🎄48」─1─フランスがナチス・ドイツに占領された原因は戦争反対の民意であった。~No.155No.156No.157 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2020年以降の日本は、1939年以降のフランスに似ている、そして1940年のフランスへと進んでいる。
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 平和主義者は、如何なる犠牲を払っても「平和」を守ろうとした。
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 マルクス主義者・共産主義者は、平和を望んでいなかった。
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 2022年1月号 WiLL「太平の眠りから覚めよ、日本!
 葛西敬之  櫻井よしこ
 米国一強の終焉と
 現代の転換期を迎えた世界で日本は役割を自覚せよ
 『内向き』からの転換
 ……
 櫻井 冷戦終結の翌年、湾岸戦争が勃発します。当時のブッシュ大統領(父)が打ち出したのが新世界秩序、『正義と公正により弱者が強者から守られる世界秩序』にほかなりません。その後、米国一強の下で世界秩序が保たれてきました。それゆえに、平成時代の日本は観念論のなかで現実に目を瞑(つぶ)っていても安寧を保てた。
 葛西 さらに遡(さかのぼ)れば、日本は1960年安保改定により米国の傘に入ることで、以降比類なき平和と繁栄を享受してきました。しかし、この安定が国内冷戦とも言える内向き志向を再びのたらすことになります。自由主義、民主主義を掲げる自民党や経済界と社会主義、容共を標榜する社会党官公労全学連主流、多くの大学教授、言論人が対立し、国内闘争に明け暮れる時代が長く続きます。
 櫻井 米国に甘えて太平の眠りを貪(むさぼ)ってきたわが国は、目覚めなければなりませんね。
 葛西 世界各国は冷戦終結後のグローバル化の流れのなかで、国益などもう関係ない、歴史は終わった、国の軍事力など必要なくなるだろうなどと考えていましたが、近年は国民国家復権し、各国が自国を背に外を向き始めています。米国で自国ファーストを謳(うた)うトランプ大統領が現れたこと、英国のEU離脱はこれを物語っています。さらにコロナ禍で国境がこれまで以上に意識されるようになったことは、この流れ加速させるでしょう。幕末・明治維新以外に国民国家建設の経験がない日本にとっては苦手とも言える世界情勢を迎えています。如何にリーダーが国際社会に向かって立つことができるか、日本にもそれが問われているのです。
 国家のリーダーに求められることは民意に従うことではなく、国民に進むべき道を示すことです。民意に翻弄(ほんろう)され、決断できるリーダーがいなかった日本が無謀な太平洋戦争に突入した姿はそのことを如実に表しています。しかし現状はその逆で民意に従うことが民主主義だと思い込まされている。日本は四方を荒海に囲まれ、外敵の脅威に晒されることがほとんどなかったため、歴史的にその傾向が強い。例外的に進むべき道を示すリーダーたちが生まれたのは民族独立の危機感が芽生えた幕末・明治維新の時代だけです。
 櫻井 幕末から明治にかけて、政治家だけでなく国民が、『自分の国は自分で守る』という気概を持っていました。激動の時代においては、現実を直視して大胆な変化を受け入れなければなりません。そのためには、強力なリーダーシップが求められます。
 国家という『船』
 葛西 アンドレ・モーロワというフランス人作家がいます。彼は第一次大戦に英語通訳官として出征、第二次大戦中はイギリスで執筆活動にいそしんだ。モーロワは1940年当時の世界的ベストセラー『フランス敗れたり』のなかで、『政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべて死ぬ』と記し、この認識が共有されていなければ民主主義は成立しない、従って国防・外交・基本的価値観について共通の認識を持つことが重要であると訴えています。
 第二次大戦において、フランスはナチス侵攻1ヵ月で攻略されます。ナチスの傀儡ともいえる『ヴィシー政権』が樹立され、連合国が上陸するまで4年間、フランスはドイツの占領下に置かれた。フランスはなぜこうもあっさりとドイツに敗れてしまったのか──。モーロワは1つの理由として、国論を統一できなかったことを指摘しています。ロシア革命以降、労働者階級や学生、さらには知識層にまで社会主義が浸透し、国内に思想的な対立が生まれてしまった。国民が一つにまとまることができなかったのです。1940年7月のフランスは、現代の日本とよく似ています。
 櫻井 ドイツと中国、フランスと日本と読み換えれば、まさに現在の日本と重なりますね。
 葛西 船の乗員の意識がバラバラで、針路が定まらないまま航行を続けていると、敵のプロパガンダの雨を降らしてくる。そうすれば、船内は大混乱に陥って難破してしまう。国家の礎(いしずえ)ともいえる安全保障について国民が危機意識を共有しなければ、民主主義そのものが成り立ちません。
 信念が問われる
 櫻井 フランスと対照的に、挙国一致でドイツと戦ったイギリスを率いたのがチャーチルです。権力と名声を好んだチャーチルは、毀誉(きよ)相半ばする政治家です。しかし、大戦中に彼が行った演説は、イギリス国民にとって『日々の糧(かて)だった』といわれたほどです。彼の発する言葉は苦境にあった英国民の心を奮い立たせました。
 葛西 チャーチルは戦時中に適したリーダーでした。イギリス国内で対独融和論が根強く残るなか、『我々は決して降伏しない』と国民に向けて演説し、挙国一致体制を確立した。何があっても戦い抜くという気迫がこもっていたからこそ、国民はチャーチルを支持したのです。
 櫻井 『人間に与えられたあらゆる才能の中で、雄弁の才ほど貴重なものはない』──23歳だったチャーチルが残した言葉ですが、彼はさらにこう記しています。
 『雄弁を操る者は、偉大なる王の権力よりも、さらに永続性のある権力を振う。自己の党から見捨てられ、自分の友から裏切られ、自分の役職を剥ぎ取られても、この力こそ依然として制しがたい』(ロバート・ペイン著『チャーチル』)
 葛西 パリ陥落後、ド・ゴールはロンドンに臨時政府を樹立して徹底抗戦を呼ぶかけました。彼はもともと軍人ですが、同時に哲学者の雰囲気もある。チャーチルと同じ信念の政治家でした。
 櫻井 日本にも信念を持ったリーダーの登場を期待したいところですが、果たして岸田文雄首相にその自覚があるのか。……
 葛西 リーダーが進むべき道を示すためには、現実を直視し、その現実を国民に告げなければなりません。しかし1949年の敗戦以降、多くの政治家、リーダーたちはそれをせず、民意に従い寄り添うことを選んできました。このような流れのなかで、リーダーが現実を国民に告げることは難しくなっています。告げると支持率が下がり失脚する。まさにジレンマです。ただ、支持率ばかり気にしていては同盟国アメリカの信頼を勝ちとることはできず、日米同盟も核の抑止力も機能しなくなり、国は守れません。やはり、強い決意が必要になるわけです。
 ……」
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 第二次世界大戦勃発。戦争を始めたのは、ナチス・ドイツソ連
 1939年8月23日 独ソ不可侵条約
 9月1日 ナチス・ドイツポーランド侵攻(現地時間・午前4時45分)。
 9月3日 イギリスがドイツに宣戦布告。オーストラリア、ニュージーランド、英領インド帝国もドイツに宣戦布告。
 フランスがドイツに宣戦布告。
 9月17日 ソビエト連邦ポーランド侵攻独ソ不可侵条約の秘密議定書による。
 10月10日 イギリスのチェンバレン首相、ドイツのヒトラー総統からの和平提案を拒否。
 10月12日 フランスのダラディエ首相、ドイツのヒトラー総統からの和平提案を拒否。
 1940年
 6月4日 ドイツ軍がダンケルクを占領したが、抱囲されていた英仏軍の大半は脱出に成功(ダンケルクの戦い、ダイナモ作戦)
 6月14日 ドイツ軍がパリに無血入城
 フランス政府がボルドーに移転
 7月11日 仏ルブラン大統領辞職 - ヴィシー政権でペタン元帥が国家主席に選出(第三共和政終了)。
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フランス敗れたり
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 ドイツ軍に降伏したフランスは、親ドイツ派ビシー政権を樹立して抵抗を止め、戦争より平和を選び、ドイツ軍の管理・監督下でフランス国民だけの安全で安定した安心できる社会を保った。
 ある意味、フランス国民が望んだ死の危険が少ない幸せであった。
 その偽りの平和の代償が、フランス人によるフランス・ユダヤホロコーストへの加担であった。
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 ナチス・ドイツユダヤホロコーストを行い、中国共産党少数民族ジェノサイドを行っている。
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 中世ヨーロッパ世界で迫害されていたユダヤ人を解放したのは、フランス革命(1789~99年)であった。
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 親ドイツ派ビシー政権内のマルクス主義者や平和主義者は、反宗教無神論者・反ユダヤ主義者・人種差別主義者で、フランス国内で長年友人・知人・隣人として一緒に苦楽を共に生活してきたフランス・ユダヤ人をナチス・ドイツに引き渡し、消極的にホロコーストに加担した。
 つまり、「同胞のフランス人が無益な戦争(解放戦争)で戦死するよりは異民族のユダヤ人を犠牲にする方がフランス国民の為である」と考えたフランス人達は、自分が助かりたい・自分の命を守りたいとして、十数万人のフランス・ユダヤ人を捕らえてフランス製家畜用貨物列車にギュウギュウに押し込んで、ポーランドアウシュビッツなどにある絶滅収容所へ輸送して虐殺に協力した。
 フランス国内の鉄道網はフランス人が管理し、フランスの列車を動かしていたのはフランス人であり、フランスの駅舎やレールの保守管理を行っていたのはフランス人である。
 フランスのキリスト教会は、改宗ユダヤ人は教会の権威で助けたが、ユダヤ教ユダヤ人は見捨てた。
 同じような事は、オランダなどのドイツ軍占領国やイタリアなどの親ドイツ国でも起きていた。
 何故なら、ドイツ人が幾ら賢く優秀といってもすべての国の言語を自由に話せたわけではないからである。
 隠れていたアンネ゠フランク一家を、オランダ警察に密告したのはオランダ人である。
 オランダ警察は、ゲシュタポに協力してアンネ゠フランク一家を捕らえてアウシュビッツなどの絶滅収容所行きの列車に詰め込んだ。
 ユダヤ人悲劇が起きなかったのは、ドイツの同盟国であった親ユダヤ派の軍国日本と日本軍占領地のみであった。
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 短期的願望の民意に従う善良なリーダーの分別なき愚な決断で、国家は滅び、国民は奴隷となり、虐殺や殺戮が起きて全土が地獄と化す。
 「人を殺さない為に、自分が殺される」である。
 その傾向があるのが、現代日本現代日本人である。
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 現代日本の親中国派・媚中派は、中国との戦争を避ける為に、中国共産党の影響下で傀儡(かいらい)色の強い親中派政権をつくる。
 親中国派・媚中派は、政権与党の保守派自民党やリベラル派公明党だけではなく、野党のリベラル派や革新派にも数多く存在し、全国に散らばって活動している。
 彼らは、中国共産党に忖度し、日本の国益より中国の利益を優先する。
 日本国内の情報や技術が、彼らによって中国に流れている。
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 1939年頃のフランスのマルクス主義者や平和主義者に比べて、現代日本の高学歴なマルクス主義者や平和主義者そしてメディア、出版、講演会で発言するアナリスト、コメンテーターは劣化してレベルが低い。
 何故なら、現実は彼らが数年前か十数年前に自信たっぷりに発言した事と全然違うどころか正反対になっている。
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「日本は荒海に守られていた」はウソで、そのウソを信じる日本人には民族的な歴史力・文化力・伝統力・宗教力がなく、世界的な地政学はおろか戦争学や平和学が理解でず、当然ながら歴史を学ぶ事はできない。
 そうした日本人が多いのが、現代日本である。
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 昭和天皇は、親ユダヤ派、差別反対主義者、避戦平和主義者、原爆は非人道的大量虐殺兵器であるとして開発中止を厳命した反核兵器派、難民・被災者・弱者などを助ける人道貢献を求め続けた、勇気ある偉大な政治的国家元首・軍事的大元帥・宗教的祭祀王であって戦争犯罪者ではない。
 同時に、日本の歴史上最も命を狙われた天皇である。
 昭和天皇や皇族を惨殺しようとしたのは日本人共産主義者テロリストとキリスト教朝鮮人テロリストであった。
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 靖国神社の心・志・精神とは、人道貢献と平和貢献の事である。
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 歴史的人道貢献とは。昭和天皇A級戦犯である東条英機松岡洋右松井石根らは、ヒトラーから逃げてきた数万人のポーランドユダヤ人を保護し、ナチス・ドイツゲシュタポと日本人の反ユダヤ派、親ドイツ派のホロコーストを阻止しユダヤ人難民数万人を敗戦後まで守り続けた。
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 昭和天皇の平和貢献とは、戦争には不同意であったが政府と軍部が決定すれば裁可するが、戦争が始まれば早期に講和を行って戦争を止める事を求め続けた。
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 日本国内には、天皇制度を廃絶しようとしている反天皇反民族反日的日本人達が高学歴の知的エリートや進歩的インテリに数多く存在している。
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 現代の日本人、政治家・官僚・学者そしてメディア関係者も誰も重大問題とはせず、沈黙、つまりは黙認している。
 現代の学校歴史教育では、昭和天皇が行った数々の歴史的偉大な功績は否定され抹消されている。
 つまり、生徒・学生で昭和天皇は嫌いが大多数で、昭和天皇が好きだという子供は異常・おかしいとされている。
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