🎄11」─1─軍国日本とカリフォルニア州の宣戦布告な戦争状態。アメリカとカナダの人種差別主義者による日本人移民排斥運動と暴動。紳士協定。1909年~No.32No.33No.34 @ 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。  
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 タフト大統領(任1909〜13年)は、内政面では革新主義的政策を行い、対外的にはドル外交を行い経済力を通じて中南米諸国に圧力を加えた。09年 海兵隊は、ニカラグアを武力占領して親米政権を樹立した。タフト政権は、最後の巨大市場である満州への経済進出をはかる為に、前政権以上に日本に対して門戸開放の実現を強要した。 
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 1909(明治42)年 アメリカの人種理論家ホーマー・リーは、反日家として「将来、日本は必ずアメリカを攻撃する」との論文を発表した。
 リーは、正規の職業軍人ではなかったが、その戦略的軍事思想は現役の軍上層部からの絶大なる支持を得ていた。
 アメリカ軍は、アジアにおけるアメリカの権益と植民地フィリピンを日本軍の侵略から防衛する為に、対日戦の研究を開始した。
 孫文は、彼に中国軍の大尉の肩書きを与えて軍事的助言を求めた。
 モルガン商会、クーン・ローズ商会、ファースト・ナショナル銀行、ナショナル・シティ銀行などの大手金融・投資資本は、政府の要請に従って満州進出の為に銀行投資団を結成した。
 銀行団代表には、総領事を辞めた反日家のストレートが就任した。日本への外圧を強化する為に、中国を対象とする国際借款団に参加した。
 アメリカ銀行団の資金の多くが、ロンドン・シティから出ていた。   
 2月2日 ロシア生まれのトルコ系タタール人でパン・イスラム主義指導者イブラヒムは、日本を訪問した。
 日露戦争当時、ロシア帝国領内のトルコ系ムスリム自治拡大を求めて活動していたが、暴力的共産主義革命を恐れたロシア帝国政府の弾圧で自治運動は失敗に終わった。
 世界中のムスリムは、日露戦争で白人に勝利した小国日本に期待し、非白人の日本との提携と支援を求めた。
 ムスリムは、日本の「八紘一宇」的アジア主義に触発され、パン・イスラム主義を掲げて世界中のムスリムが連帯し大同団結すべきだと訴えた。
 7月 ニューヨークの衣服産業で、ユダヤ人女性労働者らによる待遇改善を求めるストライキが頻発した。
 新移民である東方ユダヤ人移民は労働組合の執行部を支配し、旧移民であるイギリス・アイルランドユダヤ人移民の子孫である資本家と対立していた。
 だが,衣服産業界の大半の経営者は同じ東方ユダヤ人移民であった。
 ロシア出身ユダヤ人の急進的社会主義者無政府主義者が、資本家を社会から排除しプロレタリア独裁体制を成立させる為に、ストライキを社会崩壊に暴走させるべく暗躍した。
 非ユダヤ人女性労働者の家庭は貧困層に属しており、日雇い労働的な彼女らの働きで家計が維持されていた為に、ストライキには参加しなかった。
 ユダヤ人によるストライキは、非ユダヤ人貧困階層の家計に打撃を与えていた。ユダヤ人が経営する零細商店では、商品の入荷が減少した為に客の来店が激減し、売り上げも減収して経営が苦しくなった。
 ユダヤ人共同体は、東方ユダヤ人労働者が始めたストライキを放置する事は、ユダヤ人社会の崩壊に繋がるとの危機感から調停に乗り出した。
 資本力の弱い中小の製造業社は、ストライキが継続されると倒産の危険に陥るとして、翌10年2月までに労働条件や賃金問題等で組合側と妥協して生産を再開した。
 大手製造業社は、強気に出て保護協会を結成して労働組合との交渉を拒否し、イタリア系ギャング団を動かしてストライキを中止する様に恫喝した。
 主要産業の労働組合幹部(大半がユダヤ人)は、一般労働者(多くが非ユダヤ人)のわからない所で資本家・経営者と裏取引を行っていた。
 10年には男性労働者がストライキを起こし、他業種の労働組合も支援目的でゼネストに参加した。
 ニューヨークのストライキは、世界中に報道され全ての労働者に勝利の希望を与えた。ユダヤ人活動家は、各国の労働運動や反社会運動で指導的立場を得た。
 保守派や右翼は、社会の崩壊という危機感から反ユダヤ主義運動を展開した。  
 9月 蒙古民族バルガ族の王侯達は、中華民国政府が清王朝雍正帝と交わしたホロンボイル牧草地の占有と漢族の入植禁止という約束と独自の自治権を認めた勅令を破ろうとしていると抗議した。
 中華民国政府は、中国における唯一の正統な統治者として、少数民族の全ての権利を否定し、民族独立に関する一切の要望を却下した。  
 オスマン・トルコ帝国は、ロシア帝国の侵略から祖国を守る為に、日露戦争で大軍のロシア軍を少数兵力で撃退した非キリスト教国家日本に急接近した。
 西洋から東洋を守るべきだとするアジア主義者は、イスラムとの提携の為に政治活動を活発化させた。
 06年頃、「天皇イスラム教に改宗し、日本政府はイスラム教を国教となる宣言をする」という報道が全世界に発信され、イスラム教徒は熱狂し、キリスト教会は恐怖におののいた。
 祖先神信仰と郷土愛・愛国心と道理有る謙遜を基本原理とする多神教神道を信奉する天皇主義者は、その曖昧な信仰心から改宗話や国教化話にめくじら立てる事なく苦笑した。
 09年12月6日 イスラム教に改宗した大原武慶予備役陸軍中佐と国粋主義者らは、東京でイスラム世界との同盟を目指した亜細亜議会を発足させ、「回教の誓い」を行い日本とイスラム運命共同体である事を確認し合った。
 11年4月14日 日本在住のムスリムらは、亜細亜議会の支援を受けて日本回教協会を組織した。   
 軍部は、「北の脅威」から日本を守る為に、内モンゴルから新疆ウイグル中央アジアを経てイラン、イラクそしてバルカン半島にいたるロシア南部に広く居住するイスラム教徒を利用しようとした。
 参謀本部は、国防の為に情報部員を中東に派遣してイスラム研究を行い、外務省とは別個に戦略的宣伝工作を行った。
 日本軍の謀略工作によって、中東、中央アジアから北欧、東欧にかけて広範囲な地域に親日意識が広がった。  
 10月 アメリカは、満州における日本の影響力を弱体化させ、満蒙における満鉄の独占的地位を剥奪する為に、国家を上げて取り組んだ。   
 アメリカ銀行団とポーリング商会は、東三省総督錫良と錦愛鉄道建設の予備協約を締結した。ストレート「決着をつける時が到来したのであり、もし日本がこの鉄道に反対するならばアメリカと戦争になるだろう」。
 小村外相は、翌年1月21日に日露共同歩調としてアメリカ提案を拒否し、清国に厳重に抗議して錦愛鉄道の建設計画を撤回させた。
 日本は、国際的地位を強化する為に、日英同盟に加えて日仏協約、日露協約と相次いで結んでいた。
 イギリス、フランス、ロシア帝国は、中東の石油利権をバグダード鉄道で独占しようとするドイツ帝国を中心とした三国同盟に対抗する為に、三国協商を締結していた。
 日本は、「武装した平和」と呼ばれた国際的緊張を利用して、自分勝手な理想主義を押し付けるアメリカを国際的に孤立化させて満蒙の利権を守ろうとした。
 10月26日 日本の英傑である元勲伊藤博文が暗殺された。義士・安重根に最後まで付き添っていたのは、フランス人神父ヴィレヘムであった。
 伊藤は、ロシア帝国との戦争を避け、両国の関係強化を図るべく、ロシア軍支配下のハルピンでココフツェーフ蔵相との会談に臨む為に駅に降り立った所を襲われた。
 一説に、ストレートが「日本が反ユダヤ主義ロシア帝国との同盟関係を強化しようとした為に暗殺を命じた」という謀略説がある。  
 12月 親日派の大韓国帝国総理李完用は、ソウルのキリスト教会の前で、キリスト教徒で反日朝鮮人テロリストに襲われて負傷した。   
 アメリカのノックス国務長官は、機会均等の原則から、満州の全鉄道を国際管理下に置くべきであるという満州鉄道中立化案を提議し、ポースマス条約で認められた日本の満州権益を否定した。
 そして、満州を国際化の美名のもとで国際的金融資本の支配下に置こうとした。
 アメリカの中立化案は、自国の権利のみを増加し相手の利益を無効にしようとする謀略であり、中立化案を額面取り信じて鵜呑みする者には外交能力は無い。
 ノックスは、ハリマンの世界一周鉄道計画は、人類の発展に大いに貢献するものとして賛同し全面に協力する事を表明していた。
 日本が満鉄を独占した事に対する対抗策として、ハリマン計画に基づく合弁会社を作って中国に新たな鉄道会社を建設しようとした。
 ユダヤ人国際金融資本は、鉄道や船舶の輸送手段を管理下に置き、ロシア帝国を滅ぼして満州ユダヤ人の独占的所有地にしようとしていた。
 キリスト教会も、アジアにおける布教活動の為に、壮大な計画の実現に期待した。
 ジェイコブ・シフは、黒人の地位向上の為に全米有色人種地位向上協会を設立し、初代会長に黒人のベンジャミン・フックスを任命した。
 非白人が人並みの権利を主張すればするほど、人種差別主義の白人は反発して各地で流血を伴った暴動を起こした。
 選民思想を狂信的に信奉するユダヤ教徒ユダヤ人は、聖典タルムードの中に黒人への恐怖と侮蔑の情が「ノアの呪い」として盛り込まれていると読み取っていた。
 (ハロルド・ブラックマンの博士論文 『闘争の歴史 1900年代における黒人とユダヤ人の関係』)   
 12月18日 オブライエン駐日アメリカ大使は、小村外相に満州中立化案を提議した。日本の新聞各社は、アメリカの中立化提案を報じた。
 イズヴォルスキー外相は、帝都ペテルスブルグの落合謙太朗臨時代理大使に、ロシア帝国政府の管理する東清鉄道をアメリカに売却する気はないと伝えた。
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 1910年 ノーマン・エジソンは、『多いなる幻想』を出版して、イギリス王国とドイツ帝国は経済依存度が高いだけ、経済を破壊する様な戦争を始めるほど愚かではないと力説した。
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 1910(明治43)年 日本政府は、人口の急増と食糧生産の低下で、自給率の下降が国家存亡の危機をもたらすと警戒した。
 農村部を中心とした民族派は、国内産米の増産と農家の保護は国防の第一義とする「農本論」を主張した。
 都市部の国際派は、国防には食糧の独立より重工業を中心とした経済の発展が急務であり、食糧不足には米穀関税などの規制を廃止して安い外国産米の自由な輸入で補えばよいという「商工立国論」で反論した。
 両者は、国論を二つ分けて激しく対立した。収入の少ない都市労働者は、苦しい家計を助ける為に、自給率維持の為に農家を保護するよりも安い外国産米を輸入する事を希望した。
 軍部は、兵糧確保と農村出身兵士の補充を確保する為に、規制撤廃して輸入を促進しようとする議会のリベラルを攻撃した。
 市民生活を優先するキリスト教平和団体は、国防を優先する軍部の要求を好戦的であるとして批判した。
 だが、結論が出ないまま平行線を辿り、自給率を維持する為に朝鮮と台湾での生産拡大を急ぐ事とした。
 朝鮮農民は、生産の増加につながるとはいえ、民族的伝統農法を破壊する日本式農法の導入に猛反対した。
 アメリカ政府は、カリフォルニア州議会などの地方の圧力に屈して、日本人の移民を制限する日米紳士協約を結んだ。
 日本は、屈辱的な協定と知りながら、アメリカとの関係を優先して受け入れた。
 銀行家ジェイコブ・シフや弁護士ルイス・マーシャルや法律家ルイス・ブランダイスら著名なユダヤ人らは、無政府主義社会主義ユダヤ人社会に拡大する事はアメリカ経済にも悪影響を及ぼすとして、ニューヨーク衣服製造業界のストライキを調停するべく乗り出した。調停役のルイス・マーシャルは、衣服産業の正常化の為に大手製造業社が結成した保護協会の代表ヘンリー・J・コーエンと労働組合代表である社会主義者メイヤー・ロンドンと三者協議を行った。三人ともユダヤ人であり、彼等はユダヤ人移民労働者の大事な生活基盤である衣服産業を反社会的労働運動で壊滅すべきではないとの認識を共有していた
 。三者会談は、産業を安定化させる事を最優先として労働者に有利なブランダイスの妥協提案を受け入れて、昨年から続いたストライキ終結させた。
 ユダヤ労働組合は、ユダヤ人資本家が政治献金する友好的議員候補を、ユダヤ人全体の利益の為として当選させるべく選挙票を提供した。
 友好的議員候補が州議会や連邦議会議席を得るや、選挙区内の特定の個人や団体の利益の為に地元の行政や警察に圧力を加え、公益・公共を曲げても支持者に個人的便宜をはかった。
 ユダヤ人経営者が支配するマスメディアは、意図的に情報を歪曲し捏造し改竄して国民世論を操作した。
 ユダヤ人圧力団体は、友好的議員が選挙で当選できる様に反対候補には著名な刺客候補を送り込み、ギャング団や浮浪者を使って反ユダヤ主義者の選挙運動を妨害した。 
 5月 大逆事件幸徳秋水らが明治天皇の暗殺と国家の転覆を計画したとして、社会主義者と支援者数百名が逮捕された。
 非公開の特別裁判で、刑法第73条の規定に従って幸徳ら12名を死刑、14名を懲役刑とした。
 その他の逮捕者は関係ないとして釈放されたが、警察当局は脅しをかけ天皇と国家に反逆する恐れのある要注意人物として監視を続けた。
 暴力革命を目指す無政府主義活動家は宮下太吉や菅野スガら数人にすぎず、その他は穏健派社会主義者で無罪であったといわれている。
 幸徳秋水は、準備不足を理由にして天皇暗殺計画の実行には時期早々として消極的意見を主張していた。
 警視庁は、天皇制度を守る為に特別高等課を設置して、混乱を助長する社会主義運動を取締り、暴力で天皇を打倒しようとする共産主義者を弾圧した。
 過激な共産主義者は、当局の弾圧を避ける為に地下に潜った。
 社会の諸悪の根源は天皇にあるとして、中国や朝鮮や世界中の革命同志と連絡を取りながら、日本を破壊する為に反天皇活動を活発化させた。
 5月23日 アメリカの金融資本家は、イギリス、ドイツ帝国、フランスの三ヵ国銀行団が締結した湖広鉄道借款に割り込んで追加協定を成立させた。
 アメリカ銀行団は、中国から日本を完全排除し、アメリカの利権拡大の為に満州進出を諦めず、清国の財政逼迫に付け込んで10月27日に単独で5,000万ドルの借款契約を調印した。
 だが、アメリカ銀行団のみでは5,000万ドルを融資できない為に三ヵ国銀行団に協力を要請した。
 ストレート「我々は、日露両国がその為に戦争に入ったところの利害関係をかけて勝負しているのだ。これは大勝負で、勝敗の結果は、極東の政局と太平洋上のアメリカの地歩とに最も広範囲の影響を及ぼすであろう」
 7月 日本は、ロシア帝国と第二次日露協商を結び、四ヵ国銀行団による満州を対象とした清国政府との借款契約に抗議した。
 8月 日本は、韓国を併合して日本の領土に組み込み、韓国人民の意思を無視して日本人と同等の権利を与える同化政策を強行した。   
 11月 四ヵ国銀行団は、中国の全外債を引き受ける事を期に、対中鉄道借款協定を締結した。
 小村外相は、ロシア帝国と協力して四ヵ国銀行団の鉄道投資に関する一般協定に反対した。
 シベリアを中心に肺ペストが発生し、病原菌は東清鉄道と満州鉄道の二等客車を利用する貧困労働者によって天津や北京や朝鮮に蔓延した。
 清国は、満州との交通を制限し、日本人が細菌兵器であるペスト菌をばらまいたと、国際世論に告発した。
 日本とロシア帝国は、満州における特殊権益を守る為の研究チームを急派した。
 日本政府は、謂われ無き告発を打ち消す為に北里柴三郎博士と医療チームを派遣した。
 医療チームは、「天皇の御稜威」で、人種民族に関係なく全ての病人を分け隔てなく治療した。
 軍部も直ちに防疫班を急派して、日本軍の名誉を守る為に疫病の治療と拡大を食い止めるべく協力した。
 日本軍は、この経験から、大陸におけるペストやコレラなどの疾病対策の必要性を痛感した。
 反日派は、日本軍の治療行為はペスト菌攻撃の有効性を確かめるものであると宣伝した。日本軍が善意で行う行為は、全て日本軍の謀略であると世界に喧伝された。 
 ニューヨークの人口は、1890年には144万人であったのが374万人の新移民を受け入れて、1910年には477万人に膨れあがった。生粋のアメリカ白人は20%以下で、外国系アメリカ人は79%で、黒人は2%弱で、アジア系やその他が1%であった。
 移民は、ドイツやロシアやポーランドなどの出身国で区別される為に、国家を持たないユダヤ人は移民として数えられていなかった。
 ユダヤ人を証明するものは、宗教としてのユダヤ教を信仰しているかであり、よって改宗ユダヤ人は本人の希望がなければ自動的に非ユダヤ人に数えられた。
 ニューヨークにおけるユダヤ人の人口は、1890年に20万人であったのが1910年には125万人となり、1880年には人口の33%であったのが1920年には45%に上昇した。世界最大のユダヤ人を抱えるニューヨークは、ユダヤ人の都市として「ジューヨーク」と揶揄された。
 全米のユダヤ人の半数が、ニューヨークと周囲の都市に住み付いた。彼等は、アメリカという新天地を得て、自由主義を受け入れて中産階級化し、戒律重視の正統派を捨て同化をめざす改革派ユダヤ教を信奉した。
 世俗化したユダヤ人は、行商や専門職人や熟練労働者から企業家や商店主や専門職業家として成功し、大商人、投資銀行家などの資産家としてユダヤ人である事をキーワードに排他的閉鎖的運命共同体を形成し、全米の金融・資源・生産・運輸そして情報を支配し各種市場を独占するメジャーに成長した。
 差別的階層社会のアメリカでは、成功したごく一部の北方人種の白人集団は上流階層を形成して、治安の守られた繁華街に大邸宅を構え湯水の様に金を浪費して贅を尽くした生活を送っていた。
 貧困に喘ぐ下層階層は、治安と衛生の悪い人口密集地のスラム(黒人地区)や同じ出身者が住む排他的居住区(イタリア人地区、チャイナタウン、ユダヤ人地区)に寄りそうにして生活していた。
 極一部の白人特権階層は、富の分配の不平等や人種・民族差別に不満を持つブルーカラーの下層階層の反逆に備えて、経営基盤の弱い中小企業経営者やホワイトカラーの中産階層を味方に取り込む為に、努力し成功すれば普通の金持ちとなり見栄えのいい社会的地位が得られるという見せ掛けの「アメリカン・ドリーム」を見せた。それは、社会的保証がない為に一瞬で消えてしまうはかない幻影であった。単純な単細胞的人間ほど、目の前の大金が得られるという夢物語の様なアメリカン・ドリームを信じた。
 フレデリック・マーティン「我々は、金持ちである。我々が、アメリカを所有している。いかにしてアメリカを獲得したかは、神のみぞ知る。出来る事なら、我々はアメリカを所有し続けたい。我々の金、我々の政治的コネ、我々が買収した上院議員、我々が抱えている金に飢えた下院議員、我々が持っている演説上手な扇動家達を総動員して、我々の利益を脅かすどんな立法、政治綱領、大統領選挙戦も潰したいものだ」



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