🐉22」─5・B─「チンギス・ハーンの子孫の国」へも越境法執行を始めた中国警察。~No.88 

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 2023年5月18日 YAHOO!JAPANニュース ニューズウィーク日本版「「チンギス・ハーンの子孫の国」へも越境法執行を始めた中国警察
 <内モンゴル出身のモンゴル人作家が5月初め、訪問先のウランバートルから忽然と姿を消した。越境してきた中国警察によって拉致されたのだ。この拘束劇には在モンゴルの中国海外警察も協力した。もはや中国に批判的な外国国民にとっても他人事ではない>
チャーチルルーズベルトスターリンが参加したヤルタ会談でモンゴル分割が密約された U.S. National Archives-via REUTERS
 私の手元に『紅色の革命』というモンゴル語の本がある。2012年に中国の内モンゴル自治区で出版されたもので、文化大革命を題材としている。著者の作家ボルジギン・ラムジャブ氏は2016年12月に私に1冊を贈り、拙著『墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2009年、岩波書店)への返礼だ、と話していた。【楊海英(静岡大学教授)】
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 そのボルジギン氏は5月3日に滞在先のモンゴル国首都ウランバートルで中国から越境してきた警察4人に拘束され、そのまま陸路で南へ拉致されていった。ラムジャブ氏の拘束には事前にモンゴルに展開していた中国の海外警察署も協力した、と見られている。国境を越えての法執行であるので、当然、モンゴル国の法律に違反しているが、ウランバートル当局は今のところ、公式の反応を示していない。
 文化大革命は中国のタブーであり、少数民族地域での実態は更に触れることさえも禁止されている。内モンゴルの場合だと、公式見解では34万人が逮捕され、2万7900人が殺害され、12万人に身体障碍が残ったという。当時の内モンゴルのモンゴル人人口は150万弱で、中国人(漢民族)はその10倍近かった。モンゴル人が一方的に殺戮の対象とされ、あらゆる自治の権利が剥奪された運動だった。民族のエリート層が根こそぎ粛清された結果、「モンゴル人は中国の奴隷に転落した」、とラムジャブ氏も私も著書で書いた。もっとも、これは私たち2人の個人的な見解ではなく、大勢の人々にインタビューし、民族全体の声を発したに過ぎない。民族全体の本音を書いたから、中国当局の怒りを買ったのであろう。
 中国は2019年にラムジャブ氏に有罪判決を言い渡し、その刑期が終わっても、自宅で「居住監視」の対象としていた。コロナ禍が一段落したこともあり、ラムジャブ氏は自宅のある内モンゴルを離れて同胞の国に渡っていたが、そこへ中国の警察が追ってきたのである。
 内モンゴルのモンゴル人はよく、モンゴル国へ亡命する。そもそもモンゴルは万里の長城の外側全域を指す概念で、近代に入ってから南半分は中国と日本の勢力圏に、北の半分はロシア(後のソ連)の影響下にあった。1945年8月、当時のモンゴル人民共和国ソ連軍と共に南下し、同胞を解放して統一国家の創設を目指した。しかし、ヤルタ協定という密約により、南半分は中国に渡された(ちなみに北方四島もこのヤルタ協定の密約でソ連に引き渡された)。モンゴル人は日本統治時代を懐かしみながら、中国共産党の支配を甘受しなければならなかった。「親日的」だと見られたモンゴル人は文化大革命中に粛清され、生き残った人たちは北京のやり方に不満を抱くと、北へ逃亡するようになった。
 <「拳銃の不法所持」を捏造されたケース>
 中国はモンゴル人の退路を断とうとして、モンゴル国に浸透していった。既に20世紀初頭からモンゴル国の警察の装備と経費を中国は「無償援助」の形で負担し、コントロールしていた。私の知り合いのモンゴル人医師もウランバートル市内でチベット医学の個人診療所を開き、現地の女性と結婚し、子どもをもうけて静かに暮らしていた。それが、中国の警察に拉致された。伝統的なチベット医学が復活し、内外モンゴルチベットが連携し合うのを防ぐためだった、とモンゴル国の識者たちは語っていた。
 別の事例もある。
 2009年の夏。ある内モンゴル出身の青年がウランバートル市内の国営デパートに入ろうとしたところ、「短銃を隠し持っている容疑」で職務質問された。悪質な冗談だろう、と返すと、旅館に戻ってみろと言われた。そのまま警察と旅館に戻ると、なんと自分のベッドの上に拳銃が置いてあるのではないか。結局、彼はその「罪」で内モンゴルへ連行された。今回のラムジャブ氏と同じ、中国からの警察によって目隠しされてから陸続きの道を南へ走り、そのまま中国領に入った。数年間の刑を終えた彼は今、日本で暮らしている。
 拉致された作家ラムジャブ氏の苗字ボルジギンは、モンゴル民族の偉大な開祖チンギス・ハーン家のもので、彼がこの「神聖な黄金家族」の後裔であることを示している。今日のモンゴル国チンギス・ハーンの直系子孫も守れないくらい、中国の属国と化しつつある。
 中国に批判的な知識人や言論出版人はどこにいようと、中国の暴力にびくびくしながら生きるしかない。以前は国外に逃れれば安全だったが、今や海外に設置された中国警察の監視下にある。所詮は中国人同士のことだろう、と世界は冷淡に思っているかもしれないが、やがては外国国民でも中国を批判したと見られたら、ある日忽然と姿を消すかもしれない。
 広島で開催されるG7サミットでも、中国の暴挙への対策が話題になるだろう。
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