🐉36』37』─1─中国共産党政府の領土拡大と弱小国・ブータン王国。中印国境の部隊。~No.98No.99No.100No.101  @ 

革命中国からの逃走-新彊、ウイグル、そしてブータン

革命中国からの逃走-新彊、ウイグル、そしてブータン

旧題名・「ユダヤ民族と日本民族は同族か? 天皇の祖先はユダヤ人か?」
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 2017年7月30日号 サンデー毎日「世界透視術 金子秀樹
 ブータンは第2の南シナ海
 ヒマラヤ山中にある『幸せの国』ブータンに今、中国の軍事圧力が高まっている。ブータン、中国、インドの国境が三つ巴(ともえ)に接する『ドクラム』(中国名、洞朗)で6月中旬、中国軍が道路の建設を始めたのが発端だ。ドクラム高地は狭いが、チベット自治区からインド領シッキムへ出る要地にあり、中国とブータンがともに領有権を主張している。その係争地内で中国軍が一方的に軍用道路を建設した。南シナ海で各国が領有権を主張している珊瑚(さんご)礁を、中国軍が一方的に埋め立て、自国領土だとして飛行場を建設したのと1脈通じている。
 ブータン政府が抗議すると、かつてブータン保護国としていたインドが国境守備の軍隊をドクラム高地内に進めた。中国は『インド軍の国境侵犯だ』と非難して軍隊を増派し、両軍の対峙が始まった。1960年代に起きた中印紛争以来といわれる深刻な軍事緊張だ。
 中国はドクラム高地の西の、シッキム(インド領)とチベット自治区(中国領)を結ぶナトゥ・ラ峠の国境検問所を閉鎖し、インド人ヒンズー教徒のカイラム山巡礼阻止という制裁措置に出た。カイラス山はチベット仏教の聖地で、ヒンズー教徒にとっても生命の神、シバ神の住む山として信仰の対象となっている。ヒンズー至上主義のモディ首相は7月の主要20ヵ国・地域(G20)首脳会談で習近平国家主席との首脳会談をキャンセルした。
 急激な中印関係の悪化の発端はブータンだった。ブータンには秋篠宮家の長女、眞子さまが6月1日から1週間ほど公式訪問され、ワンチュク国王夫妻から歓待を受けた。故意か偶然か、中国軍、インド軍の対峙は眞子さまが帰国してまもなく起きた。それなのに日本のメディアは、中印関係の角度からの報道ばかりで、2大国の谷間で揺れるブータンへの関心が薄いのは残念なことだ。
 中印両軍の対峙についてブータン政府は沈黙を続けている。無関心だからではない。中印どちらについても国家の安全が脅かされるという小国ブータンの苦しい選択なのだ。
 今回の中国の動きで注目されるのは駐インド大使館が、ドクラム高地は中国の領土であるという証拠に中国製地図を発表したことだ。1890年の『チベット及びシッキムに関するイギリス・清国協定』による国境線が描かれ、『洞朗地区』は『不丹ブータン)』ではなく『中国』に帰属している。さらに中国は、『チベットの主権は中国、シッキムの主権はインド』と整理した2005年の胡錦濤政権時代の中印合意を見直すこともありうると言い出した。南シナ海でで中国の地図だけに書かれている『九段線』を領有権の根拠にしたように、中国がシッキムの昔の境界線図を持ち出したのは、これから中国がドクラム高地を自国領として軍事施設建設を進めるということではないか。ブータンの主張に耳を貸す気はさらさらないだろう」
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 8月16日 産経ニュース「【矢板明夫の中国点描】対印紛争で習近平氏が狙うのは… 国内矛盾を転嫁?毛沢東の手法を踏襲
 昨年10月、インドでのBRICS首脳会合で同席した習近平氏(右)とインドのモディ首相(ロイター)
 中国とインドが国交を樹立したのは、1950年4月だった。建国まもない中国の共産党政権は、ゲリラ部隊出身の朱開印氏を在ニューデリー大使館の筆頭武官として派遣したが、その名前が物議をかもした。
 インドのメディアと情報機関は「朱は赤、開は開拓する、印は印度」と解釈し、朱氏を「インドを赤化させるための先兵」と深読みしたようだ。赴任した直後、朱氏はインド側から「名前は本名か」と繰り返して聞かれ、釈明に追われたと後に回顧している。隣接する一党独裁の大国に対するインドの根強い不信感をうかがわせるエピソードである。
 中国とインドが国境を接する係争地、ドクラム(中国名・洞朗)地区で6月中旬から約2カ月間続く中国軍とインド軍の対峙も、インドのこうした対中不信の表れといえる。きっかけは中国がこの地区で始めた道路建設だが、同地区には近隣のブータンも主権を主張している。
 ブータンを自国の影響下に置くインドは、中国が道路建設を口実に係争地を占拠し、インドへの浸透を図ろうとしていると警戒。数百人の兵士を同地区に派遣し、中国の作業を妨害した。それ以降、両軍のにらみ合いが続いている。
 双方とも相手の撤退を求め、外交交渉で解決を図ろうとするインドに対し、中国は軍事行動も辞さない強気な姿勢を示している。共産党機関紙、人民日報傘下の環球時報は「モディ政権が警告を無視し続けるなら、中国が報復措置に出ることは避けられない」とインドを恫喝している。中国共産党関係者の間で、習近平政権が62年の中印国境紛争の再現を狙っているとの見方を示す人もいる。
 中国とインドの国境付近は標高が高く、無人地帯もあり、国境が曖昧なところも多い。中国軍は62年10月、インドが実効支配している複数の係争地に侵攻し、インド軍を圧倒した。翌11月になると、中国軍は優勢なまま全面的な停戦と撤退を一方的に表明。占拠した係争地をインド側に返す形となった。
 この中印紛争を主導したのが毛沢東だった。国内の矛盾を対外紛争に転嫁させることが目的だと指摘された。自ら主導した大躍進政策が失敗し、3000万以上の餓死者を出したことで、党内で劉少奇ら毛に対する不満勢力が大きくなりつつあった。毛はインド侵攻を通じて、党内を引き締め、軍への掌握を確認する目的があったといわれた。
 軍事行動を仕掛けるタイミングも計算されたものだった。当時、世界の関心は米ソによるキューバ危機に向けられていた。国際社会は中印紛争に介入してこないと毛が判断したといわれる。内政がうまくいかないときに、周辺国との間でトラブルを起こすのは毛の常套手段である。
 習近平政権を取り巻く昨今の内外情勢は、62年当時と近いところがある。国内経済が低迷し、秋の党大会に向けて国内の権力闘争が白熱している。毛沢東のような指導者を目指す習氏は、党内で自らの力を誇示する必要がある。
 それに現在、国際社会の関心は北朝鮮と米国の対立に寄せられており、とくに米国は中国の協力を必要としている。習政権がインドと小規模な軍事衝突を起こしたとしても、米国が介入する可能性は低いというのが中国の読みだろう。
 習氏はいま、国内外の情勢を見極めながら、その行動を起こすXデーを探しているのかもしれない。(外信部次長)」
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 8月28日 産経ニュース「【中印国境対峙】中印国境の部隊が撤退 BRICS首脳会議前に対立回避か
 中国とインドの国境付近で2カ月以上にわたって続いている両国部隊のにらみ合いで、インド外務省は28日、現場からの「迅速な撤退」で合意し、実行に移されているとの声明を発表した。中国外務省の華春瑩副報道局長も記者会見で「越境していたインド側の人員と設備は、既にインド側に全て戻った」と述べ、インド側が撤退したと強調した。
 中国福建省アモイで9月4、5日に中国とブラジル、ロシア、インド、南アフリカの新興5カ国(BRICS)による首脳会議が開かれるのを前に、双方が対立激化の回避を優先させた形だ。
 中印の両部隊は6月中旬以降、インド北東部シッキム州の国境付近で「1962年の中印国境紛争以来」(インド誌)のにらみあいを続けた。インド側は、ブータンと中国の係争地で中国が道路を建設したためブータン支援で軍を展開したと主張。中国側はインド軍が越境してきたと訴えていた。(共同)」
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 中国共産党は、結党以来、人々・人民に幸せと豊かさをもたらす平和勢力ではなく、他国の領土を奪い、他国民はおろか自国民の命さえも奪う、非情に徹した冷血な共産主義勢力である。
 中国共産党は、結党以来一貫して反天皇反日派で、共産主義を拡大する為に日本を中国及びアメリカとの全面戦戦争へ追い込んでいた。
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 中国の伝統的国土意識は、中華思想に基づき中国人が住み土地であり、中国人の住まない土地は蛮族地である。
 中華思想による教化・徳化・文化化とは、正しい教養を持った高貴な中国人が蛮族地に移り住み、中国人が文明なき野蛮な現地人を訓導して根底から作り替える事である。
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 中国共産党政府の対外領土拡大戦略とは、狙いを定めて国の中に利益・金儲けを餌にして親中国派・疑似的知中国派を増やし、中国人移民・難民を大量に送り込んで定住させ、強力な軍事力を見せつけて抵抗的戦意を挫き、戦争を行わず内部から崩壊、自滅させるという、孫子的な巧妙な高等テクニックである。
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 親中国派・疑似的知中国派とは、武力衝突回避の話し合い解決を求める平和勢力である。
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 国内に親中国派・疑似的知中国派や中国人移住者が急増した国は、中国に呑み込まれて消滅するか、中国の属国・保護国に転落する。
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 中国軍は、伝統的現地保護主義から、他国領に移住した中国人民の「権利を保護し安全を確保する」名目で軍事行動を起こす可能性がある。
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 中国の常識は、世界の常識を否定するように存在している。
 中国の基準は、中国が主張する基準を絶対基準として存在する。
 ゆえに、如何なる国際的合意や国際法に基ずく条約・協定・協約などの約束はいとも簡単に無効にする。
 それが、中国との話し合い解決の現実である。
 その傾向は、中国共産党政府では特に強い。
 ゆえに、中国共産党は信用・信頼に値しないし、中国共産党が話す言葉には誠意も真意もない。
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 中国の歴史とは、黄河流域を中華として西・南・北へと領土を拡大した歴史である。
 唯一、東の海、日本及び琉球への領土拡大はなかった。
 江戸時代までの日本及び琉球には、親中国派はいないか、いても極少数で政治への影響力を持っていなかった。
 江戸時代の日本は、国内から中国の古典的教養を受け入れても中国そのものを排除していた。
 つまり、日本と中国は国交を断絶していて、両国間に友好関係などは存在していなかった。
 日本が中国と交流を持っていたのは、非漢族の隋と唐、そして揚子江流域系漢族の南宋であった。
 黄河流域系漢族とは、交流は乏しい。
 日本民族の祖先の主流は、朝鮮半島住民とは違って、揚子江流域及び台湾の南方系海洋民で黄河流域の北方系大陸草原の民ではない。
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 領土拡大の貪欲さを隠さない中国の隣国で、軍事力を持たない小国は自国を防衛できず、国際社会からの支援・救援・協力も得られず哀れである。


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アジア親日の履歴書

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