巨大な農地を破滅させ、それが飢饉や経済の混乱につながり、やがては政変に至ったかもしれないと研究者らは述べている。米コーネル大学の考古学者で、今回の研究論文の主執筆者であるスタート・マニングは言う。
 「干ばつが1年続けば問題です。2年続けば危機です。3年続くとなれば実際、それは危機以上のものでしょう。そのように次から次へ、また次へと破綻に遭遇したことがおそらく、大国を転覆させたのです」
 文明の崩壊、そして地球規模で起こった気候の急激な変動を結びつける研究が蓄積されてきており、今回の研究はその最新のものだ。
 古代エジプト石器時代の中国、ローマ帝国アメリカ先住民の諸都市、その他数え切れないほどの遺跡で専門家らが発見してきたのは、洪水や干ばつ、飢饉といったものがいかに人類史の流れを変え、社会を滅亡や変革へと追い込みうるのかという証拠だ。
 主に化石燃料を燃やすことで人類が排出する温室効果ガスが大気圏を温め、現代諸国が築かれている土地を変容させているいま、この研究は警告も安心感も与えると考古学者らは言う。
 この研究は、気候危機でますます頻繁になり、かつ深刻化する自然災害の危険性を裏づけるものだ。だが、諸共同体をより強靱にしうる方策を指し示すものでもある。つまり、多様な経済を築き、環境への影響を最小化し、より持続可能なやり方で都市を開発するということだ。
 Sarah Kaplan
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 3月8日 「現代の気候危機への教訓
 古代ヒッタイト帝国滅亡の理由が「木々の年輪」から見えてきた?
 古代ヒッタイト帝国の首都ハットゥシャの遺跡にあるライオンの門 Photo: Izzet Keribar / Getty Images
 古代ヒッタイト帝国が滅亡した理由は謎に包まれている。だが、同時期に起こったある気候の変化が、その滅亡に関係しているかもしれないとする研究が発表された。地球温暖化に人類はどう対処するかという課題にフォーカスし続ける記者が、その信ぴょう性に迫る。
 古代ヒッタイト帝国に何が起こったのか、確かなことは誰も知らない。500年近くものあいだ、その支配は現在のトルコ、シリア、レバノン一帯に及んでいた。
 その王たちは、城壁に囲まれた首都にある、巨大な石造りの宮殿に住んでいた。大規模な農業や高度なかんがいシステム、広大な貿易網により、帝国の金庫は満たされていた。
 それから、紀元前1200年を過ぎてすぐ、帝国は消え失せる。考古学的な調査からは、王家が宮殿をあきらめ、都を逃れたらしいことがわかっている。都は捨て去られ、のちに焼かれた。いったいなぜそんなことになったのか、破壊された王国の遺跡からはほぼ何もわからない。
 厳しい干ばつが3年も続いたから?
 だが、はるか昔に枯れた木々の年輪に記録された気候データが、ひとつの手がかりを与えてくれる。帝国が崩壊したちょうどその頃、ヒッタイト人たちは3年連続で厳しい干ばつに苦しんでいたことが、科学誌『ネイチャー』に掲載された最新の分析から示されたのだ。
 そうした深刻な水不足が、ヒッタイト経済の要である巨大な農地を破滅させ、それが飢饉や経済の混乱につながり、やがては政変に至ったかもしれないと研究者らは述べている。米コーネル大学の考古学者で、今回の研究論文の主執筆者であるスタート・マニングは言う。
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