✠164」165」─1─ユダヤ系国際金融資本は、反共産主義としてナチス党に活動資金を与え、ドイツ軍再建に資金援助を行った。ゲルニカ空襲。1935年 ~No.449No.450No.451No.452@    

スターリンの赤軍粛清―統帥部全滅の謎を追う (ユーラシア・ブックレット)

スターリンの赤軍粛清―統帥部全滅の謎を追う (ユーラシア・ブックレット)

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 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。 ↗    
   ・   ・  【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】 ・   
 1935年 フランスは、ナチス・ドイツに対抗する為に仏ソ相互援助条約を締結した。
 統制計画経済政策のニューディール政策は失敗し、景気回復はならず、失業者は町に溢れた。
 アメリカ経済は、貧富の格差を拡大する自由主義政策、ウォール街における強欲資本主義が合っていた。
 アメリカ政府は、合法的産業統制で、資本主義の自由競争を規制し、資本独占を奨励して富を特定の財閥に集中させた。
 アメリカの格差は加速し、貧困層は増加した。
 ルーズベルトは、労働者票目当ての社会主義的労働政策を行って人気を得た。
 ヒトラーは、内需拡大を目的として公共事業優先の国家社会主義政策を行って、世界恐慌からの脱出に成功した。
 1月 イギリスのロスチャイルド卿は、ユダヤ人指導者をロンドンのロスチャイルド銀行に集め、ドイツのユダヤ人財閥ウォーバークのパレスチナ移住計画案を説明した。
 各国政府は、ユダヤ人難民の受け入れを拒否し、不法入国の無国籍ユダヤ人を犯罪者として逮捕してナチス・ドイツへ追放した。
 世界常識として、無国籍者は人権を持たない「人」ではなく、単なる狂暴な犯罪者に過ぎず抵抗すれば処刑された。無国籍者は、いかなる国にも属さない以上、いかなる組織からも保護を受ける事ができなかった。
 3月 ルーズベルトは、自分の祖先はスペインからオランダに亡命したユダヤ教徒のローゼンフェルト家であり、キリスト教に改宗してローズベルトに創氏改名し、1649年にアメリカに移住したと打ち明けた。
 ユダヤアメリカ人は、同じ少数派ユダヤ系として、反ユダヤ主義に対抗する為にルーズベルトを支持した。
 5月 連邦最高裁は、ニューディール政策憲法違反であるとの判決を下した。
 仏ソ相互援助条約締結。
 7月 コミンテルン第7回大会は、ヒトラーのナチズム(民族社会主義)とナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)という新たな敵に対抗する為に闘争方針を人民統一戦線路線に変更した。
 ファシストから共産党を守る為に、人民統一戦線で社会民主主義勢力を抱き込んだ。
 資本主義の米英仏を味方に付ける為に、対立軸を社会主義対資本主義から民主主義対全体主義ファシズムに言い換えた。
 社会主義者共産主義者は、民主主義陣営の一員となり、ファシズム、ナチズム、日本軍国主義を打倒する事を宣言し、イデオロギーで地域戦争を世界戦争に拡大しようとしていた。
 スターリン砕氷船のテーゼ)「ドイツと日本を暴走させよ。しかしその矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスとイギリスへ、日本の矛先は蒋介石の中国に向けさせよ。そして戦力を消耗したドイツと日本の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ。日・独の敗北は必至である。そこでドイツと日本が荒らし回った地域、つまり日独砕氷船が割って歩いた跡と、疲弊した日独両国をそっくり共産陣営に頂くのだ」
 ソ連は、最後の勝利者になる為に「敗戦革命」を計画していた。
 ファシズムは、政治・経済・社会の計画的統制的諸政策の事であって、非人道的弾圧・迫害・差別や侵略戦争などの犯罪的運動ではなかった。
 ファシズムに邪悪の意味づけをし罵声語としたのは、スターリンであった。
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 スターリンによる「赤の粛清」
 スターリンは、反ユダヤ政策でユダヤ人を弾圧し虐殺した。
 各国の共産主義勢力も、「横並び」的に反ユダヤ政策で国際的ブルジュア階級のユダヤ人資本家を迫害し、その莫大な財産を没収した。
 レーニンは、実務能力のある無国籍ユダヤ人を党・政府・軍隊・警察などの指導的役職に就かせ、共産主義革命を成功させた。
 スターリンは、政敵になりそうな党幹部や政府高官のユダヤ人は皆殺しにしたが、無能であっても忠誠を誓うユダヤ人は赤軍や秘密警察の幹部に据えた。
 優秀な将校も大量に殺害された為に軍隊の士気は劣化した。
 秘密警察のユダヤ人捜査官らは、各地に潜むトロツキスト、民主主義者、自由主義者民族主義者、民族宗教関係者らを炙り出す為に密告や誣告を奨励した。
 34年から39年にかけて、外国機関と親しい関係の政治家、教育者、官僚、技術者、作家、報道関係者などの社会的な地位にある者は逮捕され銃殺刑にされた。
 ソ連指導部は、スターリンの粛清によって戦々恐々となり、行政は混乱し、財政は破綻し、産業は低迷した。
 ソ連は、国家予算が欠乏し、国外からの資金援助を得なければ国を維持する経済基盤がなかった。建て的は裏腹に、こっそりと嫌悪してきた西側のユダヤ人金融資本家に金銭的支援を要請した。
 秘密警察長官ベリアとその部下や協力者は、スターリン死亡後の政変でフルシチョフによって粛清された。
 ルーズベルトは、後年、日本、ナチス・ドイツファシスト・イタリアの枢軸勢力を攻め滅ぼす為に、ソ連共産主義勢力を自由と民主主義を守る正義と道徳の国と認め連合国の一員に加えた。
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 1936年 ヒトラーは、国際連盟がイタリアのエチオピア問題で紛糾している隙を突いて、ロカルノ条約を破棄し、失地回復としてドイツ西部・ライン川中流地方のラインラント進駐を行った。
 ドイツ軍の装備は機関銃やライフルなどの軽装備で、フランス軍が戦車や大砲、飛行機などで出動してくれば敗走するしかなかった。
 フランスのブルム人民戦線内閣は、国内問題で手一杯で、旧ドイツ領をドイツ軍が侵略して強奪しても反撃せず見逃した。
 ヒトラーは、周辺諸国が平和を保つ為に宥和外交で対抗姿勢を取らない事を知るや、相手を騙し油断させながら着実にサラミ・スライス戦略で実行していた。
 6月 チャーチルは、反ドイツ派として敵意を剥き出しにしていたが、それ以上にヒトラーに好意的な人々も少なからずいた。
 ロイド・ジョージヒトラーと会談して「(ヒトラーが)ドイツ国民の精神を鼓舞し、自信を回復させ、これからの社会と経済に対する希望をもたせたのは事実であり、素晴らしい事である」と評価した。
 7月 ルーズベルトは、自由と民主主義による「正義」を掲げ、スペイン内戦でフランコ将軍を敗北させる為に共産主義勢力の人民戦線政府(第二共和国政府)を支援した。
 アメリ共産党ソ連やメキシコも、人民戦線政府を支援した。
 ヒトラーイタリア王国ポルトガルと共に、フランコ将軍とスペイン王家を支持した。
 ヘミングウェイなど世界中の進歩的知識人の多くが義勇兵として国際旅団に参加し、人民戦線軍と協力して右派反乱軍と戦った。
 人民戦線部隊は、各地の教会や修道院を攻撃して、多くの修道士や尼僧を殺害し、略奪を行い焼き払って廃虚とした。
 フランコ「スペインは、共産主義者には渡さん」
 バチカンは、共産主義者絶対神への信仰を踏みにじる蛮行を告発し、信者に対して邪悪な共産主義と戦う様に訴えた。
 フランスとイギリスは、フランコ側を有利になる様に不干渉政策を採用して人民戦線政府への武器輸出を禁止した。
 11月 ルズベルトは大統領に再選され二期目に入ったが、ニューディール政策は効果なく失敗が見えてきていた。
 対して。ヒトラーの経済復興政策は、大成功でドイツ経済は持ち直し始めていた。
 ルーズベルトは、ヒトラーに負けた大統領として汚名を残す恐れがではじめるやあっせり、日中戦争など世界中の紛争を煽り武器を輸出することで経済を立て直そうとした。
 そして、ヒトラー憎しからスターリンに接近し、ソ連に対する援助を行った。
 ルーズベルトの歪な偏見が、その後の世界の混乱に拍車をかけ、世界大戦へと突入した。
 ファシズムにはナチズムのような民族優位の偏狭的人種差別主義はなく、イタリア人以外のユダヤ人などの異民族出身の党幹部・政府高官・軍上級将校がいた。
 ただし、宗教的白人至上主義を持っていた為に、非キリスト教有色人種への嫌悪感は強かった。
 ルーズベルト政権内には、ヒトラーとは違って反ユダヤ主義政策を取らないムッソリーニに親近感を持つ者が多数いた。
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 1937年 FBIのフーバーは、モントリオールで開催された世界警察会議に出席して、ナチス・ドイツヒムラー警察長官と知り合い、41年12月4日まで情報交換をしていた。
 FBIは、アメリカに亡命したユダヤ人の内で共産主義を支持する者の情報を、ゲシュタポから得ていた。
 ゲシュタポは、ユダヤ人を劣等人種と決め付ける為にアインシュタインを社会的に抹殺するべく、アインシュタイン(32年にアメリカに亡命した)は共産主義にかぶれ無政府主義者と付き合っているとFBIに知らせていた。
 フーバーら保守層や右翼は、反ユダヤとしてヒトラーの反ユダヤ政策を支持していた。
 ハインッ・グデーリアンは、新兵科としての機甲部隊運用の理論的基礎を『戦車に注目せよ』にまとめ、戦車部隊を軸とした機械化部隊を編制し、電撃作戦を編みだした。
 3月19日 教皇ピウス11世は、回勅『ディウィニ・レデッムポトーリス』を発表し、反宗教無神論マルクス主義は神の信仰を破壊する、血に飢えた邪悪な存在であると宣言した。そして、全ての共産主義者を破門した。翌20日 別の回勅『ミット・プレンネンデル・ゾルゲ』を発表して、優生学的人種主義と反ユダヤ主義を正当化するナチズムを強い口調で批判した。バチカンは、普遍的価値観から、非人道的な全体主義を容認しない立場であることを表明した。
 後のピウス12世となる国務長官パチョリ枢機卿も、ソ連共産主義やドイツ・ナチズムから信仰を守る為に、激しい論争を繰り返していた。そして、戦争を回避する為に中立の立場を堅持し、あらゆる外交手段を講じていた。
 4月26日 ゲルニカ空襲。
 ドイツ軍によるゲルニカ空襲の犠牲者は1,600人で、一般市民の犠牲者は約150人であった。
 10月5日 ルーズベルト大統領は、「隔離演説」を行い、枢軸国の侵略行為に対抗する為に合衆国憲法による伝統的な中立と孤立主義の政策を放棄すると示唆した。連邦議会の多数派をしめる孤立主義者の手前それ以上の具体的で明快なる表現を避けたが、圧倒的多数の国民は自分を支持してくれるという自信があった。
 サムナー・ウェルズ「ルーズベルト大統領は1936年の秋以降、それまでにもまして非常に集中して外交政策お考える様になった。国内の改革や景気回復の諸問題がどれほど切迫していても、急速に戦争へと向かっている世界においては景気回復も国内改革も持続しないと大統領はずっと以前に認識していたのだ。大統領は合衆国が直面していた危機ですでに頭がいっぱいだった。1941年夏までに危機は差し迫っていた」
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 ヒトラー「我が方の真の戦争は、軍事作戦の開始前にそのすべての戦いが事実上終わっているであろう」
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 ナチス・ドイツのヨーゼフ・メレンゲレ。
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 アメリカのアレス・ハードリチカ。
 ハードリチカは、白人優位主義から、アジアで見つかる類人猿は猿の仲間で、人類は欧州に生まれた白人だけであるとの説を唱えた。
 優秀な白人のロシア帝国を破った、猿の仲間の日本人を嫌悪した。
 ハードリチカは、日本人を「原始的な残酷さを文明の衣で隠している残忍な海賊」に過ぎないと酷評した。
 フランクリン・ルーズベルトは大統領に就任するや、スミソニアン自然史博物館主任研究員のハードリチカを私的ブレーンとして対日強硬政策の助言を得た。
 「日本人がなぜ凶暴なのか?」という諮問に対して、科学的な見地から、日本人の「頭蓋骨は我々より2000年遅れ、猿に近い」からだと答えた。
 アジア人を文明人に改良するには、白人男性とアジア人女性を交配させて混血児でアジアを満たす事である。
 劣等なアジア人を淘汰するには、アジア人男性を電気で去勢して性能力を消失させる事である。
 日本人だけは掛け合わせても去勢を試みても全て無駄である為、四つの島をゲットーとして押し込め、何も与えずに早急に死滅させるべきである。
 ルーズベルトは、ハードリチカの提言に従って対日強硬政策を実行した。
 アメリカは、ファシスト中国を支援し、軍国日本を追い詰めていった。



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