🐒14」ー1ー英米系地政学は伝統的中華帝国・中国共産党政権を読み誤っている。~No.40No.41No.42 

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 中国史上、中国共産党政権は自国民や他国民を合わせて一億人以上を虐殺してきた人権・人命・人道を無価値としてきたシン中華帝国である。
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 2023年3月24日 YAHOO!JAPANニュース 現代ビジネス「「地政学者」が、陸でも海でも覇権を狙う「中国」を指して呼んだ「意外な言葉」
 中国とは、地政学の観点から見て、どのような国家か。この問いは現代世界において決定的な重要性を持っている。ところが意外にも簡単には答えられない。
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 書店で並ぶ「地政学」ものの本は、ほとんど全て、中国はランド・パワー(大陸国家)だという。そしてかつて冷戦時代にソ連がランド・パワーの雄であったのに代わり、21世紀には中国がランド・パワーの雄になった、という物語を述べる。
 これはいわば「ランド・パワーの雄の覇権交代論」だと言えよう。冷戦時代には、米ソ対立があったが、それが21世紀には米中対立になった、なぜなら中国がソ連より強くなり、ユーラシア大陸で最も強くなったからだ、というわけである。
 この世界観にしたがうと、国際政治の構造は、冷戦時代と21世紀とで、あまり変わっていない。依然として、超大国二つの対立構造がある。ただランド・パワー側の最強国が交代しただけだ。
 果たしてこれは、地政学の理解として、本当に正しいか。
 英米地政学における中国の位置づけ
 拙著(『戦争の地政学』/講談社現代新書)で論じているように、地政学理論には「英米地政学」と「大陸系地政学」の二つの大きな流れがある。単なる学派の違いというよりも、根本的な世界観の違いに起因した二つの世界観だ。上記の「ランド・パワーの覇権交代論」は、世界をランド・パワーとシー・パワーに分ける二元的世界観にもとづいているが、これは「英米地政学」に特徴的なものだと言えるだろう。したがって「ランド・パワーの覇権交代論」は、「英米地政学」理論の見方を応用したものだと言える。
 ただし、英米地政学にそって見た場合でも、「ランド・パワーの覇権交代論」は、いささか単純すぎる。英米地政学の伝統の最大の経緯であるハルフォード・マッキンダーの議論を見てみよう。
 マッキンダーは、19世紀のイギリスとロシアの間の「グレート・ゲーム」の世界観に依拠して、日英同盟から日露戦争に至る時に、有名な「歴史の地理的回転軸」論文(1904年)を書いた。その際、ロシアの伝統的な南下政策・拡張政策の理由を、そのユーラシア大陸内奥部に位置する「ハートランド」としての性格に求めた。そしてロシアの膨張政策を封じ込め続ける大英帝国の政策を、シー・パワーとしての性格がもたらす行動であると分析した。その観点から事実上、極東の島国・日本と大英帝国が結んだ日英同盟の合理性を説明した。さらにはユーラシア大陸とアフリカ大陸が「世界島」を形成しているとの見方を披露したうえで、アメリカなどは巨大な島に過ぎないと喝破した。島である以上は、アメリカも、イギリスや日本と並んで、シー・パワーである。ともにロシアの拡張政策の封じ込めに協力するであろう。
 21世紀の今日でも、このマッキンダーの見取り図は、有効である。イギリス、日本、そしてアメリカの「シー・パワー」としての性格は変わっていないようである。イギリスと日本が、ユーラシア大陸を近接部で取り囲み、アメリカが外周部にいるとはいえ、「外側の半円弧」と呼ばれる島国の地帯にいることに変わりはない。
 それでは大陸側どうだろうか。ロシアが位置するユーラシア大陸の内奥部の「ハートランド」は、中央アジアからアフリカのサハラ砂漠南方のサヘルにかけた「世界島のハートランド」の巨大ない内陸地帯の帯に連なる。だが、ユーラシア大陸で、大海に面した地域は、全く異なる地理的条件を持つ。それはマッキンダーが「内側の半円弧」と呼んだ地域である。
 「ハートランド」は、大海へのアクセスを持たないから、「ハートランド」である。それに対して、沿岸部は、同じ大陸に属していても、同じ条件を持たない。したがって「ハートランド」ではない。そのためマッキンダーは、ユーラシア大陸の沿岸部を「内側の半円弧」と呼び、中間地帯としての位置づけを与えた。
 後に、アメリカの地政学者・ニコラス・スパイクマンは、「内側の半円弧」地帯を「リムランド」と呼び、そこに位置する諸国を「両生類」と呼んだ。「内側の半円弧」が持つ中間地帯としての性格を考えてのことだ。そのうえで、「リムランドを制する者が世界島を制する」と述べ、世界政治における「リムランド」の決定的重要性を説いた。ランド・パワーとシー・パワーの確執は、「リムランド」において最も激しく顕在化する。特に、朝鮮半島インドシナ半島アラビア半島、そしてヨーロッパ半島といった「橋頭保」部分である。
 英米地政学における中国の位置づけ
 中国は、この「リムランド」に位置する「両生類」の代表的な国家である。中国は、大陸に圧倒的な存在感を持って存在している一方で、遠大な大洋に通ずる沿岸部を持っている。中国は、歴史上、大陸中央部からの勢力による侵略と、海洋での海賊等も含めた勢力による浸食の双方に、悩まされてきた。「両性類」として生きる運命を持った国家だと言える。
 かつて近代化に後れを取って国家としての存在が危うかった20世紀の中国は、陸上兵力を中心とした軍事力を整備していた。ところが今日の中国は、海軍力の面において目覚ましい進展を遂げている。陸でも、海でも、覇権国としての地位を固めようとしている。
 その帰結の一つが、「一帯一路」政策だ。中国が追求する世界戦略は、現在のところ「一帯一路」の概念によって説明されることが多い。一帯一路とは、中国を起点として、アジア~中東~アフリカ東岸~ヨーロッパを、陸路の「一帯」とし、海路も「一路」で結び、経済協力関係を構築するという戦略である。経済政策、インフラ、投資・貿易、金融、人的交流の5分野で、交易の拡大や経済の活性化を図ることを目指している。「一帯一路」構想は、ユーラシア大陸を貫く(中国影響圏の)複数の帯を放射線上に伸ばすだけでなく、大陸沿岸部にも中国から伸びる海洋交通路を確立することを目指している。
 南下政策の伝統的なパターンを踏襲するロシアの影響力の拡張に対して、一帯一路は、ユーラシア大陸の外周部分を帯状に伝って、中国の影響力を高めていこうとする点で、異なるベクトルを持っている。ロシアのように、大洋を求めて南下しているのではない。中国は、資源の安定的な確保や市場へのアクセスを狙って、リムランドにそって影響力を広げていこうとしている。そこで一帯一路は、シー・パワー連合の封じ込め政策と、点上においてではなく、平行線を描きながら、対峙していくことになる。
 中央アジアコーカサス・東欧の相当部分を吸収していたソ連は、それ自体がロシアの拡張政策の一つの帰結であった。ソ連は、さらにワルシャワ条約機構を形成して、東欧に衛星国を作り出した。全て、伝統的な南下政策・拡張政策の方向にしたがった膨張であった。
 これに対して、中国の一帯一路は大きく異なる。「両性類」が超大国になったがゆえに遂行され始めた政策だと言ってよい。
 「ランド・パワーの覇権交代論」は、英米地政学の浅薄な応用である。マッキンダーやスパイクマンの理論からは、必ずしもそのような洞察は導き出されない。なぜなら英米地政学の見取り図にしたがえば、中国とロシアは、明らかに異なる性格を持っているからだ。この点を見逃すと、せっかくの英米地政学の洞察も、無駄になってしまいかねない。
 大陸系地政学から見た中国
 21世紀の中国を、大陸系地政学の観点から見てみると、どうなるだろうか。大陸系地政学理論は、「圏域」を重んじる。それぞれの広域地域に地域大国が存在し、周辺の中小国の領域を「勢力圏」とみなして、影響力を行使する。その結果、世界は幾つかの主要な「圏域」に分断される。
 大陸系地政学は、このような多元的な世界観を持つ。その代表的理論家であったカール・ハウスホーファーは、教え子のルドルフ・ヘスを通じてヒトラーに影響を与えて、「生存圏(レーベンスラウム)」思想をナチスの主要なドクトリンにさせた。さらにハウスホーファーは、日本の指導者らとも交流した。そして、中国大陸に進出してランド・パワーとしての性格を持ち始めてアメリカやイギリスと反目し始めた日本は、ドイツと同盟を結ぶべきだと説いた。ハウスホーファーの世界観では、ナチスドイツの「生存圏」」、大日本帝国の「大東亜共栄圏」、そしてソ連の「共産圏」とアメリカの「モンロー・ドクトリン」の「新世界」が確立されるのが世界の安定状態だ。日独同盟は、この世界観を破壊するソ連アメリカの拡張主義に対抗するものであった。
 今日の中国とロシアの関係を、覇権国と従属国の関係として描写しようとする場合がある。微妙だ。英米地政学理論に対抗して推進する大陸系地政学の世界観にしたがえば、それぞれが独自の「圏域」を持つ。両国が、お互いを屈服させて従属させようと企んでいると考えるのであれば、それは必ずしも実態とは合致していないだろう。
 日本にとってのG7と同じように中国やロシアにとって重要な非公式フォーラムに、「BRICS」がある。新興経済大国首脳が定期的に集まって政策を協議する仕組みだが、条約によって裏付けられた国際組織ではないとして、今や極めて重要な多国間協調の枠組みになっており、その重要性を看過することは許されない。BRICSは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字をとったものだが、それぞれが別個の地域からBRICSに参加していることには、注意を払っていい。欧米諸国を中心とした自由民主主義陣営の諸国を取り除いたうえで、南アメリカ、ユーラシア、南アジア、東アジア、アフリカのそれぞれの地域の有力国が集まったのが、BRICSだ。「圏域」思想を意識した多元主義にもとづく世界観が、そこにある。
 BRICSに集まる諸国の国力が、実際には均等ではないとして、それは世界観のレベルでは重要な問題ではない。BRICSを中国の覇権国としての存在を確かめる場といった形で歪曲して理解しようとするのは、正しくない。中国の超大国としての政策は、BRICSが表現する「圏域」思想にもとづいた多元主義に矛盾しないような形で進められている。
 中国は、「両生類」として、英米地政学理論からの圧力と、大陸系地政学における基盤との両方を、強く意識している。「両生類」であるがゆえに、どちらかの思想に完全に傾くということまではしない。ただしあえて言えば、国力の増大とともに、大陸系地政学にもとづいた影響力の拡大に、近年はより大きな関心を持っているように見える、とは言えるだろう。
 中華帝国としての超大国・中国
 中国には中華帝国の伝統が根強く存在しているとされる。中華思想の特徴は、世界で最も進んだ文明が中国の首都にあり、それが世界の中心として観念されることである。いわゆる朝貢制度とは、中国の外にあるがその威光を知る周辺諸国が、力の格差を確認するために朝貢品を持って中華帝国の首都に参上する制度である。
 地域研究の分野で「曼荼羅国家」と呼ばれる領域性が曖昧な性格を持つ国家群が、アジアでは伝統的に存在していた。「曼荼羅」はヒンドゥー教宇宙論に由来する概念で、中心点とそこから同心円状に広がる空間によって政治体の存在が確かめられる場合に「曼荼羅国家」という概念が用いられる。これは一般にはインドや東南アジアの複数の政治権力が併存している場合に用いられるのだが、政治体が、明確な境界線ではなく、中心的で定義される点では、中華帝国も同じような性格を持っていたと言える。
 中華帝国もまた、広大な領地を持っていることは確かだとして、ヨーロッパ近代国家のような明確な国境線を持って国家領土が定められていたわけではなかった。圧倒的な力を持つ政治権力があり、その威光が届く限り国家存在が確かめられる。大陸系地政学が生存圏/影響圏/広域圏と観念するものが、アジアでは歴史的な国家存在の本質である。その典型例が、中華思想に裏付けられる中華帝国の伝統である。
 この中華帝国の範囲は、明確な国境線によって制限されず、周辺国との力の格差によって裏付けられた威光の広がりによって確かめられるため、陸上のみならず、海上においても、広がっていく。東シナ海南シナ海に存在するとされるいわゆる「九段線」は、現代の国際法が認める中国の国境線とは異なるが、歴史的に中華帝国の威光が海上においても広がっていたとされる範囲を示す。現代国際法秩序の原則を重視し、英米地政学を標榜する「シー・パワー」連合が決して認めることができないが、大陸系地政学の理論にしたがえば、海洋に広がっている歴史的な中華帝国の生存圏/影響圏/広域圏のことである。
 中国は、今後も「両生類」の超大国として、ともにヨーロッパに起源を持つ「英米地政学」と「大陸系地政学」の双方に目配りをしながら。最終的には中華帝国としての伝統を重視した政策をとっていくだろう。
 中国と付き合っていくすべての者は、この中国が持つ性格と傾向を、よく把握しておかなければならない。
 篠田 英朗(東京外国語大学教授)
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