💣11」─1─クラウゼヴィッツの戦争論でプーチンのウクライナ侵略を読み解く。~No.38No.39No.40 

   ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 2022年4月8日 MicrosoftNews JBpress「クラウゼヴィッツ戦争論プーチンの戦争を読み解く
 © JBpress 提供 都市が跡形もなく破壊されようとしているウクライナ南東部の要衝マリウポリ(4月3日、写真:ロイター/アフロ)
 ロシア軍がウクライナに軍事侵攻を開始してから、ほぼ6週間が経過した。
 ロシア軍とウクライナ軍との間で激しい戦闘が繰り広げられている中、両国の代表団による「和平協議」(注1)が断続的に継続されている。
 (注1)現在行われている両国の協議の内容は、明らかに停戦協議でなく和平協議である。日本のメディアは停戦協議としているが、海外のメディアは「peace talks:和平協議」としている。
 ロシア軍の戦い方を見ていると、クラウゼヴィッツがその著書『戦争論』で述べたことをそのままに実践しているように見える。
 『戦争論』は、1832年プロイセンの軍人だったクラウゼヴィッツが、ナポレオン以降の近代戦争というものを初めて体系的に研究し、戦争と政治の関わりを包括的・体系的に論述したものである。
 世界的にも東洋における孫子の兵法に並ぶ古典的な名著である。
 「百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」という孫子の兵法の一節になじんでいる我々は、ロシア軍が民間人を無差別に攻撃したり、都市を徹底的に破壊する様子に違和感を覚える。
 しかし、『戦争論』は、戦争の本質は、敵に我々の意思を押しつけることであるとしている。
 これを確実に達成するためには、敵の抵抗力を奪わなければならない。
 そして、抵抗力の3要素である「戦闘力」と「領土」と「敵の意思」について、戦闘力をもはや再び闘争を続けることができない状態まで壊滅せよ、国土を占領しその国土から新たなる戦闘力が生ずるのを防止せよ、降服を余儀なくさせるほど敵の意思をくじけと、教える。
 ロシア軍はクラウゼヴィッツの教えを実践しているように見える。
 以下、『戦争論』からいくつかの文節を取り上げ、ロシア軍の戦争行為と比較分析する。太字の文章は、『戦争論』(淡 徳次郎氏訳 徳間書店)からの引用である(一部読みやすいように編集)。
1.戦争の政治目的
 戦争は他の手段をもってする政治の継続にほかならない。
 有名なこの一節は、戦争が政治目的を達成するために手段であることを明確にしている。
 では、プーチンの政治目的とは何か。それは、ウクライナをかつてのソ連の衛星国であった東欧諸国のようなロシアの衛星国にすること、ならびにウクライナ東部および南部をロシアに割譲させることであろうと筆者は見ている。
2.戦争の目的
 では、ウクライナ戦争の目的とは何か。
 プーチンは2月24日侵攻開始にあたって、国民向けのテレビ演説で、「ウクライナ東部のロシア系住民を守るために特別軍事作戦を命じた」ことを明らかにした。
 筆者は、この発言はウクライナ戦争が自衛権の行使であり、国際法違反でないということを強弁しているにすぎないと見ている。
 プーチンの真の戦争の目的は、キーウを包囲・占領し、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領を拉致または殺害して親露派政権を樹立すること、ならびにウクライナ東部および南部を占領し各市町村に親露派の首長を就任させることであると筆者は見ている。
 作戦目的も戦況の推移によって変更される。現在のロシア軍の戦争目的は後段のみとなっているように見られる。
3.戦争行為の目標
 戦争とは、敵を強制して我々の意思を遂行させるために用いられる暴力行為である。
 国際法上の慣例という名目のもとに、この暴力の行使にいろいろな制限が課されることは、事実であるが、それらの制限は、ほとんどとりたてていうに値しないほどささやかなものであって、暴力の効果をいちじるしく弱めるのものではない。
 かくて暴力は手段であって、敵に我々の意思を押しつけるのが目的である。
 この目的に確実に到達するためには、敵の抵抗力を奪わなければならぬ。そして、これが戦争行為の目標である。
 もし、戦争が敵を強制してわが意思に従わしめるための暴力行為であるとすると、その目指すところは常に敵を粉砕すること、つまりその抵抗力を奪うことに帰着する。
 戦争の本質は、敵に我々の意思を押しつけることである。これを確実に達成するためには、敵の抵抗力を奪わなければならない。そして、敵の抵抗力を奪うことが戦争行為の目標となる。
 今、ウクライナ各地では、ウクライナの抵抗力を奪おうと侵入・攻撃するロシア軍に対して、そのロシア軍を阻止・撃退しようとするウクライナ軍との間で激しい戦闘が繰り広げられている。
4.抵抗力の3要素
 一国の抵抗力を奪うために、戦闘力は壊滅されなければならない。換言すれば、もはや再び闘争を続けることができない状態にこれを陥れる必要がある。
 国土は占領されなければならない。というのは、国土より新たな戦闘力が生ずる恐れがあるからである。
 しかし、たとえ右の2つのことがなされても、敵の意思がくじかれない限り、すなわち、その政府と同盟国に講和条約の締結を余儀なくさせ、もしくは敵国民に降服をよぎなくさせぬかぎり、戦争は終結したものとみなすことはできない。
 以上の3つの要素のうち、戦闘力は国土防衛に必要なものであるから、まずこれを壊滅し、そのうえで国土を占領し、ついで、この2つが成功したならば、その時の見方の情勢にもとづき、敵に講和を強制するというのが自然の順序である。
 ロシア軍は特定の都市を集中攻撃しているが、ウクライナ軍の戦闘力の壊滅は不十分であるように見える。
 クラウゼヴィッツは、国土は占領されなければならないというが、プーチンは2月24日、国民向けのテレビ演説で、「ウクライナ領土の占領については計画にない」と述べた。
 事実、ロシア軍は、キーウの占領は諦め、東部・南部の戦略的要衝である幾つかの都市の占領に拘っている。
 マリウポリが占領されれば、ロシアが違法に併合したクリミア半島と、ウクライナ東部の親露派武装集団が実効支配する地域がつながることになる。
 さて、敵の意思であるが、プーチンの大きな誤算は、ウクライナ側の士気が高く抵抗力が強いことである。その中心には、ゼレンスキー大統領がいる。
 ゼレンスキー大統領は、侵攻3日目の2月26日、首都キーウで自撮りした動画を公開しロシアの暴挙への怒りと抵抗の意志を国民に示した。そして、国民の愛国心は高まり団結した。
 以上のことから、ロシアはいまだウクライナに講和を強制する状況に至っていない。
5.講和の動機
 (まず戦闘力を壊滅し、そのうえで国土を占領し、ついで、この二つが成功したならば、その時の見方の情勢にもとづき、敵に講和を強制するというのが自然の順序である)
 しかし、現実の世界では必ずしもこのようにならない。敵味方の一方が抵抗力を失ったと見なされ得ないのに、そればかりか、両者の均衡が著しく破られていないのに、講和が締結される場合がきわめてしばしばある。
 それは、概念の戦争と現実の戦争が同一でないことに由来している。
 もし戦争が概念通りのものであるならば、力の著しく不平等な両国家間の戦争は馬鹿げたことであり、ありうべからざることであろう。
 すなわち、著しく強大な敵の戦闘力の壊滅は無用な空想に類することであることを認めないわけにいかない。
 ところが、現実の戦争において講和の動機となりうるものが2つある。第1は、勝算の少ないこと、第2は、勝利のために払うべき犠牲の大きすぎることであろう。
 ロシア軍とウクライナ軍との間で激しい戦闘が繰り広げられている中、両国の代表団による和平協議が継続されている。
 クラウゼヴィッツは、敵味方の一方が抵抗力を失っていないのに、そればかりか、両者の均衡が著しく破られていないのに、講和が締結される場合がきわめてしばしばあるという。
 現在のロシアとウクライナと和平協議はこれに当てはまるであろう。
 概念の戦争と現実の戦争は同じでない。つまり、現実の戦争においては講和の動機となるものが2つある。
 一つは勝利を得る見込みであり、もう一つは勝利のために払うべき犠牲の大小である。
6.勝算の大小
 戦争というものは必ずしも厳密に内部的必然性を持った法則に従うものではなく、蓋然性の計算に基づいて行なわれる場合が多い。
 そしてこのことは、戦争がそれを呼び起こした諸事情に支配されることが大きく、また動機や緊張が弱いほど、いっそう顕著である。
 そういうわけだから、この蓋然性の計算、すなわち勝算の大小が講和の動機となりうるということもまた、理解するに困難ではない。
 したがって戦争は、かならずしも一方の側の壊滅まで戦いつくされる必要はない。動機や緊張が非常に弱い場合には、ごくわずかでも敗戦が予想されるだけで、このような危惧を抱く側に投降を促すことができる。
 現時点で、ロシアとウクライナの勝算に優劣は見えない。
 ウクライナにとっては、欧米諸国の兵器などの軍事支援の継続・強化がなければ勝算は小さくなるであろう。
 一方、ロシアは、戦争の長期化は不利という見立てもあるが確たるエビデンスがない。
7.犠牲の大小
 講和の決心にいっそう一般的な影響を及ぼすものとして、過去における「兵士の損失」(注2)ならびに将来における「兵士の損失」(注2)に関する考慮がある。
 戦争というものが決して盲目的な激情行為ではなく、そこでは政治的目的が大きな力を占めている以上、この政治的目的がもつ価値の大小が、これをあがなうために必要な犠牲の大小を規定しないわけにはゆかない。
 ここで犠牲の大小というのは、一時的な犠牲の量だけでなく、その時間的継続をも意味する。
 そのため、犠牲が政治的目的の価値に釣り合わぬほど大きなものとなるや否や、戦争は中止され講和が結ばれるようになる。
 米CNNによると、北大西洋条約機構NATO)軍当局者は、露軍の死者が7000~1万5000人で、負傷者・捕虜を合わせた人的損失が3万~4万人と推計した。
 旧ソ連アフガニスタン侵攻(1979~89年)でのソ連兵の死者は、10年間で約1万4000人であった。今回の侵攻で露軍に甚大な損失が出た可能性がある。
 一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は3月12日、軍の犠牲者が約1300人だと公表し、ロシア軍の10分の1だと主張した。
 ロシアは兵員の補充が可能であり、一方、ウクライナは犠牲者を局限しており、両国とも兵士の損失が、すぐに停戦/和平を急ぐ大きな動機とはならないであろう。
 ところで、クラウゼヴィッツが『戦争論』を書き表した時代に、市民の犠牲、すなわち人道的考慮が、戦争の遂行にどの程度影響を与えたかは不明であるが、筆者は、当時はあまり考慮されなかったと推測する。
 しかし、現代は人道的考慮が戦争の遂行に大きな影響を与えるようになっている。
 例えば、ウクライナの民間人犠牲者が、日に日に増えている。国連人権高等弁務官事務所は3月24日、ロシアのウクライナ侵攻が始まってからの1カ月で、ウクライナの民間人の死者数が1000人を超えたと発表した。
 これはウクライナ側にとって停戦/和平を急ぐ大きな動機となるであろう。
 (注2)『戦争論』では「力の支出」となっているが、本稿では「兵士の損失」に置換している。
8.講話の成立
 すなわち次のことは明らかである。
 一方が他方の抵抗力を完全に奪うことの不可能な戦争では、将来における成功の見こみとそのために必要な犠牲の考量が、双方の側にとって講和の動機となりうる。
 もしこの動機が双方の側で同じくらいの強さであるならば、両者はその政治的要求の中間のところで妥協するであろう。
 講和を望む動機が一方の側で強まれば、他方の側では弱まることもありうる。
 双方の動機がともに強まったとき、講和が成立するが、いうまでもなく、この場合、講和を望む切実さの少ない側の方が有利である。
 プーチンは、5月9日の対独戦勝記念日に出席し、そこで勝利宣言をすることを目指しているという情報がある。
 これが事実なら、ロシア側が停戦/和平を急ぐ動機となるであろう。
おわりに
 ロシアのプーチンは3月16日、政府閣僚向けのテレビ演説で、もしロシアが撤退すると西側諸国が考えているならば、それはロシアという国を理解していないと主張した。
 同時に、ウクライナの中立化、非軍事化、非ナチ化について話し合う用意があるとする一方、ロシアは依然として軍事作戦の目標を達成すると述べ、それは「計画通りに進行している」と述べた。
 他方、ウクライナのゼレンスキー大統領は4月4日、ロシア軍が離れた後に多数の民間人の遺体が見つかった首都キーウ近郊のブチャを訪れた。
 その際、大統領は、これはジェノサイドであるとロシアに対して強い怒りをあらわにした一方、ロシアとの和平協議は継続する考えを表明した。
 なおもロシアと和平協議を続けることが可能かとBBC記者が質問すると、「可能だ。ウクライナには和平が必要だからだ。私たちは21世紀のヨーロッパにいる。外交および軍事による努力を続ける」と答えた。
 和平協議の現状について、筆者は、双方の間には依然として「非常に大きな隔たりがある」と見ている。
 さて、クラウゼヴィッツは『戦争論』の中で次のように述べている。
 ところで、敵の戦闘力を壊滅することなく、戦争の成否についての敵の推測に影響を及ぼしうる独特の手段がある。
 それは、ほかでもない。直接に政治と結びついた工作である。
 たとえば、敵の同盟者を離間させたり、無力化させたり、自国のために新しい同盟者をつくったり、自国に有利な政治的情勢をつくりだすなど、さまざまの工作を行なうことができる。
 こうした工作が、戦争の成功についての確信を高め、戦争目的実現にとって、敵の戦闘力の壊滅という方法よりも、いっそう近道である場合があることは、容易に理解できるところである。
 つまるところ、プーチンに勝利するには、ウクライナ側の徹底抗戦により戦争の長期化を図り、国際社会は一致団結して、経済金融制裁でロシアを経済的、外交的に孤立させ、国際世論でプーチン戦争犯罪や民族大量虐殺罪を批判し、ひいては、ロシア国民の厭戦気分を高め、大規模な反戦デモを喚起し、最終的にプーチン政権の退陣または側近のクーデターにつなげていくしかないであろう。」
   ・   ・   ・