✠156」157」─1─ロシア革命とアメリカの参戦。共産主義は、人道のトルストイ主義、反戦の平和主義、命大事のヒューマニズムなどを弾圧した。1917年3月 ~No.433~No.434No.435No.436@     

ロシア革命で活躍したユダヤ人たち 帝政転覆の主役を演じた背景を探る

ロシア革命で活躍したユダヤ人たち 帝政転覆の主役を演じた背景を探る

   ・   ・   ・   
 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。↗   
   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 レーニン「我が党は、トルストイ学者や平和主義者を拒否すべきであると声明したのだ!」。
   ・   ・   ・   
 ロマン・ロランロシア革命は、人類の未来を生み出したのである。たとえその革命の結果生み出された子供が出産に伴って血みどろの血を流したとしても、生まれた子供が人類の新しい未来を約束してくれるのであるから、その血は少しも恥ずべき血ではない。神聖なる血なのである」  
   ・   ・   ・   
 アントニオ・R・ダマシオ「思考形成の中核を占めるのは感情であって、知性ではない」
 感情を刺激的に支配するのは、愛情ではなく、憎悪である。
 A・シュレジンガー「人間の憎悪こそが歴史を動かす大きな歯車の一つである」
 憎悪の源泉は、幼少期の家庭崩壊にある。
 集団としての家庭と隣近所の良好な関係が、愛情を育む。
 トルストイ「幸せな家庭はどれもみな似ているが、不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある」(『アンナ・カレーニナ』)
 バートランド・ラッセルロシア革命の原動力は憎悪である。そして狂信は憎しみと残酷さのカモフラージュである」
 レーニン「貧農を扇動して富農に反攻させたら、貧農どもはさっそく富農の奴らを手近な木にぶら下げて殺した」
 共産主義は、敵対する者の権利はもちろん命さえ認めてはいなかった。
   ・   ・   ・   
ロシア革命
 トロッキー「労働者を解放するのは投票じゃない。弾丸だ!」
 レーニン共産主義者は、目的を達成する為なら、誤魔化し、偽り、出来る事なら何でもやる覚悟が出来ている」「テロを活用し、反革命分子を摘発の現場で即座に射殺しなければ、我々は何事も成し遂げる事ができない!」
 3月8日(ロシア暦2月)二月革命。ロシア経済は、600万人以上の死傷者を出している戦争で疲弊し、ルーブル通貨も国際市場における信用をなくした。
 異常気象による農産物生産の低下で、食糧難が深刻化していた。
 戦争の長期化にともない都市や町の食糧が前線に送られて極度に不足し、人民は食べ物を手に入れる為に長蛇の列に並んだ。
 空腹に苛ついた人民は、失政を繰り返す皇帝と政府に対して不満を募らせた。
 飢餓によって社会秩序が崩壊するや、人間不信が蔓延して世の中は混乱し、権力を持つ役人や警察は横暴となり不正に手を染め堕落し無政府化した。  
 3月8日 帝都ペトログラードで、紡績工場の女性労働者7,000人以上が「パンをよこせ!」と叫びながら街頭デモを行った。
 革命家は、女性デモを利用しながら監獄を襲撃して仲間を解放し、貴族や富豪らの邸宅を襲い略奪品を貧民に分けて支持を拡大した。
 赤旗を持った労働者や反皇帝派兵士の暴徒は、暴動を鎮圧に出動して来た騎馬隊や警察官と武力衝突し、集まっていた貧困者に多くの死傷者が出る様に仕向けた。
 政府は、革命派の陰謀による流血事件の拡大を恐れて、事態の収拾の為に忠良な臣民の慰撫に努めた。
 革命派は、虐げられ搾取されている人民を助ける事を大義として、反皇帝派将兵と共闘を組み人民に夥しい犠牲を出す事を承知で応戦し、犯罪者を駆り立て全市で放火と略奪の暴動を拡大させた。
 輝かしい伝統文化と栄光ある社会は、血を好む革命家の陰謀と味方と信じた将兵の裏切りで短期間の内に崩壊した。   
 3月15日 市民・労働者と兵士によるソヴィエトが成立するや、ニコライ2世は国民同士による無益な内戦を避ける為に退位した。
 祖国を戦乱から救う為に譲歩して、18代304年間続いたロマノフ王朝を終焉させた。
 民衆の希望に従って緩やかに民主主義を取り入れるべく憲法改正会議を召集し、その間にリヴォフ皇太子を首班とする暫定的な臨時政府を設置した。
 ボリシェヴィキは、憲法改正会議が設置される前に共産主義政権を樹立すべく暴力革命を決意した。
 メンシェヴィキは、ロシアのプロレタリア勢力には暴力革命を成功させるだけの力はないとして反対した。
 過激なマルクス主義者は、是が非でも暴力的共産主義革命を起こすべく、ペトログラードなど主要都市を血で覆う為に武装蜂起を準備した。
 共産主義者は、トルストイの人の命を大事にするキリスト教人道主義を嫌悪し、むしろ人民に弾圧されても殺害されても抵抗しないガンジーの非暴力・無抵抗主義を奨励した。
 共産主義者は、「主義」に基づき生殺与奪権を主張して人民を権利無き奴隷とみなし、人間不信を蔓延させる事で社会機能を麻痺させた。
 そして、宗教の信仰による結びつきを無力化し、家族的「心と命の絆」を寸断した。マルクス主義価値観は、神であれ家族であれ「主義」に邪魔な存在は全て「悪」として排除した。
 レーニン「我が党は、トルストイ学者や平和主義者を拒否すべきであると声明したのだ!」
 共産主義は、人民を骨抜きにして家畜化する為に共産主義教育で洗脳し、「イエス」としか答えない感情を殺した従順な機械人間を製造した。
 共産主義は、人間性を抹殺する為に「主義」による洗脳教育を完成させた。
 労働者の天国を演出するために、党員以外の人民を平等に貧困のどん底に追い込み、全ての路上から物乞いをする浮浪者を排除して収容所に入れて殺害した。
 そこは、奴隷的無益な重労働を強制する地獄の様な自由なき社会であった。
「働かざる者、食うべからず!」「怠け者には、生きる資格はない!」 
 臨時政府は、国際信義を守るべく戦争継続を決め、ユダヤ系国際的金融資本を味方に付ける為に反ユダヤ法を廃止して、ユダヤ人問題を解決する為に政治シオニスト運動を支持した。
 国内のユダヤ人は、バルフォア宣言を知るや母国イスラエルの建国に希望を持って組織に参加し、構成員は瞬く間に30万人以上に膨らんだ。
 ユダヤ人知識階級958名がロシア共産党に加入したが、信仰心篤いユダヤ人は反宗教無神論共産主義を敵視した。
 一般のユダヤ人労働者は、共産主義を有産階級の道楽と軽蔑していた。   
 ブントの反宗教収去運動用パンフレット「我々は、ユダヤ人の宗教を絶滅させたいなどとはまったく思ってはいない。宗教は、その純粋な形において個人的な感情問題である。……そういうものに我々は反対はしない。我々はただ、人に無理やり何かをさせようとする社会的力を備えた宗教と戦うだけである」
 カトリック系月刊誌『スロボ・イスティニ』「偉大なる自由ロシアに栄光あれ!ロシアの解放者達に栄光あれ!」
 バチカンは、ロシア革命を知っていたが沈黙を守った。
 3月26日 トロッキーと170名の同志は、アメリカ政府保証の特権パスポートを受け取り、ロックフェラーから1万ドルとJ・P・モルガンからは100万ドルとクーン・ローブ商社から2,000万ドルを渡され、ニューヨーク港を出港してロシアに向かった。革命成立後、彼らの大半がスターリンによる赤のテロで粛正された。
 アメリカに残ったユダヤ共産主義者は、アメリ共産党を結党し、シオニスト組織、労働組合、黒人運動、犯罪組織など反社会団体と情報を交換し合いながら、ソ連の秘密情報機関に西側の情報を流していた。
 敬虔なキリスト教信者による黒人組織は、反宗教無神論マルクス主義を新たな差別をもたらす悪魔的組織として蛇蝎のように嫌っていた。
 一般の黒人は、裕福な白人階層の思想であるマルクス主義を資本主義にかわる新たな搾取手段として警戒していた。
 信仰心厚い貧しい黒人労働者からは、反宗教無神論で破壊と混乱を正当化する、共産党員やその支持者になろうとする者は皆無であった。
 こうして、黒人解放組織と白人の共産主義団体は対立を深めていった。  
 西側在住の東方ユダヤ人や非ロシア系ユダヤ人など25万人以上は、国籍を超え、労働者による暴力革命に参加する為に、ロシアに渡ってレーニントロッキーの指揮下に入った。
 革命派エリートの大半は無国籍ユダヤ人であり、中流階級以上の裕福な家庭出身者で高度な教育を受けていた。
 党幹部には、教養のない貧困層や下層階級の出身者はいなかった。
 革命の最前線に立って戦ったのは肉体労働者であり、犠牲になったのも教育に縁のない中流階級以下の貧しい人民であった。
 教養ある者は、自分の生命財産を守る為に、賢く立ち回り無教養な貧困層を犠牲にし決して損な立場には立たなかった。
 それが、ユダヤ人の叡智である。
 4月 レーニンは、ドイツ参謀本部(司令官はユダヤ人のヘルプハント元帥)の協力を得て、革命家159名(半分以上が無国籍ユダヤ人)と共にスイスから封印列車で帰国した。
 ドイツ帝国スウェーデン王国は、ロシア帝国を弱体化させる為に共産主義者に活動資金500万ドルを与えて革命を支援した。
 ドイツ帝国銀行も、ロシアの金融・経済を支配する為に600万ドルを革命政権樹立の為に融資した。
 ドイツ帝国の目的は、共産主義による理想国家の樹立ではなく、ウクライナの食糧とバクー油田の独占であった。
 その指揮をとっていたのが、ドイツ秘密警察のマックス・ワールブルクであった。
 マックスの弟パウルは、アメリカに移住してポール・ウォーバークと改名し、連邦準備制度創始者の一人として初代会長に就任した。
 ワールブルク家は、フランクフルト出身のユダヤ人金融家としてロストチャイルド系銀行を経営していた。
 ドイツ軍最高司令部は、連合軍に勝つ為に、東部戦線のドイツ軍を西部戦線に投入するべく、ロシア軍を崩壊させ戦線から離脱させる為にレーニン共産主義勢力に協力した。
   ・   ・   ・    
アメリカの参戦  
 原敬「将来は日英同盟すら頼むに足らず、一朝アメリカと事あるに際し、欧州は毫も頼むに足らざれば、アメリカの感情は多少の犠牲を払うも、これを緩和するの方針をとらざるべからず」
 アメリカ国民の87%が、海の向こうの戦争に参加する事には反対していた。
 アメリカの介入主義者は、イギリスに対して政治シオニズムに協力すれば連合国側に参加する用意があると表明した。
 司法長官ウィッカーシャムは、大統領にはアメリカ軍を外国の戦場に送る権限はなく、他国の戦争に参加する事は合衆国憲法に違反する行為であるとして反対した。
 孤立主義者は、参戦しないと表明して大統領に当選した以上、参戦は国民に対する公約違反であると告発した。
 国民に選ばれた議会は、国民が選んだ大統領と激しく対立した。
 4月6日 ウィルソンは、大統領の権限でドイツ帝国に対して宣戦布告した。
 ウィルソン大統領は、合衆国憲法権利章典の番人である上・下両院の「中立堅持」の合同決議に対して、国際協調主義的理念から拒否権を発動した。
 世界の平和と民主主義による新秩序を打ち立てる為の参戦であるとして、派兵は人道的道義的に正当であると宣言した。
 ホワイトハウスは、世論操作機関として広報委員会を創設した。
 自国民の青年を、アメリカに関係のない戦場に送り出す事は、自由と民主主義の理想を世界に広める為に必要な事であるとのプロパガンダをおこなった。
 全米の新聞は、政府の情報統制に従って孤立主義を捨て、ドイツ帝国への批判記事を掲載して国民感情を反ドイツに誘導した。
 絶対的単一価値観による画一社会は、微弱な反対意見があっても、強烈なリーダーシップに煽動されやすい。
 ヒューバート・へリング「わがアメリカ合衆国は、戦争の代償を払った。12万6,000人が生命を失い、23万4,300人が四肢を失う程の重傷を負った。数十万人が、慣れ親しんだ平和な世界から戦争へと駆り出された。……戦争の代償は、直接的なものだけで550億ドルに達する。間接的なものとなれば、計り知れない」(『そして戦争へ』)
 ウィルソン「我が国の目的は、独断的で強圧的な国から世界を守り、平和と正義を実現する事にあり、民主主義の防衛の為に戦うのである」  
 ジェイコブ・シフは、アメリカが中立を放棄して欧州戦争に参戦した事を受けて、日本の戦時公債発行に協力した。高橋是清は、公然とドイツ批判を始めた。
 北京の段祺瑞政府は、日本の勧誘に従って連合軍に参加した。
 中国は、ドイツ帝国と関係を断ち、上海のドイツ系銀行を閉鎖し、ドイツ人の治外法権を停止して特権を剥奪した。
 中国海軍は、黄浦江に碇泊していたドイツとオーストリアの商船は抑留した。
 上海の親ドイツ派中国人は、ドイツ帝国を同盟国と見なして宣戦布告に反対し、友人であるドイツ人の強制退去には反対した。
 彼等は、国際信義を踏みにじる恩知らずの日本人への怨嗟の声を上げた。
 フランスは、上海租界から敵国人であるドイツ人とオーストリア人の強制退去を求めた。
 利に聡い中国人は、治外法権が廃止されるとドイツ人の資産が没収できると知るや、容赦なくドイツ資産に群がり奪えるものは全て略奪した。
 ドイツ人は、ハゲタカやハイエナの様に群がる中国人暴徒から資産を保護する為に、中国当局に没収される前にアメリカ人名義に変更した。
 アメリカは、労する事なく中国国内のドイツ資産を手に入れ、戦後、亡国の民となったドイツ人に資産を返却する事を拒否した。敗戦国には、如何なる権利も認めないのが国際常識であった。   
 日本は、安全保障上の理由から安定した親日的正統政府の樹立を希望して、安徽派軍閥の段祺瑞に中国を統一させるべく大量の武器と巨額の借款を行った。
 反段祺瑞派軍閥孫文ら中華革命党は、日本の大陸進出に警戒して、イギリスやアメリカに中国市場での便宜をはかる見返りとして支援を要請した。
 アメリカとイギリス両政府は、表面的外交として日本との協調を重視して消極的対応をしたが、一部の企業家が独断でキリスト教会の協力を得て反日勢力に武器弾薬を供給した。  
 ロンドン・タイムズ紙(1917年5月)「解放されたユダヤ人は、一般の国民と異なる政治的野望を抱いている訳ではない。
 ユダヤ人は、祖国を持っていないという理論に基づいてパレスチナユダヤ人国家を建設するという事は、我々ユダヤ人が生まれた母国でよそ者のレッテルを張られてしまう事になりかねない」  
 6月 イギリスの新聞は、連日連夜、イギリスの青年が戦場で死傷しているという報道を行った。主要な港湾では、大陸の戦場に出征する若い兵士とそれを見送る家族や友人でごった返していた。
 同時に、着岸した輸送船からは、死亡した兵士の棺が船から降ろされ、多くの負傷兵が下船していた。
 イギリス・ユダヤ人代表者会議の指導部は、ユダヤ人の国王への忠誠心と国家への愛国心を証明する為に、良心的兵役忌避者を説得し、それでも信仰を理由にして戦争に反対する者には共同体として制裁を加えた。
 ユダヤ人移民で、ドイツやオーストリア系はイギリス人として同化する為に進んで入隊したが、ロシアやポーランド系は宗教上の理由で同化を拒否して戦争よりも商売を優先した。
 国民の間で戦争被害が拡大すると共に、東方ユダヤ人の反戦姿勢が顕著になるや、ユダヤ人全体への憎悪が暴動を誘発した。
 6月には、リーズで、2,000人以上のイギリス人暴徒が戦争に参加しない外国籍ユダヤ人商店を襲撃した。
 9月には、ロンドンでもイギリス人と東方ユダヤ人合わせて5,000人以上が乱闘騒動を起こした。
 戦争は、戦場に赴く事は国民の義務と信じているイギリス人の、忠誠心を誓わず兵役を拒否するユダヤ人への憎悪を駆り立てた。
 ユダヤ系新聞は、戦前は平和主義から戦争に反対したが、イギリスがドイツに宣戦布告するや戦争に賛成した。
 国民であれば、イギリス人やユダヤ人に関係なく兵士となって戦場に赴くべきであると訴えた。
 新聞各社は、こぞって戦意高揚の記事を掲載し、戦争に反対する意見を利敵行為であると攻撃した。
 キリスト教会は、積極的に戦争に協力し、出征兵士に敵を殺す事が神の御意志であると説いた。キリスト教会ほど、戦争に協力した普遍宗教はない。
 6月15日 ランシング国務長官は、敵国の経済に打撃を与える為に多少の輸出制限が出来るスパイ法案を提出した。アメリカ議会は、審議を重ねて法案を可決した。    
 7月 アメリカは、欧州戦争に参戦するにあたって、中国問題を解決する為に日本との交渉に入った。
 いわゆる、石井・ランシング交渉である。アメリカは、これまでの原則的門戸開放政策を緩和して、山東省及び福建省における中国主権を回復を条件として日本の満蒙権益を認めると譲歩した。     
 社会革命党のケレンスキーは、ロマノフ帝室の存続を願う穏健派のリヴォフ政権を倒して、革命政府を樹立した。
 ロマノフ王朝は滅亡し、貴族や地主は財産を二束三文で処分して国外に脱出した。
 アメリカとヨーロッパの主要銀行に投資されていたロマノフ帝室の数十億ドルの資産は、大量の金塊と共に革命騒ぎの中で消えた。
 ボリシェビキは、政権に協力する振りを見せて体制内に入り込み、軍隊や警察などの現場の実行部隊を掌握し、政敵ケレンスキー政権を内部から腐敗させ崩壊に導いた。
 味方を装いながら内部から崩壊させるのが、共産主義者の革命手法である。   
 共産主義者は道徳的人権擁護を掲げて、刑務所に収監されていた同志と共に、殺人や強盗やレイプなどの凶悪刑事犯を体制の被害者と弁護して大量に釈放した。
 暴力革命を目指す共産主義者は、意図的に法秩序を破壊する為に犯罪者達の再犯を煽り、再犯を社会の無理解の精にして犯罪者の人権を守った。
 人権擁護派活動家らも、表向き好人物として犯罪者に恩を売る為にわざと被害者の人権を踏みにじり、裏では陰険に犯罪者を社会の中で孤立さ狂気で暴走する様に追い詰めていた。
 かって想像もつかなかった様な凶悪犯罪を多発させ、安定した社会を無政府状態に追い込む為にあらゆる手段を講じた。
 レーニン「泥棒から盗め!」 
 アメリカの東方ユダヤ人移民は、憎き皇帝が退位し帝国が崩壊した事に歓喜して、アメリカ民主主義と共産主義プロレタリア独裁は両立できると支持した。
 帰化してアメリカ国籍を取得した2万人以上の若者は、暴力的共産主義革命に参加する為にロシアに渡った。その大半が、革命と粛清で死亡した。
 中国は、分離独立派モンゴル人の後ろ盾となっていたロシア帝国が消滅したのを機に、反中国の民族主義者を根絶やしにする為に外モンゴルやホロンボイルに軍隊を派遣した。
 中国鎮圧軍は、モンゴル民族軍を撃退し、モンゴル国とボルガ人自治区を滅ぼして、親中国派モンゴル人やモンゴル人友好人士らの協力を得て反中国派モンゴル人を逮捕して虐殺した。
 モンゴルを中国化する為に、大量の中国人農耕民を肥沃な草原地帯に入植させ、伝統的遊牧文化を消滅させるべく牧草地を掘り起こして農耕地に変えた。
 中国は、周辺諸地域の少数民族による民族主義運動を徹底的に弾圧した。
 歴史の事実として、日本も古代から狙われていた。
 ドイツ国内では厭戦気分が蔓延し、外敵の脅威から祖国を守ろうという挙国一致の気運が後退していた。
 帝国議会は、速やかに戦争を終結させ講和に向か事を要請する為に平和決議を行った。
 全ドイツ連盟のクラースは、ユダヤ普通選挙で選ばれた議会が敗北主義で決議した事であると非難し、ユダヤ人から祖国を取り戻せと訴えた。
 そして、戦時である以上は勝利を勝ち取る為に独裁制を採用し、敗北を認める様な議会の軟弱化を防止するべきだと提言した。
 ドイツ国防軍首脳部は、講和派に歩み寄ったベートマン=ホルヴェーク帝国宰相を更迭してルーデンドルフ将軍による独裁体制を確立し、主力部隊を西部戦線に投入して攻勢に転じてた。
 西部戦線はドイツ軍有利に展開し、アメリカの参戦がない限り連合国の敗北は間違いなかった。
 バチカンベネディクトゥス15世は、共産主義の蔓延を封じ込める為に、戦争の終結を促すべく特使としてパチュリ大司教(後のピウス12世)をベルリンに派遣した。
 だが、バチカンの和平案は理想論で現実認識を欠き、戦争継続を求める共産主義勢力の陰謀によって失敗した。
 寝食を忘れて和平工作と捕虜の救済活動を行う若きパチュリ大司教は、その高潔さから多くの信者に感動を与えた。   
 8月 ドイツ軍の攻勢で敗色の濃いイギリスは、味方であるロシア帝国を救済することなく犠牲にした。
 国際社会は、非常である。如何なる国家も、国益を守る為ならば、大事な同盟国さえ見殺しにする。   
 イギリス政府は、帝国の維持の為にパレスチナ戦線を重視し、ユダヤ人部隊を設置する事を決定した。
 真の目的は、ポーランドやロシアから溢れ出た忠誠心や愛国心を拒否するアシュケナジィ系ユダヤ人を、イギリスに入国させることなくヨーロッパから追放する為であった。
 陸軍評議会は、ユダヤ人部隊を政治シオニズム運動に利用しない事を条件に賛成した。
 だが、陸軍省と外務省内部の反シオニスト勢力は、伝統的反ユダヤ主義者としてユダヤ人の忠誠心を疑い、ユダヤ人部隊は政治的に利用され、ついにはイギリスの独自性・主体性を損なわれると警戒した。
 軍隊の現場では、言葉や生活習慣の違いから指揮命令系統に支障が出る恐れがあるとして、同化を拒否している外国籍ユダヤ人の徴兵に危惧した。
 議会の反ユダヤ派は、国王への忠誠心を拒否する外国籍ユダヤ青年を軍務に就かせても、軍事的に効果は期待できないどころか逆効果になるとして反対した。
 ダービー伯爵(陸軍大臣)「戦闘組織としての価値は未知数であるが、政治的理由からユダヤ人連隊を創設する事がきわめて望ましい。創設は第一に、多くのユダヤ人を抱えるロンドンのイースト・エンドに住む、出征しなくてはならないキリスト教徒達の苛立ちを多少とも取り除くだろう」(17年4月9日書簡)       
 イギリス人社会主義者反戦ユダヤ人労働者は、ステプニー労働党を結成して、外国人の徴兵やユダヤ人部隊の設置に反対した。
 ロシア共産党ドイツ帝国と単独講和を模索しているとの情報を得るや、イギリスも講和に応じる様に平和運動を活発化させた。
 そして、東方ユダヤ人にイギリスの徴兵に応じないように圧力を掛けた。
 18年2月までに徴兵に応じたユダヤ人は4,000人のみで、残りの2万人以上が徴兵延期願いを出して召集に応じなかった。
 王室に忠誠を誓うイギリス臣民は、国家の為に戦わない無国籍ユダヤ人を憎み反ユダヤ運動を繰り返した。 
 政治シオニストは、財政破綻状態にあるイギリスの弱みを利用して、パレスチナに於けるユダヤ人の権利と民族的郷土の構築を保障すれば、勝利に貢献する事を確約した。
 敬虔なユダヤ教徒ユダヤ人は、パレスチナに帰る事を憧れていた。西欧化した改宗ユダヤ人の大半は、砂漠だけで何もなく不便なパレスチナへの移住を希望しなかった。 
 ジャボティンスキー「郷土を持ったないユダヤ人がパレスチナを要求すると、そこの原住民のお気に召さないという理由で、“道徳的でない”とされる。それな道徳は人食い人種にふさわしい道徳であって、文明社会では通用しない。あの地は土地を過剰に所有している者のものではなくて、無一物の者のものだ。郷土を持たないさまよえる民族に避難場所を与える為に、世界の大土地所有者に数えられる国民からその土地の一部を譲渡させるのは、まったくの正義の行為である。もしこのような大土地所有国民が抵抗するなら、抵抗はまったく自然だけれども、強制によって従わせなくてはならぬ」  
 アメリ赤十字は、ロシアの医師・看護婦不足を援助する名目で医療団を派遣した。
 だが、医師は24名中5名のみで、大半はウォール街機関投資家や金融資本の弁護士であった。
 アメリ赤十字は、活動資金の大半をウォール街の銀行家からの寄附金で賄っていた。
 J・P・モルガンは、個人として10万ドルを寄附していた。彼等の慈善活動や人道的寄附金は、全てが純粋な意図ではなかった。
 金融の専門家は、素人投資家とは違って金を無意味に浪費する事はしなかった。
 国際金融資本にとって、「中立と博愛」をモットーとする赤十字の人道的活動には興味が無く、戦争を継続させ、戦後にロシア市場を独占する事が目的であった。
 世界中何処へでも行ける赤十字は、キリスト教会の宣教師同様に格好の隠れ蓑であり、諸外国の各王室や国際資本や革命家そして各国の政府及び軍情報機関は、キリスト教会と共に国際赤十字を利用した。
 日本の皇室関係者は国際赤十字を活用したが、日本軍部は皇室関係の国際赤十字よりも仏教徒を主に利用した。 
 医師団の発起人であるトンプソンは、ニューヨーク連邦準備銀行の役員であった。トンプソンは、メンシェビキ政権が戦争を継続する事を条件に、200万ドルを人民教育委員会に寄附した。
 さらに、暴力的共産主義革命を正当化するマルクス主義理念をドイツとオーストリア両帝国に広める為の裏金資金として、ボリシェビキ勢力にも100万ドルを寄附した。
 ジェイコブ・デ・ハース「この手の政府間交渉は常に秘密にされる為、取引が行われた時点で確実な証拠を掴むのは非常に難しい。しかし時が経ち、全てが回復不能になった頃になると、当事者は回想録を書こうと思い立つ。そして、世界を揺るがしたあの出来事は、実は自分が裏で引いていたと語り出したがるのだ」
 8月14日 中国は、ドイツとオーストリアハンガリーに宣戦布告した。     
 9月 イギリス陸軍は、新たに編制したユダヤ人部隊を、日本海軍の駆逐艦隊に護衛させてエジプトのアレクサンドリアに上陸させた。  
 ケレンスキー政権は、緩やかな変革を目的として共和制を宣言し、内戦を起こそうとする過激派共産主義者を弾圧した。
 レーニンは、徹底抗戦を主張するトロッキーら武闘派の協力を得て、社会主義政党との連携を図るカーメネフジノビエフら穏健派ボリシェビキ中央委員会幹部の行動を封じた。   
 10月 ケレンスキー政権は、共産主義勢力が裏で糸を引く凶悪犯罪の増加を食い止める事が出来ず、法秩序の回復に失敗して治安を悪化させた。社会の混乱と経済破綻の立て直しに失敗して、人民の支持を失った。
 10月6日 アメリカ議会は、マカドゥー財務長官提出の対敵通商法修正案を承認した。
 ウィルソン大統領は、戦時・平時を問わず「敵国または敵国の同盟国その他の如何を問わず、あらゆる外国との間」での、直接・間接を問わず国際金融取引を規制または禁止できるという対敵通商法案に署名した。
 大統領の権限で承認された以外の海外金融取引は、議会はもちろん国務省や商務省に図ることなく、財務省が独自で管理出来る事になった。
 財務省は、金融規制執行を実際に行う代理機関に連邦準備制度理事会を指名した。
 11月 石井=ランシング協定の交換文書で、アメリカは日本の満蒙における特殊権益を事実上承認した。
 反日勢力の牙城である国務省極東部は、伝統的中国支援政策を変更せず、日本の特殊権益は地理的位置から認めたのであって政治的経済的に認めたわけではないと反論した。
 民意は、政府の協調的態度に反対し、日本への譲歩は国民への裏切り行為として批判した。
 日本は、アメリカと中国における利害を調整する為に石井・ランシング協定を結んだ。
 武力統一を目指す安徽軍閥の段祺瑞は、孫文の広東軍政府や雲南軍閥政府を攻撃する為に、日本からの武器の供給と軍事費としての借款を必要とした。
 だが、円を基軸通貨とした金融・経済圏を築くという日支貨幣混一併用論には反対した。
 後藤新平外相や北京の林権助公使ら外交当局は、民間外交的な西原借款に敵意を持ち、反勝田派の阪谷芳郎元蔵相の協力を得て、円の流通範囲を拡大しようとする円金融・経済圏構想は、アメリカを刺激し中国人の反感を煽るだけとして潰しにかかった。
 横浜正金銀行や大倉組は、満州市場に強い影響力を持つ朝鮮銀行に対抗する為に林公使を支援した。
 陸軍中央(参謀本部次長田中義一)は陸軍出身である寺内正毅首相の方針に従って勝田蔵相を支持したが、北京の陸軍武官は対中謀略から林公使を支持した。
 財政力の弱い日本は、満州貿易による利益拡大の為に中国に圧力を加えて幣制改革を求めたが、領土獲得目的の中国侵略をするだけの国力も軍事力もなく、植民地を得ようとする野心もなかった。
 中国は銀本位制のもと銀貨を正貨としていた為に、金本位制の日本の商社は銀の国際的価格の不安定で大損害を出していた。
 金建てによる金券派は、金融貿易の一本化を大義として満州における朝鮮銀行発行の金兌換券による幣制統一を求めた。
 銀建てによる銀券派は、日本の金券の流通は関東州と満鉄附属地のみであり、それ以外の中国には銀券が主流として流通している現状をもとにして、中国人の反日感情を和らげる為にも横浜正金銀行発行の銀貨で一本化すべきだと主張した。
 日本の経済的対中政策は二派に分裂して激しく対立していた為に、絶えずアメリカや中国に足下を掬われて後手に回ることが多かった。
 日本の対中経済外交の混乱は、18年9月に金券紙幣発行による満州経済圏併合論者であった寺内内閣が、総辞職して収束した。   
 アメリカは、ドルを基軸とした独自の国際的金融政策を推進する為にアジアに於ける円の影響力の増大を警戒し、中国市場の独占の為に中国の権利の擁護を大義として排日勢力を支援した。












   ・   ・   ・   

知っておきたい世界と日本の神々 (なるほどBOOK!)

知っておきたい世界と日本の神々 (なるほどBOOK!)