✬115」116」─1─ロシアから始まった戦争の世紀。ロシア帝国のユダヤ人虐殺。ロシア領の東方ユダヤ人による西への大移動。1900年 ~No.345~No.346No.347No.348@       

ロシアとユダヤ人―苦悩の歴史と現在 (ユーラシアブックレット)

ロシアとユダヤ人―苦悩の歴史と現在 (ユーラシアブックレット)

   ・   ・   ・    
 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。↗   
   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 力こそ正義とする国際政治の現実。
   ・   ・   ・   
 ロシアの東方ユダヤ人は、ロシア帝政打倒のマルクス主義者として弾圧された為に、西へと逃げ出した。
   ・   ・   ・   
 ユングユダヤ心理学の推断を、一般的に妥当なものとして受け入れる事は、まったく許しがたい過ちである。誰しも、中国やインドの心理学がわれわれヨーロッパ人を束縛していると見なす事など夢想だにしないだろう。人類の分化が始まるとともに、集合無意識にも同じく本質的な違いが発達した。それゆえに我々は自らの精神構造の中にまったく異なる民族の精神を移植しようとすると、かなりの損傷なしには不可能なのである」
   ・   ・   ・   
 近代におけるユダヤ人のパレスチナ移住は、1800年代後半のロシア帝国における大規模なポグロムが切っ掛けで始まった。世に言う、第一次アリヤ(聖地へ上るとして、『移民』を意味する)である。  
 ワシントン・ポスト紙「海外の領土は、我が国のものである。領土拡張政策反対論は、カササギの声と同様に無意味である」(1900年1月1日) 
 1900年代に入るや、ロシア・東欧からアメリカへ、排他的正統派ユダヤ教徒である貧困下層階級ユダヤ人の逃亡者が急増した。
 国を捨てた東方ユダヤ人は、浮浪者としてキリスト教諸国の都市部に溢れた。キリスト教徒は、彼等を東方ユダヤ人として嫌悪した。
 ロシア帝国は、国際世論の批判を受けて、ユダヤ貧困層に対して国境を越える為の出国旅券の取得はもちろん国内移動も厳しく制限した。
 だが、国家及び皇帝への忠誠心なきユダヤ人が、国禁を犯して逃亡する事を厄介払いとして見逃した。
 ユダヤ人は、密出国を手助けしてくれる不法斡旋業者に大金を払い、ドイツ・ユダヤ人組織の支援ネットワークの助けを得て、ドイツやオランダなどの港からアメリカやドイツの船でアメリカへ逃亡した。
 逃亡ユダヤ人らは、目的地に向かう為に、各地の当局者に見逃してくれる様に買収した。
 不法斡旋業者は、正規の料金以上の手数料を要求し、料金支払いをケチる密出国者には命の危険をちらつかせて脅して巻き上げた。
 悪徳業者に騙されると、旅費を全て巻き上げられて身ぐるみをはがされ捨てられ、悪くすると殺害された。
 ドイツ帝国は、外貨を得る為に、不法入国して来る東方ユダヤ人の渡航に協力した。
 ドイツ政府は、東方ユダヤ人が定着する事と伝染病を持ち込む事を警戒して、国内での自由な移動を制限し、健康診断と400マルクの所持金検査を入念に実施して、不適格者は脱出国に強制送還した。
 海運会社は、当局の検閲を通過した東方ユダヤ人を寿司詰め状態になるまで乗船させて、アメリカに運んで収益を上げた。   
 ロシア帝国は、強制送還されたユダヤ人出国犯を、忠誠心なき裏切り者として厳罰に処した。
 脱国者には、シベリアなどの強制収容所に送って死ぬまで過酷な重労働を科した。
 金にゆとりのある逃亡ユダヤ人は、アメリカに渡った。
 旅費が足りない逃亡ユダヤ人は、イギリスの港に上陸して金を稼いでからアメリカに向かった。
 イギリスの港湾労働者や都市の低賃金労働者は、逃亡ユダヤ人に仕事を奪われるとして雇用主に抗議し、反ユダヤ運動を起こした。
 市民も、路上生活する逃亡ユダヤ人が増えると生活環境が破壊されるとして、上陸規制を求めた。
 イギリスのユダヤ人組織は、反ユダヤ運動の拡大が、イギリスに生活する改宗ユダヤ人の権利が脅かされる恐れがあるとして、問題の解決を政府に依頼した。
 税関当局は、正規の手続きを済ませ指定した所持金を持つユダヤ人移住者のみを入国させ、それ以外は不適格者として国外に追放した。
 逃亡ユダヤ人は、ここでも、担当官に賄賂を送って入国した。
 愛国心を持つイギリス人は、ユダヤ人の買収行為に激怒した。
 ハードウィック卿「ユダヤ人そのもに対する悪感情ではないし、外国人そのものに対する悪感情でもない、相手がイギリス人でも同じ事だろう。……労働者達が怒っているのは、損害を受けているからであり、加害者達の国籍に対してではない」 
 アメリカ政府は、無秩序的に入国して来るロシア・東欧からの移民を規制する為に1882年に連邦移民規制法を制定し、国家の安全を脅かす恐れのある者の入国を拒絶する為にリストを作成した。
 マッキンリー大統領が暗殺されてからは、無政府主義者共産主義者の入国を禁止した。
 ユダヤ人共同体は、政治力を拡大する為に選挙権取得適齢者を暖かく歓迎した。
 反ユダヤ勢力は、貧困ユダヤ人移民の増加は財政を圧迫し治安を悪化させるとして反対した。
 不法移民問題は、移民大国アメリカの宿命である。
 逃亡ユダヤ人は、マンハッタンの沖合にあるエリス島での入国審査を済ませ、移民登録カードに必要事項を記載して初めて合法的移民と認められた。
 ユダヤ人移民は、ニューヨークにあるドイツ系、ポーランド系、ロシア系、リトアニア系など出身地別のユダヤ人居住区に移り、貧しいユダヤ人移民が寄り添って生活する共同賃貸住宅に落ち着いた。
 新しい移民は、同郷出身者の連帯を深め同郷の伝統を維持する為の友愛・相互扶助団体ランズマンシャフトに参加し、雇用斡旋や契約医師から割り引き治療などのサービスを受けた。
 だが、各団体は自己の利益を守る為に対立し、自分の団体に所属しているユダヤ人に仕事を与える為に、他の団体のユダヤ人から仕事を奪った。
 就労できる仕事が少ない為に、ユダヤ人同士の喧嘩は絶えなかった。
 彼等は、国益・公益よりも個人益・私益を優先した。
 仕事は、ランズマンシャフトの会合で知り合った同郷出身者の世話で、下請けの零細作業場に働き口を見付けた。
 下請け業者(大半がユダヤ人)は、市場経済で熾烈な生存競争に勝ち残る為に、不衛生・劣悪な労働環境にある作業場で長時間労働を強制し、作業の遅い者は解雇して別の移民者を安く雇用した。
 労働時間や低賃金や労働環境を改善する為に抗議する者は、解雇した。
 ユダヤ人地区の路上は、失業者が溢れ、彼等はどんな仕事でも良いから働き口を求めていた。
 ユダヤ人移民達は、劣悪な環境にある作業現場で重労働を強いられても、家族を養う為に我慢して、朝早くから夜遅くまでアリの様に働いた。
 野心的なユダヤ人は、地獄の様な作業場で働きながら、下請け業者となって独立する夢を持ち、新たに移住してきたユダヤ人移民に仕事を斡旋して手数料を取り、信用がでそうな者を自分の部屋に下宿させて下宿料を得て、独立資金とするべく貯めた。   
 ユダヤ人移民間では賃金格差が拡大し、野心のない気弱な者は死ぬまで、搾取されるだけの奴隷的肉体労働者として貧困生活を強いられた。
 独立心旺盛な者は、同僚よりも先に下請け業者となって零細作業場を抜け出す為に、相手を出し抜き蹴落とす様な激しい競争を繰り返していた。
 ユダヤ人が成功したのは、尋常ならざる逆境を冷徹な合理主義と冷血な個人主義で、知恵をめぐらし血反吐を吐きながら生き抜いたからである。
 少数民族ユダヤ人が弱肉強食の大陸史の中で死滅しなかったのは、他人を押しのけ踏みつけにしても這い上がろうとした、飽くなき向上心があったからである。
 日本的な、人に嫌われない様に、人に憎まれない様に、人に怨まれない様に、といった人の良い「甘え」は存在しない。
 ユダヤ人移民の急増で、衣服製造業やその他の業種に進出して資産を増やして経営者となり、高等教育を受けた者は弁護士や医者などの知的専門職に就いて社会的地位を手に入れた。
 対人サービス業も発達し、排他的なユダヤ人だけの経済ネットワークが形成された。
 同時に、アメリカの文学や芸術はユダヤ人の智恵によって国際レベルに昇華した。 
 ドイツ系ユダヤ人らは、アメリカに同化する為に、先祖からの名前をアメリカ風に創氏改名し、アメリカ人から嫌われる民族言語を捨てて英語を身に付けた。
 アメリカ国民として国家に忠誠を誓う事で中産階層の仲間となり、ユダヤ人地区を離れて非ユダヤ人の多く住む環境のいいアパートに移った。
 東方ユダヤ人は、非ユダヤ人に嫌われても、独自の言語や文化や宗教や生活習慣に固執して同化する事を拒否した。
 アメリカ文化に感化された多くの若者は、アメリカ人に成り切る為にユダヤ的なものを全て拒否し、普遍宗教・キリスト教に改宗して民族宗教ユダヤ教を捨てた。 ★ 
 東方ユダヤ人は低賃金労働者が多いだけに、民族性を捨てて中産階級となった西欧系ユダヤ人とは別に、不当な抑圧や搾取と闘い権利を拡大する為のプロレタリア組織ワークメンズ・サークルを組織した。
 ユダヤ共産主義者は、社会に不満を持つ労働者を再教育して細胞に仕立て上げ、粗暴な者を集めて社会不安を煽る実働部隊に組織した。 
 アメリカの支配階層であるプロテスタント系のイギリス人移民の子孫は、同じ白人でもカトリック系のアイルランド人やイタリア人を下等移民として差別した。
 警察官の多いアイルランド人やギャグなど犯罪組織を構成しているイタリア人らは、その鬱憤を自分らよりも弱い東方ユダヤ人に向けて暴力を振るった。
 ユダヤ人は、社会に底辺に生活する黒人やアジア人や中南米出身者など非白人を差別し、彼等から搾取した。
 アメリカは、越える事のできない階層から成り立っている。
 自由と平等といった権利は、上位者にのみ許された特権であった。
 ユダヤ人は、自警団を結成し、反ユダヤ主義者の暴力から同胞を助け、ユダヤ人地区の治安を守った。
 人種差別に不満を持つユダヤ人二世は、ギャング団を組織して金を荒稼ぎする為に犯罪に手を染めながら、非ユダヤ人組織との抗争を繰り広げて縄張り・支配地を拡大した。羊の様に非暴力無抵抗で耐える同胞を守る為に、反ユダヤ主義者らを脅迫した。
 資本家となったユダヤ人は、警官や政治家や法律家や新聞記者などを金で買収して、ユダヤ人の犯罪記録をもみ消し、世論を操作して反ユダヤ主義者に社会的制裁を加えた。  
 社会ダーウィン主義者は、北方人種と同化し忠実な市民となったドイツ系ユダヤ人は善良なユダヤ人と受け入れたが、同化する事を拒否する頑固な東方ユダヤ人を悪いユダヤ人として隔離すべきだと提言した。
 そして、アングロ・サクソンの純粋な血統を退化させ不純にしない為に、非白人の同化と混血は避けるべきだと訴えた。
 同化政策反対が、世界常識であった。
 軍首脳部も、古代ローマ帝国の滅亡の原因を教訓として、忠誠心のない異質な余所者に国防を任せる事に反対した。
 キリスト教徒白人のみを将校とし、階級に関係なく非白人が白人兵士を指揮し命令を下す事を禁止した。
 個人の才能に関係なく、非白人は下士官止まりとして将校への道を閉ざした。
 黒人は、兵士にすらなれないとして、奴隷の様に雑用を命じ、銃の所持を禁止した。
 軍隊は、あからさまな人種差別を容認していた。
 戦友意識は白人間でのみ共有され、非白人は単なる弾除けの消耗品として扱われた。
 陸軍の総意は、市民権を得たユダヤ人の忠誠心が信用できない以上、彼らに国民の義務である徴兵を命ずるべきではないと判断した。
 ユダヤ教徒ユダヤ人は、国民となっても神への信仰を国家への忠誠より上位におき、国防の為に進んで志願をしようとはせず、徴兵の恐れがあれば医者を買収して兵役を免れる為にわざと身体を傷つけた。
 平和主義を掲げるユダヤ人は、戦闘に参加しない後方の事務職や補給部隊に配属される様に有力な政治家や官僚に多額の賄賂を渡し、身代わりとしてアメリカ人青年を戦場に送り出して戦死あるいは負傷させた。  
 陸軍情報部は、忠誠心なき東方ユダヤ人を、国家を裏切る危険な共産主義分子として監視を強化した。
 ゴードン・ヤング少佐「戦おうとしない人種は、卑怯な人種であり、奴隷人種である。我々の思考の中心からは、そういった声が聞こえるのである。そして、戦わずして武器を見出すならば ─ 消極的抵抗という武器と、抜け目のない知性という武器 ─ 彼等は、途方もない公然たる悪となるだろう」(ベルリンのアメリカ大使館付き武官)
 アメリカの公立学校は、全ての移民の子供を素早くアメリカ国民にする為に英語のみを使用し、アメリカ人として身に付けるべき公民やアメリカ史やアメリカ文学を教えた。愛国教育から、朝礼の度に国歌の斉唱と国旗への敬礼を強要した。
 それを拒否する者は、社会不適応者としてアメリカで孤立化した。国に忠誠を誓い身命を犠牲にして国家を守るアメリカ人の人権を保護したが、愛国を拒否する者は差別して法の保護を制限した。
   ・   ・   ・   
 ロシア軍首脳は、アジアに領土を拡大するという皇帝の意志に従って、朝鮮から日本を軍事占領する為の侵攻作戦を研究していた。
 領土拡大の対外戦争は、莫大な予算を必要として国家財政を圧迫していた。
 ロシア帝国が、人に打ち明けず秘めていた真意とは、朝鮮と日本を領土とする事であった。
 時代は、人種差別による帝国主義の時代であり、発展の為の戦争が正義の時代であった。
 そこには、武力に頼らない「話し合い」による平和は存在しなかった。
 ロシア帝国は、パリ・ロスチャイルドから多額の融資を得てシベリア鉄道建設を急いでいた。
 シベリア鉄道は、遠征軍をアジアに送る為の輸送手段であって、平和の為の観光鉄道ではなかった。
 シベリア鉄道が完成するまで、日本に警戒心を抱かせない為にアジアに植民地を求めないと公言し、対日宥和外交を採用した。
 フランス・ロスチャイルド家は、世界最大の油田であるカスピ海のバグー油田利権を維持する為に、シベリア鉄道建設に協力した。
 ロシア国内に渦巻く反ユダヤ主義(アンティ・セミティズム)によるポグロムから眼を背けて、ロシア帝国の財政を支援すると共にロシア経済そのものも支配していた。
 イギリスのロスチャイルド卿とロンドン・シティの国際金融資本家は、石油開発への投資を行う為に、バクー油田の利権獲得に乗り出した。
 フランス・ロスチャイルドは、政治シオニズムの最大の後援者として、貧しい東方ユダヤ人を農業入植者としてパレスチナキブツ(農業共同体)に送り込んでいた。
 アラブ人は、ユダヤ人入植者が少数なうちは敵意を持たず、「旧約聖書」に出てくる経典の民して暖かく迎え入れていた。
 だが、ユダヤ人入植者が増えるや先祖代々の土地が奪われるとして反対運動を始めた。
 ユダヤ人入植者は、暴力的な民族主義者アラブ人から身を守る為に自衛行動として武装した。
 昔からエルサレムユダヤ教徒居住区などで生活していた宗教的ユダヤ人は、アラブ人と平和的に共生していただけに、意図的にアラブ人との対立を強める政治シオニストに反対した。  
 ロシア国内では、ツァーリズムとキリスト教支配に反発する異教徒の暴動と、スラブ人やウクライナ人らによるポグロムに反発するユダヤ共産主義者の革命運動で、治安は悪化していた。
 無国籍ユダヤ共産主義革命家は、ロシア人ではないだけに皇帝への忠誠心はなく、ロシア人の国家を転覆させる為に敵国日本を支援した。
 日本軍部は、革命勢力にロシアの軍事情報を得る見返りとして活動資金を与えていた。
 清国は、表向きは同じアジア人として日本との友好関係を公言していたが、裏では日本に復讐する為にロシア帝国と対日戦目的の密約を結んでいた。
 中国の狙いは、日本を屈服させ、天皇に臣下の礼をとらせ、日本人を中国人の奴隷的使用人にする事である。
 日本の社会主義者無政府主義者らは、厭戦気分を煽る為に「反戦論」を主張し、専制天皇制政治を行う政府を転覆する為に天皇の暗殺を計画した。
 キリスト教会を中心に活動する平和主義の日本人知識階層は、キリスト教ロシア帝国の戦争の意志はないという発言を信じ、「非戦論」を呼びかけ、無益な殺し合いを避ける為に日本政府に対して冷静な対応を求めた。  
   ・   ・   ・   
 セオドア・ルーズベルト大統領(任1901〜09年)は、革新主義を唱えて、棍棒外交と呼ばれる圧力外交政策でドミニカ、ハイチ、メキシコなどに海兵隊を派兵した。04年にルーズベルト・コロラリーを表明して、西半球におけるアメリカの軍事的介入を正当化し、民主主義における普遍的理想主義を武力で広めた。  
 セオドア・ルーズベルト「私に深刻な不安を与えるものは日本との摩擦である。……私の政策は三本建てである。日本人を移入させぬ事、これを最少の摩擦と礼譲を以て行う事、海軍を建設する事、である」(任期の満了に当たって発言)
   ・   ・   ・   
 1902年1月 日英同盟の成立。日本は、ロシア帝国の侵略という脅威から日本を守る為に、アジアに多くの植民地と権益を持つイギリスと同盟を締結した。
 当時の日本人は、ロシア帝国の軍事的圧力に毅然と立ち向かった。恫喝や脅迫などの外圧に屈することなく、国益を守ろうとしたのである。
 イギリスは、日本に対して大量の軍事物資を輸出した。
 常識的な国際的軍事専門家は、小国日本は軍事大国ロシア帝国に敗北するとの予想を公表した。
 サムライ的日本人は、相手が強ければ強いほど怖じ気づくどころか、武者震いして勇気が湧いた。
 負けるといわれると、意地を張って、戦いを止めるどころかむしろ戦いを挑んだ。
 サムライは、負けて死のうとも体面を守る為に戦った。サムライの戦い方は、「肉を切らせて骨を切る」的に、無理をして勝つよりも、負けないように戦って勝つ事を心がけた。
 ゆえに、物事は、戦ってみないと勝敗はわからないと踏んでいた。
 事に当たって悲壮感にとらわれる事はサムライの恥と嫌い、何時いかなる時も冷静に、爽やかに、そして潔く、逃げることなく死地に赴いた。
 決して、絶望して自殺しようとしたのではなく、生きる為に「死中に活」を求めたのである。
 その気組みにこそ、サムライとしての「死の覚悟」があり、「滅びの美学」があった。   
   ・   ・   ・    
 1903年 セルビア陸軍の急進派将校団は、共産主義クーデターを起こし、専制君主の国王・王妃と保守系閣僚達及び王党派軍首脳部を殺害して人民革命政権を樹立した。
 革命軍は、宗教関係者や自由主義者などの反共産主義者を弾圧した。
 キリスト教的倫理観に基ずく公序良俗を崩壊させ、常識及び良心で支えられていた伝統的社会・家族・性意識を徹底して破壊した。
 人民は、平等の原則から、全ての拘束から解放された。
 革命政権は、ロシア共産党レーニントロッキーと連絡を取り、人民をあらゆる搾取から解放するという共産主義革命を世界に広げる為に世界大戦争を起こすべく行動を起こした。
 レーニン帝国主義戦争を内乱に、内乱から革命へ。破氷は破氷船にやらせて、大洋に出られたら破氷船は撃沈すればよい」
 オーストリア・ハンガリー帝国は、隣国セルビアとの戦争を避ける為の外交交渉を続けていた。
 セルビア共産主義者は、オーストリア・ハンガリー帝国を利用して戦争を起こそうと陰謀をめぐらせていた。
 如何なる国の共産主義者も、人民解放の為に戦争を起こすべく蠢動していた。
 ゆえに。平和と自由を守ろうとする国々は、戦争の為に殺戮を企てる共産主義者を弾圧していた。
 人種差別主義者は、ロシア革命ユダヤ人のクーデターと見なし、ユダヤ人こそ共産主義者であるとしてユダヤ人を迫害した。
 4月 ロシアのキシニョフで、ポグロムが発生した。



 
  ・   ・   ・   

ユダヤ人と自治――中東欧・ロシアにおけるディアスポラ共同体の興亡

ユダヤ人と自治――中東欧・ロシアにおけるディアスポラ共同体の興亡

ロシア革命で活躍したユダヤ人たち 帝政転覆の主役を演じた背景を探る

ロシア革命で活躍したユダヤ人たち 帝政転覆の主役を演じた背景を探る