💟10¦─1─安倍首相真珠湾訪問。平成28年12月28日~No.35No.36No.37 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2016年12月28日07:34 産経ニュース「【安倍首相真珠湾訪問】「和解の力」
 米ハワイ・真珠湾で慰霊を終え、演説する安倍首相。右はオバマ米大統領=27日(AP)
 「和解の力」安倍晋三首相の演説 米ハワイ現地時間平成28(2016)年12月27日
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 安倍晋三首相の真珠湾での演説(全文)
 オバマ大統領、ハリス司令官、ご列席の皆さま、そして、すべての、アメリカ国民の皆さま。
 パールハーバー真珠湾に、いま私は、日本国総理大臣として立っています。
 耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます。降り注ぐ陽の、やわらかな光に照らされた、青い、静かな入り江。
 私のうしろ、海の上の、白い、アリゾナ・メモリアル。
 あの、慰霊の場を、オバマ大統領とともに訪れました。
 そこは、私に、沈黙をうながす場所でした。
 亡くなった、軍人たちの名が、しるされています。
 祖国を守る崇高な任務のため、カリフォルニア、ミシガン、ニューヨーク、テキサス、さまざまな地から来て、乗り組んでいた兵士たちが、あの日、爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いたとき、紅蓮の炎の中で、死んでいった。
 75年が経(た)ったいまも、海底に横たわるアリゾナには、数知れぬ兵士たちが眠っています。
 あの日、日曜の朝の、明るく寛(くつろ)いだ、弾む会話の声。
 自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。
 最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。
 生まれてくる子の、幸せを祈る声。
 一人、ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子どもたちがいたでしょう。
 それら、すべての思いが断たれてしまった。
 その厳粛な事実を思うとき、噛(か)みしめるとき、私は、言葉を失います。
 その御霊よ、安らかなれ−−。思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に、花を投じました。
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 オバマ大統領、アメリカ国民の皆さん、世界の、さまざまな国の皆さま。
 私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、すべての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜(むこ)の民の魂に、永劫(えいごう)の、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
 戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。
 私たちは、そう誓いました。そして戦後、自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら、不戦の誓いを堅持してまいりました。
 戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
 この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、アメリカ国民の皆さまに、世界の人々に、固い、その決意を、日本国総理大臣として、表明いたします。
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 昨日、私は、カネオヘの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。
 その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのをあきらめ、引き返し、戦死した、戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。
 彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けた側にいた、米軍の人々です。死者の、勇気を称(たた)え、石碑を建ててくれた。
 碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、「日本帝国海軍大尉(だいい)」と、当時の階級を刻んであります。
 The brave respect the brave.
 「勇者は、勇者を敬う」
アンブローズ・ビアスの、詩(うた)は言います。
 戦い合った敵であって 
も、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
 そこにあるのは、アメリカ国民の、寛容の心です。
 戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいたとき、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。
 皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなぐことができました。
 そして米国は、日本が、戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは、平和と繁栄を享受することができました。
 敵として熾烈(しれつ)に戦った、私たち日本人に差しのべられた、こうした皆さんの善意と支援の手、その大いなる寛容の心は、祖父たち、母たちの胸に深く刻まれています。
 私たちも、覚えています。子や、孫たちも語り継ぎ、決して忘れることはないでしょう。
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 オバマ大統領とともに訪れた、ワシントンのリンカーン・メモリアル。その壁に刻まれた言葉が、私の心に去来します。
 「誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う」
 「永続する平和を、われわれすべてのあいだに打ち立て、大切に守る任務を、やりとげる」
 エイブラハム・リンカーン大統領の、言葉です。
 私は日本国民を代表し、米国が、世界が、日本に示してくれた寛容に、改めて、ここに、心からの感謝を申し上げます。
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 あの「パールハーバー」から75年。歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国となりました。
 それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難に、ともに立ち向かう同盟です。明日を拓(ひら)く、「希望の同盟」です。
 私たちを結びつけたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。
 私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領とともに、世界の人々に対して訴えたいもの。それは、この、和解の力です。

 戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。
 寛容の心、和解の力を、世界はいま、いまこそ、必要としています。
 憎悪を消し去り、共通の価値のもと、友情と、信頼を育てた日米は、いま、いまこそ、寛容の大切さと、和解の力を、世界に向かって訴え続けていく、任務を帯びています。
 日本と米国の同盟は、だからこそ、「希望の同盟」なのです。
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 私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。
 パールハーバー
 真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。
 私たち日本人の子どもたち、そしてオバマ大統領、皆さんアメリカ人の子どもたちが、またその子どもたち、孫たちが、そして世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。
 そのための努力を、私たちはこれからも、惜しみなく続けていく。オバマ大統領とともに、ここに、固く、誓います。
 ありがとうございました。」
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 12月28日16:50 産経ニュース「【安倍首相真珠湾訪問】韓国「反省なき真珠湾メッセージ」 安倍首相の機敏さに「韓国も見習うべき」との評価も
 米ハワイ・真珠湾で演説する安倍首相。奥はオバマ米大統領=27日午後0時16分(代表撮影)
 安倍晋三首相の真珠湾訪問について、韓国の聯合ニュースは28日、「安倍『反省なき』真珠湾メッセージ…」との見だしで、「戦争への謝罪はおろか、反省さえ言及しなかった点で、日本の侵略を受けたアジアの被害国の反発は少なくないと予想される」と伝えた。
 中央日報は28日付社説で「日本国内の強硬右派」の反発を想定した上で、「安倍氏が政治的な負担を覚悟して訪れたのは、世界戦略的な次元に基づいてのことだ」と指摘。トランプ次期米大統領と当選直後に会談するなどした「安倍氏の機敏性を韓国の政治家も見習うべきだ」と論じた。(ソウル 桜井紀雄)」
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 12月28日 産経WEST「【真珠湾】安倍首相の哀悼の意「心のこもった言葉で意義深い」
 演説を終え、真珠湾攻撃を生き延びた元米兵をねぎらうオバマ米大統領(左端)と安倍首相=27日、米ハワイ・真珠湾(代表撮影)
 【ホノルル=真珠湾慰霊取材班】安倍晋三首相がオバマ米大統領とともに訪れたハワイ・真珠湾周辺では、27日(日本時間28日)朝から地元警察や軍関係者による厳重な警備が敷かれた。訪れる人もまばらで、あたりは厳粛な雰囲気に包まれた。
 日ごろは朝早くから、アリゾナ記念館などの入場券を求める観光客が長蛇の列をつくるビジターセンターも立ち入り禁止に。
 「今日は見学できないんですね」。両首脳の訪問を知らずに訪れた観光客も数組あり、名残惜しそうにその場を後にしていた。
 現地の男性ガイドは「歴史的な日になるよ」と訪問を歓迎。真珠湾攻撃先の大戦について「もう過去の世代のこと。安倍首相の訪問を機に日本人の来館者が増えるかもしれない」と期待を寄せた。
 安倍首相の訪問は地元ハワイでも多くの人に関心を持たれている。真珠湾攻撃を恨み、安倍首相に謝罪を求める声も一部にあるが、ほとんどは謝罪にこだわる必要はないという立場だ。ハワイで生まれ育ったタクシー運転手の男性(52)は「日本の首相が真珠湾を訪れたということ自体が、前向きなメッセージ。オバマ大統領も広島訪問で謝罪していないし、もし安倍首相が謝るというなら、アンフェアで、間違っている」。
 CNN生中継…日系人も称賛、感動
 CNNテレビは安倍首相とオバマ大統領が並んで献花する様子を放映し、オバマ大統領の演説を生中継した。安倍首相の戦没者に対する哀悼の言葉について、米日カウンシルのアイリーン・ヒラノ・イノウエ会長は「心のこもった内容で、意義深い」と称賛。日米同盟の強さと平和を希求する両国の努力に言及した演説を「将来への希望のメッセージだ」と受け止めた。
 アイリーンさんは、安倍首相が国立太平洋記念墓地で花を手向けた日系人初の連邦議員、故ダニエル・イノウエ上院議員の妻でもある。「とても感動し、感謝しています」と述べ また、日本人観光客の関心も高く、公務員の桜井真典さん(33)は「安倍首相の訪問が日米関係の歴史の一つの区切りになることは間違いない。非常に意義深い訪問だと思う」と話した。」
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 12月28日 17:59 産経ニュース「【安倍首相真珠湾訪問】「謝りにこいという国とは違う」日米の絆 アリヨシ元ハワイ州知事
 日米首脳が真珠湾合同慰霊を行ったことについて語るアリヨシ元ハワイ州知事=27日午後(現地時間)、ハワイ・オアフ島(鈴木健児撮影)
 「とても感動的だった」。米国初の非白人知事を務めた日系2世のジョージ・アリヨシ元ハワイ州知事(90)は27日、真珠湾に沈む戦艦アリゾナの真上にある慰霊施設「アリゾナ記念館」で、安倍晋三首相がオバマ米大統領と静かに黙●(=示へんに寿の旧字体)をささげる姿を見てそう感じた。取材に応じたアリヨシさんは、「命を亡くした方々を慰霊したことを後世に伝えなければいけない」と語った。(ホノルル 中村将)
 安倍首相は、犠牲者の名が刻まれた壁を前にオバマ米大統領と並び、花輪に3、4度触れて慰霊した後、40秒ほど目を閉じた。
 「驚きはなかった。いつかはこういう日がくるだろうとずっと思っていた」
 ハワイの日系社会の重鎮。「戦後、日本が苦労していた時代に、祖国の親戚(しんせき)に両親が物資を送っていたことを思いだす」と語る。
 「2つの祖国が敵味方に分かれた。育ててくれた国に忠誠を尽くし、家族を守るため死力を尽くした事実に心を揺さぶられる」
 安倍首相は26日、日系人との夕食会でそうあいさつし、戦中、戦後の日系人らの苦労をねぎらった。
 第二次世界大戦の欧州戦線に派遣された米陸軍第442連隊戦闘団は、大半が日系人だった。3分の2以上がハワイ出身者とされ、米史上最多の勲章を授与された部隊だった。アリヨシさんも高校卒業後、陸軍情報部日本語学校に入学し、終戦直後には連合国軍総司令部(GHQ)の通訳として、廃虚と化した東京に滞在した。
 日本を訪れた際、言葉を交わした靴磨きの7歳の少年が忘れられない。背筋を伸ばして一生懸命に働いていた。おなかが空いているだろうと思い、ピーナツバターとジャムをぬったパンを渡した。少年は礼を言ってパンを受け取ったが、食べずに道具箱にしまった。3歳の妹が腹をすかせて家で待っている。一緒に分け合って食べるのだという。
 悲哀を感じた。だが、苦難で国も家族も大変なときに、自分も何かやらねばと子供ながらに思ったその精神に、アリヨシさんは心を打たれた。「米国は日本の早期回復を望み、復活は実際、早かった。奇跡に近かった」と振り返る。
 安倍首相の祖父、岸信介元首相と父、安倍晋太郎元外相と親交が深く、首相とも親しい間柄だ。だから、安倍首相はこの7歳の少年のエピソードを講演などで好んで語る。
 謝罪ではなく、慰霊だった。「米国は首相に謝ってほしいといったことはなく、首相も自らお越しになった。謝りにこいという国との違いは大きい」。アリヨシさんはこう語り、日米の関係が、歴史認識で日本を揺さぶろうとする中国などの国とは違うことに触れ、「真珠湾攻撃の生存者と首相の握手はすばらしかった」と改めて述べた。
 「オバマ大統領は間もなく任期を終えるが、国のトップ同士の関係だけでなく、これをきっかけに、国民同士のつながりも一層深まることを期待する」と、日米関係の未来を見据えるように話した。
■ジョージ・アリヨシ氏■ 1926年3月、ハワイ・ホノルル生まれ。終戦直後、連合国軍総司令部の通訳として東京で勤務。その後、ハワイ大マノア校、ミシガン州立大、同大法科大学院を修了。ハワイ州議員などを経て1974年12月から3期12年、同州知事を務めた。」
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 12月28日19:11 産経ニュース「【安倍首相真珠湾訪問】「安倍晋三首相、次は南京へ」と独紙が論評
 第二次世界大戦中の真珠湾攻撃を経験した元兵士の男性と抱擁を交わす安倍晋三首相=27日、米ハワイ州ホノルル(AP)
 ドイツ紙フランクフルター・ルントシャウ(電子版)は28日、安倍晋三首相の真珠湾訪問を受け「次は南京へ」と題した論評記事を掲載し、安倍首相に南京大虐殺記念館を訪問するよう促した。
 論評は安倍首相が「利口で柔軟」であれば、謝罪外交を展開することが可能だと主張。「日本はそうすることで失うものなどないはずだ。むしろ、外交的な財産を築き上げることができて有益だ」と指摘した。
 また、日本の真珠湾攻撃への明確な謝罪の言葉がなかったことを批判。オバマ米大統領の5月の広島訪問に対する「最低限」の返礼にしかならなかったとした。(共同)」
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 日中戦争の勃発時は、軍国日本対ファシスト中国(中国国民党)とナチス・ドイツの連合軍の戦闘であった。
 第二回南京事件は、日本軍対ファシスト中国軍とドイツ軍事顧問団の戦闘であった。
 軍国日本は、ファシスト中国(中国国民党)を軍事支援するナチス・ドイツ及びドイツ軍需産業とドイツ系国際金融資本と戦っていた。
 ヒトラー、ナチ党、ドイツ国防軍、ドイツ保守層は、親中国反日派であった。
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 12月28日19:12 産経ニュース「【安倍首相真珠湾訪問】中国外務省「巧妙なパフォーマンスを何度繰り返しても1度の誠実な反省に及ばない」 韓国メディア「機敏さ見習うべき」のねたみ節も
 華春瑩副報道局長(共同)
 【北京=西見由章】中国外務省の華春瑩報道官は28日の定例会見で、安倍晋三首相の真珠湾での演説について「アジアの被害国にとっては、巧妙なパフォーマンスを何度繰り返しても1度の誠実な反省に及ばない」と述べ、中国など「被害国」との和解には侵略戦争を発動した日本の誠実な反省が必要だと主張した。
 国営新華社通信は同日、「真珠湾での“和解ショー”は侵略の歴史を過去のものにできない」と題する論評記事を配信。安倍首相は「日米和解」の見せかけをつくりだすことで歴史の重荷を投げ捨て、日米同盟を強化しようともくろんでいると批判した。
 さらに論評は演説の内容について、「奇襲」の反省や謝罪を拒絶し、歴史背景への言及もなかったと不満を表明。首相が「和解の力」「寛容の心」が必要だと訴えたのは、「侵略行為を正しく認識するよう求める正義の声」に対抗するのが目的だと言い切った。 
 【ソウル=桜井紀雄】
 韓国の聯合ニュースは28日、「戦争への謝罪はおろか、反省にさえ言及しなかった点で、日本の侵略を受けたアジアの被害国の反発は少なくないと予想される」と伝えた。
 中央日報は28日付社説で「日本国内の強硬右派」の反発を想定した上で、「安倍氏が政治的な負担を覚悟して訪れたのは、世界戦略的な次元に基づいてのことだ」と指摘。トランプ次期米大統領と当選直後に会談するなどした「機敏性を韓国の政治家も見習うべきだ」と論じた。」
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 12月28日19:15 産経ニュース「【安倍首相真珠湾訪問】世界中に歴史問題、克服は「許す側」の寛容さが重要 久保文明・東大教授
反応
 東大の久保文明教授(米国政治)の話
 日本の首相の真珠湾訪問、米大統領の広島訪問の両方を実現させたことで、両首脳は、激しい戦争を経験しても、双方の努力でここまで信頼関係を築くことができるという和解のモデルケースを国民や世界にアピールした形だ。
 安倍晋三首相が演説で謝罪に直接言及しなかった理由の一部は、オバマ氏が広島で謝罪に言及しなかったことに合わせたためだが、訪問は未来志向を目指したものであり、日米両国民に謝罪への抵抗感が残っているからでもある。国民が許容できる範囲で、双方がたたえ合う内容だった。
 日本にとっての中国や韓国など、世界中に歴史問題は存在する。克服するためには双方の歩み寄りが必要であり、特に「許す側」の寛容さが重要だという両首脳のメッセージだった。(共同)」
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 12月28日 20:57 産経ニュース「【安倍首相真珠湾訪問】オバマ米大統領の演説全文
 米ハワイ・真珠湾で演説するオバマ米大統領。右は安倍首相=27日(代表撮影)
 オバマ米大統領の演説全文
 安倍首相、米国民を代表して、あなたの心のこもった言葉に感謝します。今日ここに来られたことに感謝します。日米両国民の和解と協調の力を示す歴史的な行為であり、戦争の最も深い傷でさえも友情と恒久平和に変えることができると思い起こさせてくれます。
 列席の皆さま、米軍関係者、そして真珠湾攻撃の生存者やその大切な方々、アロハ。
 米国民、とりわけハワイを故郷と呼ぶわれわれにとって、この湾は神聖な場所です。花輪をたむけ、いまだに涙する海に花束を投げ入れるとき、私たちは天国にいる2400人以上の愛国者たち、父、夫、妻、娘について思いをはせます。私たちはオアフの「守護者」たちに敬意を表します。彼らは、毎年12月7日に少し背筋を伸ばします。私たちは、75年前にここで輝いた英雄的行為に思いをはせます。
 あの12月の日の夜明け、楽園はこれ以上ないほど心地よいものでした。水は温かく、あり得ないほど青かった。水兵たちは食堂で食事をしたり、パリッとした白のショートパンツとTシャツを着て教会に行く準備をしたりしていました。
 湾には、カリフォルニア、メリーランド、オクラホマテネシーウェストバージニアネバダといった艦船が整然と停泊していました。
 アリゾナの甲板では、海軍の軍楽隊が演奏前の調整をしていました。あの朝、男たちは肩にあった階級章よりも、心の勇気が勝っていました。島中で米国人は演習弾を撃ったり、旧式ライフルを使ったりして、可能な限り防衛に尽くしました。食堂の給仕として働く、あるアフリカ系米国人は、普段なら清掃の仕事をしていましたが、司令官を安全な場所に行かせ、対空砲を弾が尽きるまで撃ち続けました。
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 私たちは、ウェストバージニアの1等砲手だったジム・ダウニングのような米国人を誇りに思います。彼は真珠湾に駆けつける前、新妻から聖書の一節を託されました。「神は難を避ける場所。とこしえの御腕がそれを支える」
 ジムは自分の船を助けるため戦いつつ、倒れた仲間の名前を書き留めました。最期を家族に伝えるためです。彼はこう言いました。「当然のことをしたまでだ」と。
 私たちは、ホノルルの消防士、ハリー・ペインのような米国人も記憶にとどめています。燃えさかる炎を前にしながら、燃える飛行機を消火するために身をささげました。民間消防士としてパープル・ハート勲章(名誉負傷章)を受けた数少ない一人です。
 私たちは、ジョン・フィン曹長のような米国人にも敬意を表します。50口径の機関砲を2時間以上操作して20回以上も負傷し、わが国最高の軍勲章「名誉勲章」を受けました。
 この地で私たちは、戦争がいかに私たちの永続的な価値を試すのかということを思い起こします。日系米国人は戦争中に自由を奪われましたが、米国史上最も勲章を受けた部隊は、日系米国人2世で構成された第442連隊戦闘団と、傘下の第100歩兵大隊でした。
 第442連隊戦闘団には、私の友人で誇り高いハワイ人のダニエル・イノウエ(故人)も所属しました。彼は私の生涯の大半を通じてハワイ州選出の上院議員を務め、私は上院で一緒に仕事できることを誇りに思いました。彼は名誉勲章大統領自由勲章を受けただけでなく、彼の世代で最も卓越した政治家の一人でした。
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 ここ真珠湾での第二次大戦初の戦闘によって、米国は奮起しました。ここで、米国はさまざまな形で成熟しました。私の祖父母を含む「最も偉大なる世代」は戦争を求めませんでした。しかし、戦争に尻込みするのを拒みました。前線や工場で自分たちの役割をこなしました。75年後、誇り高き真珠湾の生存者たちは時とともに少なくなりましたが、私たちがここで思い起こす彼らの勇敢さは、国民の心の中に永遠に刻み込まれています。
 私は真珠湾と第二次大戦の退役軍人に対し、できるなら立ち上がるか、手を挙げるようお願いしたい。偉大な国家はあなた方に感謝しているからです。
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 国家の性質は戦争によって試され、平和の中で明確になります。海をまたいだ激しい戦闘により、数万人どころか数千万人の命を奪った人類史の最もおぞましい一つの章の後、米国と日本は友情と平和を選択しました。
 数十年間、私たちの同盟は両国に一層の成功をもたらしました。それは、さらなる世界大戦を食い止め、10億人以上を極端な貧困から救った国際秩序を支えました。
 今日、共通の利益だけでなく、共通の価値観に根ざした米国と日本の同盟関係は、アジア太平洋地域の平和と安定の礎となり、世界全体における前進の力となっています。私たちの同盟はかつてないほど強固です。
 良いときも悪いときも、私たちは共にあります。5年前、水の壁(津波)が日本を襲い、福島の原子炉が溶けたときのことを思い出しましょう。軍服に身を包んだ米国の男女が日本の友人を助けるためにそこにいました。
 米国と日本はアジア太平洋地域や世界の安全を強化するため、世界中で肩を並べて働いています。海賊を追い返し、疫病と闘い、核兵器の拡散を遅らせ、戦火で引き裂かれた土地で平和を保ってきました。
 今年、真珠湾の近くで、日本は二十数カ国とともに世界最大の海上軍事演習に参加しました。それには、米国の海軍将校と日本人の母の息子であるハリー・ハリス司令官が率いる米太平洋軍の部隊も含まれていました。ハリーは横須賀で生まれました。彼のテネシーなまりから、皆さんにそれは分からないでしょうが。
 ハリー、あなたの優れた指導力に感謝します。
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 私たちが今日ここにいること。単なる政府の関係ではなく、両国民のつながりが、安倍首相が今日ここにいることが、国と国、国民と国民の間で何ができるのかを思い起こさせてくれます。戦争は終結できる。最も激しく戦った敵同士は、最強の同盟をつくることができる。平和の果実は常に、戦争で奪い取ったものより重い。これこそ、この神聖な(真珠)湾が示す不朽の真実です。
 この地で私たちは思い出します。たとえ憎しみが最も熱く燃え盛るときでも、民族主義が最も高まったときでも、私たちは内向きに陥ることに抵抗せねばならないことを。自分たちと違う人たちを悪魔扱いする衝動には抵抗せねばなりません。
 ここで払われた犠牲や戦争の苦悩は、全人類に共通する神聖な輝きを追求することを思い出させてくれます。それは、日本の友人たちが「オタガイノタメニ」と呼ぶものを目指すことです。「共に、そして互いのために」という意味です。
 それこそまさに戦艦ミズーリのウィリアム・キャラハン艦長が残した教訓です。彼は自分の船が攻撃された後、日本人パイロットの遺体を日本の国旗で包み、軍人として尊厳を持って葬られるよう命じました。その旗は、米国人水兵が作りました。
 日本人パイロットたちが残した教訓もあります。彼らは何年か後に真珠湾に戻り、年老いた米海兵隊のラッパ吹きと友人になりました。毎月、この記念碑で鎮魂ラッパを吹き、2本のバラを手向けるよう頼みました。1本は米国の戦没者、もう1本は日本人の戦没者のためです。
 両国民は日々、最も日常的な形で教訓を学んでいます。東京で学ぶ米国人、米国各地で学ぶ若い日本人留学生です。共にがんの未知の分野を解明し、気候変動と戦い、新星を探求する両国の科学者たちもいます。
 平和と友情で結ばれた米国人と日本人が分かち合う誇りに支えられ、マイアミのスタジアムを沸かせるイチローのような野球選手もいます。
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 国として国民として、私たちは受け継ぐ歴史を選ぶことはできません。しかし、そこから学ぶべき教訓を選び、その教訓から将来を描くことはできます。
 安倍首相、日本人が常に私を歓迎してくれたように友情の精神であなたを歓迎します。共に世界にメッセージを発信しましょう。戦争よりも平和から、多くのものが勝ち取れるということを。報復よりも和解が多くの見返りをもたらすことを。
 この静かな湾で、私たちは友人として共に、亡くなった人たちを悼み、両国が勝ち取ってきたすべてのものに感謝をささげます。
 戦没者が神のとこしえの御腕に抱かれますように。退役軍人と私たちを守ってくれるすべての人たちを神が見守ってくれるように。みんなに神のご加護があるように。ありがとう。」

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