🔯7」─3・A─イエス・キリストが白人として描かれた理由とは?〜No.25  

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 イエス・キリストを白人にしたのは、白人優位の人種差別主義である。
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 2022年11月6日 MicrosoftNews 現代ビジネス「イエス・キリストが白人として描かれた理由は、現代でも対立の根底に 民族と文明で読み解く「ユダヤ人」・下
宇山 卓栄
 世界の民族史・文明史の中でも、とりわけユダヤ人の歴史に関心を持つ人は多いのではないだろうか。そもそも「ユダヤ人」とは何者なのか。古来から現代まで続くアジア諸民族の闘争をトータルに捉えた宇山卓栄氏の話題書『民族と文明で読み解く大アジア史』(講談社+α新書)の著者・宇山卓栄氏が、同様のアプローチで迫る「ユダヤ人とは何か」を、2回にわたってご紹介しよう。今回はその2回目だ(第1回はこちら)。
 キリストの容貌は、実際はアラブ人に近かった
 イエス・キリストパレスティナベツレヘムで生まれたユダヤ人です。しかし、イエスは絵画などで白人のヨーロッパ人男性として描かれてきたために、イエスが白人であるかのようなイメージが定着しています。また、聖母マリアもほとんどの絵画で白人女性として描かれています。
 前回の記事で述べましたように、ディアスポラ(離散)以前、ユダヤ人は白人との混血をまだ進めていませんでした。ローマ帝国がシリア・パレスティナ地方を版図に組み入れますが、白人の入植者は決して多くはありませんでした。もしイエスの本当の容貌を復元できるとするならば、我々はそれを見て、瞬時に「アラブ人だ」と思うでしょう。イエスの髪の毛の色は金髪や赤茶ではなく黒で、眼の色も青ではなく黒であった可能性が高いでしょう。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」では、イエスの髪の毛は赤茶で描かれています。
  現代ビジネス レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」(部分)Photo by iStock
 ユダヤ人はそもそもアラブ人と同じセム語派に分類されます。ユダヤ人の言語であるヘブライ語セム語族の一つです。インド・ヨーロッパ語派とは明らかに異なる民族です。それにもかかわらずイエスを白人のように描写するのは、イエスを同族としたいヨーロッパ人の思惑があったのだと批判されています。特に反人種差別団体は、イエスが白人として描かれている壁画や絵画は白人至上主義の擁護に使われているとして、公共の場から撤去すべきだと極端な主張をしています。
 神であるイエスは白人であるべきとする暗黙の了解がヨーロッパ白人の中にあったのは間違いないでしょう。イエスが中東人のような容貌では、白人にとって都合が悪かったのは言うまでもありません。
 『旧約聖書』によると、ユダヤ人とアラブ人は共通の祖を持ちます。アブラハムは奴隷の妾にイシュマエルを生ませます。このイシュマエルの子孫がアラブ民族となったとされます。後にアブラハムの正妻が生んだイサクの子孫がユダヤ民族となったとされます。
 ユダヤ人はアブラハムの正妻の嫡出子の系統であることを誇り、アラブ人を奴隷の妾の子であると見下しました。ユダヤ人とアラブ人はほぼ同族であるにも関わらず、歴史上一貫して、対立しており、それは今日にまで引き継がれています。
 「ユダヤ人」の定義とは
 では、ユダヤ人とは、いったいどのように定義される民族なのでしょうか。現在、イスラエルの法律では「ユダヤ人はユダヤ人の母親から生まれた人、またはユダヤ教に改宗を認められた人」(「イスラエル帰還法」より)と規定されています。
 © 現代ビジネス 宇山卓栄氏の著書『民族と文明で読み解く大アジア史』(画像をクリックするとアマゾンのサイトに移行します)
 ユダヤ人は古来、ユダヤ法で、ユダヤ人の母を持つ者をユダヤ人とするという思想を受け継いでおり、それがイスラエルの国法にも反映されています。父親がユダヤ人でも、母親が非ユダヤ人の場合、子供はユダヤ人ではないとみなされることもあります。子供の父親が誰かは分からなくても、母親から生まれた子は確実に母親の子であるため、母親がユダヤ人ならば、ユダヤ人の血は受け継がれていると考えられています。
 しかし、これらは厳格な定義であって、実際には、ユダヤ社会で、母親が非ユダヤ人で父親がユダヤ人という場合でも、その子はユダヤ人とみなされます。
 アシュケナジムセファルディム
 ディアスポラの中で、ユダヤ人は大きく三つのグループに分かれます。ドイツやフランス、そして東欧に移住したユダヤ人は「アシュケナジム」と呼ばれます。「アシュケナジAshkenazi」とはヘブライ語で「ドイツ」を意味します。
 イベリア半島スペインに渡ったユダヤ人は「セファルディム」と呼ばれます。「セファルディSephardi」はヘブライ語で「イベリア」の意があるとされます。さらに、セファルディムユダヤ人はポルトガル、イタリアなどの南欧諸国、トルコ、モロッコアルジェリアなどの北アフリカにも拡がります。フランスにはアシュケナジムユダヤ人とセファルディムユダヤ人が半々くらい居住しているとされます。
 ディアスポラ後もパレスティナをはじめ中東地域に留まったユダヤ人は「ミズラヒム」と呼ばれます。ヘブライ語で「ミズラ」は「東」の意味です。 
 セファルディムは当初、イベリア半島で居住し、後ウマイヤ朝などのイスラム教勢力の支配下で、イスラム教徒から「啓典の民」として寛大な措置が取られていましたが、1492年、キリスト教勢力がイベリア半島からイスラム勢力を駆逐し、レコンキスタが完了すると、キリスト教徒はユダヤ人を迫害しはじめました。ユダヤ教徒追放令なども発布されます。
 セファルディムの多くが北アフリカや中東に移住し、また、オランダ、イギリスにも移住します。オランダやイギリスのユダヤ人はおおよそ、セファルディム系のユダヤ人です。
 経済力で異国に力を持つ
 イギリスで、19世紀に活躍したイギリス首相ベンジャミン・ディズレーリもセファルディムユダヤ人です。1875年、ディズレーリがスエズ運河会社の株式を買収する際に、同じユダヤ人のロスチャイルド財閥の資金提供を受けます。この時、ロスチャイルドは「閣下、融資の担保はどうさせていただきましょうか」と問うたのに対し、ディズレーリは「大英帝国が担保である」と応じました。
 © 現代ビジネス ベンジャミン・ディズレーリ(1804-1881) Photo by iStock
 ディズレーリの姓は、彼の祖父が「デ・イズレーリD'Israeli」と改称する前、「イスラエリIsraeli」でした。これは「イスラエル」のことです。「イスラエル」はかつて、ヘブライ王国から分離したユダヤ人の古代国家で、今日のパレスティナの国号にも使われています。ヘブライ語で「イスラ・エルYsra-el」は「神(エル)が支配(イスラ)する」という意味です。
 「デ・イズレーリ」の「デ」は「de」であり、スペイン語やイタリア語の「de」は英語の「of」にあたる前置詞です。つまり、「イスラエル出身の」という意味になります。この「デ・イズレーリD'Israeli」が更に「ディズレーリDisraeli」に改称されます。いずれにしても、ユダヤ人であることを誇示した姓です。
 ディズレーリはイタリア系セファルディムの家柄で、祖父が18世紀、イタリアからイギリスに移住し、株式仲買人として成功します。しかし、ディズレーリは自分の家がスペイン系セファルディムであると主張していました。当時、セファルディムはイタリア系よりもスペイン系が高貴で裕福であるとする一般認識があり、ディズレーリがスペイン系にこだわったのは、こうした背景があるとされています。ちなみにディズレーリ家がスペイン系セファルディムであったという根拠はありません。
 16世紀、スペインの台頭とともに、スペイン系セファルディムで富豪になった者が多くいました。しかし、フェリペ2世カトリック政策を強化すると、スペイン系セファルディムはオランダに亡命しました。そして、17世紀、彼らはオランダの台頭とともに、更に富を蓄えます。オランダの哲学者スピノザの一家などは、こうしたセファルディムユダヤ人の典型でした。
 金融業などで成功した商才豊かなユダヤ人はヨーロッパ各地で尊敬されて、畏れられると同時に、迫害や差別を受けました。ユダヤ人は自らの国を持たない少数民族です。兵力数で強者に抗っても、勝てる見込みはありません。そこで、ユダヤ人は異国に根を広げ、カネを稼ぎ、経済力によって、力を持とうと考えたのです。特に、イギリスのように18世紀以降、議会制民主主義の進んだ国家に進出し、資金を提供することによって権力を掴んでいきます。こうしたユダヤ人の徹底した姿勢が反発を生み、差別や迫害の一因となります。
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