🔯8」─1─4万年前の宗教の役割。象牙彫刻「ライオンマン」。〜No.26No.27No.28 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 民族的宗教心を持っている日本人は2割、民族的宗教心を否定する日本人は3割、付和雷同的に時代の空気や場の同調圧力に流される日本人は5割。
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 2022年7月号 Voice「人生の道しるべ
 あなたの悩みに答えます 
 森本あんり」
 ┃相談 宗教の役割とは何か┃
 ……最近は仏教やキリスト教の本にも触れるようになり、意外と面白いなと思っています。森本先生の著作も読んでみました。
 いまは私のなかでは、宗教の役割とは『合理的な物事だけでは解決できないときの拠 (よ)りどころ』かなと考えています。森本先生は、いかがお考えでしょうか。人生相談といえるかわかりませんが、ぜひお聞きしたいです。(東京都、60代、男性)
 ┃回答──┃
 ……
 どこから始めましょうか。そうですね、いまから4万年くらい前にしましょう。仏教やキリスト教が始まるはるか以前のことです。
 じつは私も最近読んだばかりの本です、相談者にもぜひお薦めしたいのが、『人類と神々の4万年史(上・下)』(河出書房新社)です。
 なぜ4万年前なのか。そのころ、人類が大きな知的飛躍を遂(と)げたからです。
 当時のヨーロッパは氷河期でしたが、その地層からマンモスの牙(きば)を彫ってつくられた精巧な彫像が出土しました。その像は、人間の胴体の上に大きなライオンの頭が載っています。つまりそれは、この世に存在しない生き物の像なのです。
 生きるのに精一杯だった彼らが、なぜそんなものをつくったのか、同じ地域からは、日常生活に使われたのでない装飾品や楽器も出土しています。これらは、大昔のわれわれの祖先たちが集まって、実用目的でない何らかの儀式を行っていたことを示唆(しさ)しています。
 『ライオンマン』がどのような役割を果たしていたのか、過酷な環境から自分たちを守ってくれる超自然の力として崇(あが)められていたのかどうか──詳細は不明ですが、ともかくその像は誰もが不思議に思うでしょうから、どうしても何らかの説明が必要です。
 つまりそこには、説明を語る人と聞く人がいた。人びとは像の周りに集まって、その物語を聞いた。
 というより、その物語を聞いて共有することで。人びとは仲間意識をもった。自分が誰でどのような存在であるかを悟り、お互いのつながりを確認し合った、ということだろうと思います。これが、『宗教』の出発点です。
 ┃すべての人が宗教的な存在┃
 こうして考えると、宗教は人間が想像力をもつことのごく自然な結果だということになります。目の前の現実を超えた何かを考えることは、人間の知性に固有の能力です。ホモ・サピエンスはホモ・レリオースス(宗教的人間)なのです。
 そういう能力をもつからこそ、人間は今日ではなく明日を生きるための計画をしそして希望と失望を味わいます。
 動物のなかで、人間だけが死を恐れなす。死そのものが怖いのではありません。自分の死を予感し想像して、その可能性に怯(おび)えるのです。
 要するに、人間は、物理的宇宙ではなく、それを解釈した象徴の宇宙に住んでいる。その意味では、知性をもつすべての人が宗教的だといえます。ここにいう『宗教』は、『キリスト教』や『仏教』といった名前のついた組織宗教だけのことではありません。
 どんなに合理性一点張りの人も、科学的エビデンスだけを備えたファクトだけを頼りに生きてゆくことはできません。人がそれぞれある程度の統一的な人格を持って生きるためには、世界観や人生観といった価値の体系がどうしても必要で、そういうものは目の前にある現実だけではつくれないからです。
 人間が文明社会を築くようになってから出現した諸宗教も同様です。『ライオンマン』の時代とはだいぶ違った姿ですが、それぞれの宗教が表現しているのも、結局はこうした原初的な人間らしさだということができます。
 ひと昔前までは、科学が進めば宗教は衰退すると考えられてきました。とくに、既成宗教の衰退ぶりは顕著に見えます。
 でも、世界の統計が示しているのは、どうやら違う将来です。
 今後50年で、イスラム教徒とキリスト教は現在よりも増加するのに対して、無宗教者の比率はむしろ低下します。霊性やスピリチュアル系など、既成の統計カテゴリーに入らない宗教性を含めると、その姿はもっと宗教的になることでしょう。
 『世界が非宗教化する』というのは、詳細は『世界歴史(23巻)』(岩波書店より来年刊行予定)の拙稿をご覧ください。
 ┃宗教は科学の代わりにならない┃
 私たちは、以前に増して不確実で不条理な世界に住んでいます。コロナ感染の爆発もウクライナ戦争も、ほんの数年前には誰も予測できなかった現実です。民主主義も科学技術もそれを止めることはできませんでした。
 とはいえ、宗教が何らかの代替物になることはできません。とりわけ、政治や科学の代わりを任ずるような宗教は危険です。
 現代人は、自然を支配する力としての呪術にはなお囚(とら)われたままです。政治家は、この社会的呪術を大いに集団の結束力を高めます。だからアメリカでは、民主主義を破壊する元大統領がいまなお政界を牛耳(ぎゅうじ)っており、ロシアでは、隣国を侵略する大統領が正教会の絶大な支持を受けているのです。
 これらは、人間が依然として宗教的であるからこそ、警戒しなければならない問題です。
 ……」
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人類と神々の4万年史 上
人類と神々の4万年史 下
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 ウィキペディア
 ライオンマン(英: Lion man)はドイツで発見された後期旧石器時代象牙彫刻である。
 概要
 この獅子頭象牙彫刻は、まずライオンマン(独: Löwenmensch、直訳すると "ライオン人")、次いでライオンレディ(独: Löwenfrau)と呼ばれた。これは世界最古の動物形象の彫刻であると同時に、いわゆる彫刻として知られる最古のもののひとつである。この彫刻は、動物に人間の性質を擬した擬人化であると解釈されているが、神の表現である可能性もある。発見されたのと同じ地層の放射性炭素年代測定により、この小立像は約32,000年前のものとされている。これは考古学上、オーリニャック文化のものとされている。
 来歴
 この像の断片は、1939年にドイツのシュヴァーベン・アルプのローネタール(はぐれ谷)にあるホーレンシュタイン・シュターデル(英語版)の洞窟(ホーレンシュタイン山のシュターデル洞窟)で見つかった。しかし、第二次世界大戦が始まったためにそれは忘れ去られ、再び発見されたのは30年後だった。最初の修復によって、頭部の無い人型の小立像であることが分かった。1997年から1998年にかけて彫刻の残りの断片が見つかり、再構築された頭部が取り付けられた。
 特徴
 彫刻は高さ29.6センチ、幅5.6センチ、奥行5.9センチである。燧石でできた石製ナイフを使い、マンモスの象牙から刻み出された。左腕に、横方向の曲がった線が7本平行に刻まれている。動物的な特徴としては、ライオンの頭部、すらりと長い体躯、獣の後肢のような腕が挙げられる。人間的な特徴としては、人間的な脚部と足、直立して伸びた背筋が挙げられる。
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カミの誕生―原始宗教 (講談社学術文庫)
宗教の誕生: 宗教の起源・古代の宗教 (宗教の世界史)
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 日本の自然は、数万年前の石器時代縄文時代から日本列島に住む生物・人間を何度も死滅・絶滅・消滅させる為に世にも恐ろしい災厄・災害を起こしていた。
 日本民族は、自然の猛威に耐え、地獄の様な環境を生きてきた。
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 日本の本音。日本列島の裏の顔は、甚大な被害をもたらす雑多な自然災害、疫病蔓延、飢餓・餓死、大火などが同時多発的に頻発する複合災害多発地帯であった。
 日本民族は、弥生の大乱から現代に至るまで、数多の原因による、いさかい、小競り合い、合戦、戦争から争乱、内乱、内戦、暴動、騒乱、殺人事件まで数え切れないほどの殺し合いを繰り返してきた。
 日本は、煉獄もしくは地獄で、不幸に死んだ日本人は数百万人あるいは千数百万人にのぼる。
 災いをもたらす、荒魂、怨霊、悪い神、禍の神が日本を支配していた。
  地獄の様な日本の災害において、哲学、思想、主義主張そして奇跡と恩寵を売る信仰宗教(啓示宗教)は無力であった。
 日本民族の「理論的合理的な理系論理思考」はここで鍛えられた。
 生への渇望。
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 日本の甚大な被害をもたらす破壊的壊滅的自然災害は種類が多く、年中・季節に関係なく、昼夜に関係なく、日本列島のどこでも地形や条件に関係なく、同時多発的に複合的に起きる。
 それこそ、気が休まる暇がない程、生きた心地がない程であった。
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 仏とは、悟りを得て完全な真理を体得し正・善や邪・悪を超越し欲得を克服した聖者の事である。
 神には、和魂、御霊、善き神、福の神と荒魂、怨霊、悪い神、禍の神の二面性を持っている。
 神はコインの表裏のように変貌し、貧乏神は富裕神に、死神は生神に、疫病神は治療神・薬草神にそれぞれ変わるがゆえに、人々に害を為す貧乏神、死神、疫病神も神として祀られる。
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 日本の自然は、人智を越えた不条理が支配し、それは冒してはならない神々の領域であり、冒せば神罰があたる怖ろしい神聖な神域った。
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 日本の宗教とは、人智・人力では如何とも抗し難い不可思議に対して畏れ敬い、平伏して崇める崇拝宗教である。
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