✠159」─1─健康帝国ナチス・ドイツの軍隊が強かったのは覚醒剤が原因であった。  ~No.459No.460   @     

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 2018年11月29日号 週刊文春「文春図書館
 ナチス・ドイツは違法薬物に支配されていた  立花隆
 『ヒトラーとドラッグ』(ノーマン・オーラー 須藤正美訳 白水社 3,800円+税)は、衝撃的な本だ。ナチスドイツがどんな国だったのか、たいていの人がこれまで読んだ本や見た映画を通じて、それなりのイメージをすでに持っているだろうが、そのどれともちがうイメージが形成されること必定。あの時期のドイツは、今日でいう違法薬物に支配された国だったのだ。より正しくいえば、今日の違法薬物は、あの時代に蔓延する有毒ドラッグ類に困りはてた政府が、次々にそれを禁止する法律を作っていったために、違法になったと云うのが時系列的に正しい。その薬物、具体的には、麻薬であるモルヒネとコカイン。さらには、眠気を追い払い、空腹を忘れさせ、多幸感をもたらす覚醒剤としてよく使われたのが、メタンフェタミン(ドイツではペルビチンという名の錠剤として、どの薬局でも処方箋なしで1939年まで自由に買えた。それは全国民が利用する国民ドラッグだともいわれた。しかし1939年以降是を常用すると毒性が出ることが知られ、医師の処方が必要となった)。
 ドイツは、19世紀のように他国に先がけて化学工業を発達させた。化学工業とそれをもとに発達させた製薬業の世界で、圧倒的な支配力を持つ国家となった。IGファルベン、バイエル、メルク、ベーリンガーなどの会社がそうした流れの中心にあり(これらの会社はいまでも世界の製薬業の中心になる)、ナチスにとつて、メタンフェタミンは、疲れ知らずの兵をいくらでも作りだせる夢のような薬だった(日本でも戦争中同じ目的の覚醒剤としてヒロポンが使われ、特攻隊の兵士たちは、必ず出撃前に服用させられた。戦争が終わるや、これが大量に市中に出まわり、ヒロポン中毒者が世にあふれるようになった)。
 第二次大戦の初期、ナチスドイツは、電撃戦の通称で知られる、驚くべき快進撃をつづけるが、その背景には、国防生理学研究所のオットー・ランケ教授の発見と、多数の兵士の実験参加による、メタンフェタミン剤の軍事利用戦略とがあった。進撃するドイツ兵たちの背嚢(はいのう)にはメタンフェタミン剤の錠剤が必ずあり、それを服用した兵士たちの不眠不休で戦いつづけるエネルギーがあった。
 そのあたり、第二部の『ジーク・ハイ──電撃戦メタンフェタミン戦なり』に詳しい。
 だが、薬物に依存した軍は、永遠に勝ち抜けられるわけではない。なんらかの理由で、薬物ないし、その他の軍の必需品=食糧・弾薬・ガソリンなどが切れると、たちまち軍は瓦解してしまう。
 ナチスドイツも、快進撃がつづいているうちはよかった。後半戦になると、快進撃の裏返しの消耗戦がつづき、やがてどうにもならなくなっていった。
 この本読み始めは、技術的にわかりにくい描写がつづくので、なかなか進まないが、途中から訳がわかってくると、一挙に話がすすむとともに、戦局の進展もわかってくる。後半は読むのがもどかしいくらいに、全部わかってきて、総統地下壕で、ヒトラーが毒物をあおって死ぬまでの悲劇が一気に読める。ヒトラーがあそこで自殺しなくても、ヒトラー以下のナチス指導部全体が薬物切れで、もはやほとんど壊滅状態にあったことがわかってくる、あんともいえず重い読後感が出てくる。」
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 毒は薬にもなる。
 毒にも薬にもならないモノは、百害あって一利なしである。
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 最先端の医学・衛生学・薬学は軍事技術と共に研究が進み発展し、その後に民間医療として国民の間に広まった。
 軍事技術のないところに、医学・衛生学・薬学はない。
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 ナチス・ドイツ、ドイツ軍の戦争や勝利が薬物で支えられていた。
 軍国日本、日本軍の戦争や勝利は精神論で支えられ、精神論が通用しない場面では薬物が使われた。
 西洋の戦争は科学技術力であったが、日本の戦争は精神力であった。
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