🐉132』─1・C─香港人は少数民族であって大陸系漢民族ではない。~No.431No.432 

  ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。  
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 産経新聞IiRONNA
 関連テーマ
 国安法ありとて「香港魂」は死せず
 国家安全維持法(国安法)が施行された香港に対し、国際社会は絶望感を募らせている。だが、「一国二制度の崩壊」「香港は死んだ」と評される一方で、長年自由を享受してきた香港の人々の闘争心は失われていない。確かに香港は中国共産党に踏みにじられたとはいえ、自由を求める「魂」までは奪えないのではないか。

 「香港人」は漢民族にあらず、蘇生するには真の独立しかない
 『楊海英』 2020/07/17
 楊海英(静岡大アジア研究センター長)
 香港は殺された。「23歳」で中国共産党に殺された。
 1997年にイギリスの統治から中国に返還されたとき、50年間は香港人の従来の生活を保障する、と共産党政府は約束していた。しかし、まだ23年しか経っていない現在、「一国二制度を50年間守る」という国際的な公約は「国家安全維持法」の導入により、簡単に破り捨てられた。香港が殺された、と国際社会は理解し、そう表現している。
 香港を中国へ返還すべきか否か、当時のイギリスの首相で、「鉄の女」の異名を持つサッチャーは悩んでいた。彼女に対し、共産党の最高実力者の鄧小平は「返還した後も、香港人は昔のように馬を飛ばしなさい。ダンスに興じなさい」、とユーモラスに語った。
 「馬を飛ばす」ことは競馬を指し、「ダンスに興じる」ことは、夜の街での楽しみを意味する。どちらも「腐敗した資本主義のブルジョアジーの金もうけの営みだ」、と社会主義の優越性を標榜する共産党はそう認識していた。要するに、以前のように資本主義制度を生きなさい、との言い方だった。
 鄧小平の独特な言い方は、実は共産党政府が香港人を理解していなかった事実を表している。金もうけさえしていればいい連中だ、と共産党政府は香港人をこのように一方的に断じていた。
 返還された年に香港を旅した私は、至るところで大陸からの観光客が現地人をバカにしている風景を目撃した。店で食事した後も、金を投げ捨てるように極めて傲慢な態度で渡していた。それでも香港人は顔色を変えずに応じていた。
香港返還を明記した中英共同宣言に調印するサッチャー英首相、後方右から立会人の鄧小平氏、ハウ英外相=1984年12月19日、北京・人民大会堂(共同)
 郵便局でも同じだった。北京からの客が地元の職員を大声で怒鳴りつけ、「昔はイギリス人に怒られていただろう、下僕なら慣れているだろう」、と相手を侮辱していた。確かに「イギリスに支配」されていたが、「祖国の懐に戻った」のだから、暖かく迎え入れてもいいのではないか、と私はそばに立ってそう思った。
 「イギリスに養子に出されて長くなったので、祖国の懐の温かさが分からない」、と当時の香港の知人は私に自分の悲しみについて語った。このままでは早晩、爆発するだろう、と私はそのように認識し、香港を離れた。その後も、数回にわたって、香港を調査旅行したが、嫌中感情は高まる一方だった。
 香港は決して「金もうけさえしていればいい人々」の棲家ではない。まず、中国大陸に直接的なルーツを持ちながら、移住してさほど歳月が経っていない人々は根っからの反共思想の持主である。
 1949年に共産党が大陸で政権の座に就くのを見て、やがては暴力が全土を席捲するだろうと予見した人々や、共産党の暴政から逃れた集団が香港に避難した。筋金入りの反共闘士もいれば、資本家もいた。
 そして、1958年に人民公社が成立したときと、66年から文化大革命が発動されたときに再び香港へ逃亡する人間の波は現れた。後日に明るみになるが、人民公社制度の導入でおよそ3千万人が餓死したし、文化大革命の犠牲者も数百万人に上る。
 大陸で人類未曾有の政治的災難が発生するたびに、香港は共産党が敷く圧政の犠牲者を受け入れてきた。そのような人々がどうして「独裁祖国」を愛さなければならないのだろうか。
 「反共分子」よりも前に香港に住み続けてきたのは、どんな人々だろうか。そのような香港人は身体的には顔色がやや黒く、言語の面でもいわゆる広東(カントン)語や潮州語などを操る。言語学者の中にはそれらの言葉をシナ語の一方言と呼ぶ人もいる。
 問題はその「方言」が中国の巨大な言語、普通話とは根本的に異なるという事実である。この差異をイタリア語とスペイン語、それにフランス語の三者間の距離よりも大きい、と分かりやすく譬える言語学者もいる。要するに、簡単に香港語をシナ語の一方言とする見方はやや乱暴である。言語の面からすれば、香港人漢民族ではない。
 普通話という今日の中国で定着している言葉は清朝の支配者、満洲人が発明したものだ。満洲語を母語とする満洲人が被支配者のシナ人と意思疎通するために使っていた共通語・ピジン語だった。香港人と大陸の人を同じ民族としてまとめる共通の言語はない。
 さらに言うと、異民族が住む香港をイギリスに租借したのは満洲人の清朝である。満洲人は中国人ではないし、清朝も中国か否か、当の中国人も含めて見解が一致しているわけではない。
 満洲人が建てた清朝は外来の政権で、征服王朝で、「中国の王朝」と言い難い。中国人もそう理解していたから、1911年に「満洲人を追い出して、中華を恢復(かいふく)する」との革命が勃発し、中華民国中華人民共和国などが誕生した。
 以上のような歴史から、イギリス人と満洲人が自分たちの意思を無視して裏取引を繰り返して、勝手に「租借」したり、「返還」されたりした、と香港人は理解している。だから、香港の識者たちは「香港民族」という概念を醸成し、都市国家としての独立を夢見ているのである。
 一度は殺害された香港は必ずや、独立という形で復活するに違いない。
  ・  ・  
 日本は声を上げよ
 香港のさらなる統制強化に向け、中国の立法機関にあたる全国人民代表大会全人代)常務委員会は6月30日、「香港国家安全維持法案」を可決した。これで、1997年7月の香港返還以来、「50年不変」とされてきたはずの「一国二制度」という約束が反故(ほご)にされ、香港の「自由・民主」「基本的人権」「法の支配」が崩れ去ることになった。今年6月28日には、香港・九竜地区で抗議デモが呼び掛けられ、100人以上が集まったが、香港警察は違法集会の疑いで53人を逮捕したという。昨年には100万人規模に膨れ上がっていたデモも、香港市民に少しずつ疲れが見え始め、無力感も広がっているようだ。
 ドナルド・トランプ米政権は6月、香港の「高度な自治」を侵害した疑いのある中国当局者らへの「査証(ビザ)発給の制限」という制裁措置を打ち出した。トランプ大統領ツイッターで、米中経済について「完全なデカップリング(分断)」という選択肢もあり得るとも警告している。
 ただ、国際世論が、中国に与えられる圧力は非常に限られているというのが現実だろう。香港国家安全維持法が施行されれば、香港で自由な思想は困難となり、ネットの閲覧も制限される。海外渡航の規制や、教育でのプロパガンダの押し付けが予想され、企業の国有化も可能性として考えられる。ウイグルチベットのように民族・宗教の弾圧を受け、当局の指示に従わなければ「思想の再教育」もあり得る。
 2020年7月1日、香港の繁華街、銅鑼湾(コーズウェイベイ)のデモ現場近くで拘束された民主党副主席の尹兆堅立法会議員(中央)(共同)
 こうした自由を侵害する法案の成立は、本来であれば中国にメリットなどないはずだ。デモ隊を力で抑えつければ、SNS上で拡散されて国際世論から批判に遭い、香港経済が不安定になるという痛手を被る。
 しかし、それでも力による制圧に頼るのは、中国が大切にしているのが「共産主義というイデオロギー」だからだろう。香港で民主主義の存続を認めれば、中国本土の市民が民主主義を訴え始め、国民を抑えることができなくなると思い込んでいるようだ。中国共産党の権力が揺らぎ、反共産主義が広がること恐れているのだ。そこに、国民の権利や幸せを守ろうという考えは毛頭ない。共産主義は、世界のどこを見渡しても人々が幸せになった例はない。もはや一部の権力を守るための「悪」だ。米国が声をあげても効果は限定的だろうが、民主主義の雄としては声を上げ続けなければならない。
 そんな「悪」がアジアで増長しているのに、なぜか日本は静観しているようにも見える。日本には、日中関係を重視する政治家や財界人が多くいるが、彼らにとって「人権」とは、外交や経済よりも優先順位が低いのだろう。国会で議論にならなかったこと自体疑問だ。日本が「アジアのリーダー」を自任するなら、もっと自覚を持って声を上げるべきだ。(ケント・ギルバート「ニッポンの新常識」zakzak 2020.07.08)
   ・   ・   ・