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2025年8月6日 MicrosoftStartニュース ニューズウィーク日本版「日本の安全神話も崩壊...権威主義国のシャープパワーがいま世界各国で影響力を増している
© ニューズウィーク日本版
<偽情報や世論操作を伴う「シャープパワー」とは何か。新しい概念ではないにもかかわらず、なぜ近年、改めて注目が集まっているのか(シリーズ第1回)>
国際政治における勢力争いは、必ずしも戦車やミサイルを伴うものに留まらない。近年、より見えにくい形で、じわじわと民主主義国家に影響を及ぼそうとする力が台頭している。「シャープパワー」と呼ばれる、権威主義国家が偽情報や世論操作といった形で、他国に影響を及ぼすことを目的に行使する力のことである。
この概念は2017年に米国のシンクタンクである全米民主主義基金(NED)が提唱したものであり、軍事介入や経済制裁による「ハードパワー」や、文化や価値観を通した「ソフトパワー」とは区別される。
権威主義国家によるシャープパワーは、民主主義国家の強みである言論の自由や社会の開放性を利用し、相手国の内政や世論を内側から蝕んでいく。自由で開かれた民主主義国家では、言論の自由が保障されているがゆえに、外部からの偽情報や世論操作を抑止する仕組みを整備することは容易ではない。
一方で、例えば民主主義国家が権威主義国家の人権問題や選挙のあり方について批判的な情報を発信したとしても、言論統制の行き渡った権威主義国家では、そうした声は即座に打ち消されてしまう。ここに、シャープパワーの持つ非対称戦としての側面がある。
なぜ今シャープパワーなのか
シャープパワーの存在自体は新しいものではない。しかし、近年になってその影響力に改めて注目が集まっている。その要因の一つとして指摘されるのは、技術環境の急速な変化である。
各国において生成AIの利用が広がるなか、ディープフェイクや偽情報の作成・拡散コストは著しく低下した。また、SNSでは過去の検索結果に基づくアルゴリズムによって、利用者の見たい情報が優先的に表示され、ユーザーは自分の興味のある情報だけに囲まれた「フィルターバブル」に閉じこもりがちになる。
結果として、人々が異なる視点や考え方に触れる機会は大幅に減少し、外部から操作された、特定の政治的価値観に基づくナラティブを容易に受け入れるようになってしまう。
二つ目の要因は、民主主義社会の脆弱性が露呈しつつあることである。ここ数年、ポピュリズム政権の台頭や既存政治に対する不信感の増大といった動きが各国で加速している。それに伴い、政府や報道機関、アカデミアといった、これまで一定の社会的信頼を担ってきた存在の影響力が一層低下している。
こうした状況下では、社会の分断が一層深まり、陰謀論や特定の国を敵視するナラティブがSNS上で共鳴・拡散されやすくなる。その結果として、外部の権威主義国家による影響力工作が容易になり、民主主義の根幹が揺らぎかねない状況が生まれている。
三つ目の要因は、権威主義国家が、戦場において敵を攪乱するために情報戦を補助的手段として仕掛けるのではなく、軍事や経済と並ぶ中核的手段として用いるようになったことである。
新型コロナウイルスの感染拡大当初、中国は国営メディアのSNSアカウントを通じて、自国の感染防止措置を称賛する投稿やウイルスの米軍起源説を世界中に拡散した。
ロシアもウクライナ侵攻以降、情報戦を本格化させた。紛争の原因をNATOの東方拡大に求める言説や、ウクライナ支援を巡る世論の分断を狙うプロパガンダは、今でもネット上で幅広く展開されている。
こうした中国側やロシア側の主張を支持する人々も少なからず存在する。
日本におけるシャープパワー
これまで、日本はシャープパワーの影響を受けにくいと考えられてきた。英語や中国語、ロシア語といった、各国で幅広く使用されている言語とは異なり、日本語という特殊な言語が他国による影響力工作からの防波堤になると考えられていたためである。
しかし、日本語で情報発信を行う外国系メディアの活動が活発化している現在においては、こうした「安全神話」はすでに過去のものとなりつつある。
特に中国系の発信主体が日本語で運営を行うメディアの中には、スポーツや文化に関する中国関連のニュースを好意的に紹介する一方で、韓国については歴史問題や領土問題をセンセーショナルに取り上げるものもある。これは、日本国内における対韓感情を刺激することで、日韓の分断を促し、民主主義国家間の連携を弱体化させることを狙ったものと考えられる。
注意が必要なのは、こうした記事の内容が必ずしも「偽情報」ではないという点である。記事の内容は事実に基づくものであるが、トピックの選定や記事のトーン、情報の切り取り方には明確な意図が込められている。
さらに問題なのは、こうした中国系メディアが発信する記事が、日本の大手ニュースポータルサイトにも転載されていることである。配信元を確認することなく、大手ポータルサイトに掲載された「信頼に値する情報」として記事に触れる中で、読者は知らず知らずのうちに「親中・嫌韓」のナラティブに取り込まれていく。
このように、情報を恣意的に操作することで、世論を特定の方向に導き、民主主義国家の連携を弱体化させることは、まさにシャープパワーの核心と言えるだろう。
シャープパワーに対抗するために必要なもの
自由で開かれた社会の持つ恩恵を、我々は日々当たり前のように享受している。しかし、民主主義国家の持つ開放性や言論の自由といった特性を利用し、権威主義国家は静かに我々の認知に影響を及ぼし、社会の安定に揺さぶりをかける。
そうしたシャープパワーに対抗するためには、単に情報の真偽を見極めるのみならず、誰がどのような目的をもって情報を発信しているのかを読み解く力や、自らと異なる意見に対する寛容さを持つことが不可欠となる。
今後、権威主義国家は世界各国の情報空間において、一層影響力を増していくことだろう。そうした国々が行使するシャープパワーの手法や特徴を見極めることは、民主主義国家に生きる我々にとって、避けては通れない課題である。
[主要参考文献]
市原麻衣子「敵対国を内側から攻撃する影響工作:中国が『語らないもの』の政治性」、nippon.com、2024年1月25日
市原麻衣子「中国共産党が狙った日韓・日台関係へのくさび――第三国の社会を標的にする影響工作」、新潮社Foresight、2024年4月1日
桒原響子「世界を覆うディスインフォメーションに翻弄される社会」、WedgeOnline、2021年11月30日
Juan Pablo Cardenal, Juan Pablo Cardenal, Juan Pablo Cardenal and Gabriela Pleschová, "Sharp Power-Rising Authoritarian Influence", National Endowment for Democracy, December 5th, 2017,
[筆者]
水村太紀(みずむら・ひろき)
国際協力銀行(JBIC)調査部第2ユニット調査役。日本台湾交流協会台北事務所渉外室専門調査員(担当:両岸関係、台湾内政)や在アメリカ合衆国日本国大使館政務班二等書記官(担当:米中・米台関係、東南アジア情勢)などを歴任し、現職。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学公共政策大学院、北京大学国際関係学院、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで修士号を取得。中国語、韓国語、英語、フランス語に堪能。
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