「目次」貼り付ける記事。海外編:西洋諸王国。マルクス主義、共産主義。反ユダヤ主義。2022年版。* 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 当ブログは、歴史の定説を恣意的に書き替える為に作成している歴史修正主義民族主義のブログである。

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 アメリカが唯一の大国と言われる理由は、他国に頼る事なく輸入せず自国内だけで食糧、物資、エネルギーを自給できるからであり、もし足りないものがあれば北米、中米大陸、カリブ海で他国の妨害を得ずに手に入れる事ができるからである。
 アメリカは、地理的条件、地政学から唯一侵略されない絶対安全国家である。
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 アメリカは、軍事力・警察力そして経済力・通貨力で、国際法で世界の秩序と治安を守り、自由と民主主義で安定・安全・安心を保障するが、独り善がりの傲慢さから意に従わない他国に対して内政干渉を行い強引に政変を起こして変革を強要している。
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 国際通貨は米ドル貨・英ポンド貨・仏フラン貨などで、日本円貨は通用しなかった。
 日本の貿易で重要であったのが、アメリカとイギリスに貯めた在外日本資産であった。
 アメリカ・ウォール街、イギリス・シティー、オランダ・アムステルダムの金融を支配していたのは、ユダヤ系国際金融資本であった。
 そして、世界の食糧・物資・石油などを支配していたのは、アメリカとイギリスの国際資本であった。
 世界戦略からいえば、食糧・物資・石油は最有力な武器であった。
 輸入国家日本の命綱は、輸出産業で稼いだ外貨を貯めた在外日本資産であった。
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 日本が大国になれない理由は、生きる為に必要な食糧・経済に必要な物資・資源生産と生活に必要なエネルギーを自給できず海外で米ドル建てで購入し、金融・経済、情報・サービス、インターネット、運輸、輸送、その他の各種サービスをアメリカに頼り、海上・上空・陸上の安全をアメリカ軍に依存しているからである。
 その厳然たる事実を忘れたのが、ジャパン・アズ・ナンバーワンと煽てられ有頂天になったバブル経済における世界第2位の経済大国日本であった。
 日本は、何一つとして自国だけで自力で賄えない。
 つまり、日本は如何にアメリカに抗(あらが)おうとも日米安保体制という軛(くびき)から逃げ出せない。
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 米ドルは、断トツの信用を持った世界市場における基軸通貨である。
 アメリカは、軍事力と経済力そして通貨力で、世界の食糧・物資・エネルギーを支配し、金融・経済、情報・サービス、インターネット、運輸、輸送、その他の各種サービスを動かし、海上・上空・陸上の安全をアメリカ軍が保障している。
 アメリカの本当の力は、世界の安全と安定を守る警察・守護者以前にある。

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 民族を分けるのは、集団としての言語・文化・伝統・習慣・風習ではなく、共同体を一つにまとめる宗教であった。
 日本民族をまとめる宗教とは、天皇心神話である。
 天皇への畏敬・敬愛・崇敬そして忠誠が、「ある」者は日本民族帰化系日本人で、「ない」者は日本民族ではなく日本人・渡来系日本人である。
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 日本民族の、自然崇拝・精霊宗教は数万年前の石器時代縄文時代まで遡り、最高神・女性神の神の裔・天皇神話は数千年前の弥生時代古墳時代に原型があった。
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 エジプト文明の宗教・神話は、5000年前。
 メソポタミア文明の宗教・神話は、紀元前3000年頃。
 ゾロアスター教拝火教)は、紀元前6世紀頃から始まった。
 インド仏教教祖の釈迦の生没年は、紀元前463~383年、同560~480年など諸説ある。
 ユダヤ教は、紀元前4世頃に発展したと言われている。
 キリスト教は、イエス・キリストが紀元前4年頃から始めた。
 イスラム教教祖のマホメットは、570~632年まで生きていた。
 中華儒教孔子は、紀元前551~同479年に生きていた。
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 1847(弘化4)年 マルクスエンゲルスは、プロレタリア革命を広める為に共産主義者同盟の綱領を起草して、共産党宣言を行った。
 マルクス主義社会主義共産主義は歴史の浅い、反宗教無神論の新しいイデオロギーである。
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 極左組織フランクフルト学派の哲学者達(主にユダヤ系)は、1930年代後半にアメリカに亡命して、アメリカ政府を反ヒトラーナチスと反天皇反日本へと誘導し戦争へ暴走させた。

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 当時の世界の常識は、反ユダヤ主義であった。
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 アメリカやヨーロッパ諸国は、ナチス・ドイツユダヤ人に行っている非人道的ホロコーストを情報として知っていた。
 アメリカ・イギリス・ソ連など連合国は、戦争の勝利を優先してユダヤ人の救出を後回しにした。
 戦争に勝利すれば全ての問題が解決する、である。。
 中立の立場であったバチカンキリスト教会、国際赤十字など国際機関は幾ら何でもヒトラーはそこまでやらないだろうと自分に言い聞かせて目を逸らした。
 一部のキリスト教会は、改宗したキリスト教ユダヤ人を保護して助けたが、異教のユダヤ教徒ユダヤ人は見捨てた。
 世界の無関心によって、600万人近いユダヤ人が虐殺された。
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 現代の欧米諸国は、ユダヤ人達をホロコーストから救えなかった事を反省し、同じ悲劇を繰り返してはならないとして、中国共産党が行っている目の前のジェノサイドを非難し批判しそして制裁を科している。
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 ユダヤ人難民を助けた人々で、無償で発見されて家族諸共処刑される事を覚悟した勇気ある人は極わずかで、多くは報酬を受けて助けいざとなったら見捨てるか逃げ切れないと分かったら密告した。
 世界では、自分の命も他人の命も金で自由に買えた。
 それは、奴隷制度が宗教的にも法律的にも常識として存在していた証拠である。
 黒鉄ヒロシ「『命のビザ』で有名な元外交官の杉原千畝さんにしても、彼は無償でユダヤ人を助けています。当たり前ですが・・・。ところが、映画『シンドラーのリスト』で知られるシンドラーの場合は、あとでユダヤ人の家を回って金を集めているんですね。やっぱり日本人の美しさとは、勝っておごらず善行をうたわず。でも、ある程度は発信しないと駄目です。
 ……
 そういうこと言うと、すぐ修正主義とか言われますが、事実を正確に主張することは大事です。中国なんか、とんでもないことを平気で公式な歴史にするでしょう。歴史の改竄する国と改竄しない国で対応を分けて考えないといけない。日本人は品がいいから、何度も煮え湯を飲まされる」
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 戦前の軍国日本によるユダヤ人難民救護・保護は、報酬を取らない貰わない、完全なボランティアによる無償であった。
 数万人のポーランドユダヤ人難民達は、陸軍・警察・民間企業・一般市民らに助けられて日本に上陸し、日の丸・日章旗を見上げて逃げきった喜びを噛みしめ、明日への希望を持ち、未来を夢見て、日本から安全な世界へと旅立っていった。
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 戦前の軍国日本は、親ユダヤ派として反ユダヤ主義はなく、反ユダヤ派がいたとしても反主流の少数派であった。
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 日本に逃げ込んだユダヤ人難民は、ヒトラーナチス・ドイツから逃げてきたドイツ・ユダヤ人ではなく、スターリンソ連共産主義から逃げてきたポーランドユダヤ人であった。
 当時、ナチス・ドイツによる組織的なユダヤ人根絶のホロコーストは始まってはいなかった。
 ホロコーストが動き始めたのは、1942年頃からであった。
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 A級戦犯松岡洋右と外務省内の親ユダヤ派は、保護したポーランドユダヤ人難民を安全地帯に逃がす為に受け入れてくれる国や地域を探し、受け入れてくれるところが見つかれば送り出していた。
 送り出した、国はアメリカや中南米諸国であり、地域としてはイギリス保護領パレスチナであった。
 アメリカやイギリスは、日本ルートで逃げてくるポーランドユダヤ人難民を遮断する為に日本に外交圧力を加えていた。
 松岡洋右は、アメリカやイギリスが嫌っているのを承知で、アメリカ国内の反政府的アフリカ系アメリカ人組織との接触を試みていた。
 FBIは、松岡・寺崎英成コネクションを警戒していた。
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 ナチス・ドイツは、同盟国日本がユダヤ人難民を保護し庇っている事に強い不満を抱いていたが、アメリカの対ソ支援ルートである北太平洋ウラジオストクルート、インド洋の東アフリカ沿岸ルート及びオーストラリアルートの3ルートを遮断する事を強く申し込み、上海ゲットーのユダヤ人問題は黙認していた。
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 日本・中国の現地ゲシュタポと反ユダヤ派・親ドイツ派の日本人達は、上海ホロコーストを計画した。
 計画を知った松岡洋右満州派と松井石根上海派は、上海ホロコーストを潰してユダヤ人難民達を救った。
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 ナチス・ドイツの同盟国である軍国日本は、アメリカとの戦争で特攻や玉砕など激烈な戦闘する中で、ヨーロッパ・ユダヤ人まで気を回すゆとりはなかった。
 日本陸軍の親ユダヤ派は、上海ゲットーに保護している数万人のユダヤ人難民を反ユダヤ派・差別主義者らのホロコースト計画から守るので手一杯であった。
 戦後、ユダヤ人難民を守った日本陸軍将校の多くが人道に対する罪・平和に対する罪で有罪となり、責任の地位にあった幾人かは処刑された。
 それが、東條英機松井石根板垣征四郎A級戦犯達である。
 その中心人物が、松岡洋右元外相であった。
 ユダヤ人保護を望んだのが、反ドイツ・ソ連派で親イギリス・アメリカ派の昭和天皇であった。
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 戦時中、ニューヨーク・ユダヤ人共同配給委員会(JDC、ジョイント)は、犬塚惟重海軍大佐の奔走で可能になったスイス赤十字社経由での救済金を上海ゲットーのユダヤ人難民達に送った。
 アメリカ政府は、在上海ユダヤ難民救済基金の送金を差し止め、抜け穴であったスイス赤十字社経由で救済金をも阻止した。
 東条内閣は、開戦と共に凍結した英米系預貯金の中からユダヤ難民救済の寄付分だけを解除して、保護しているユダヤ人難民を窮地から救った。
 現地の日本陸軍部隊はユダヤ人難民を保護していたが、反ユダヤ派や親ドイツ派の日本人や朝鮮人達は偏見と差別で見えないところで陰湿な虐待を続けていた。
 世界ユダヤ人会議報告「自分たちは日本の占領下で迫害を受けることもなく、日本側はユダヤ人、特にヨーロッパからの難民には友好的でした」
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 現代日本は、隣国である中国共産党ウイグル人チベット人、モンゴル人、少数民族へのジェノサイドや香港民主派、法輪功信者への弾圧から目を逸らし、批判も非難もせず、虐待と虐殺される彼らを助けようともしない。
 犠牲になる人々の人命・人権・人道よりも、自分の利益になる利権や商売による金儲けを優先している。
 現代日本人権派は、嘘であり、偽物である。
 昔の日本人には陰徳があったが、現代の日本人には陰徳がないどころか陽徳さえない。
 つまり、現代の日本人は、戦争犯罪のような悪い事はしないが、人道貢献や平和貢献などいい事もしない、つまらないは味も素っ気もない人間である。
 国際連盟設立委員会で人種差別に反対したのは昔の日本人であって、現代の日本人ではない。
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 台湾有事が起きれば、戦争反対の護憲派日本人は、東日本大震災など甚大な災害が発生する度に支援してくれた親日派知日派の台湾を助けず見殺しにする可能性がある。

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 国家と民族の成立は、日本とヨーロッパと中国・朝鮮とでは三者三様で全然違う。
 現代の日本人には、その歴史的事実が理解できない。
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 世界の開かれた王家とは、人種・民族、出自・出身、身分・家柄、血筋・血統に関係なく、個人の才能・能力・実力で即位できる事である。
 王位の正統性は、宗教による王権神授説・帝位神授説である。
 王位の正当性は、憲法・法律による社会契約説である。
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 世界の王国・帝国は、自国民でなくても他国民でも国王に即位させ、他国の女性でも自国の女王・女帝に即位させた。
 そこには、外国人に対する偏見や差別は存在しなかった。
 その意味において、日本の皇室は閉ざされた王家として世界の非常識で、人種差別・民族差別・宗教差別そして女性差別を含んでいる。
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 西洋諸王国の即位する正当必須条件とは、人種は白人、民族はゲルマン系、宗教は西欧キリスト教、職業が王族か軍人、人物・才能・能力優先で血筋・家柄・身分・階級は二の次、女性でも即位可能である。
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 イギリスの歴代国王の出身部族は、先住民ケルト人を征服したアングロ・サクソン系、ノルマン系、フランス系、スペイン系、ドイツ系であった。
 ヴィクトリア女王の共同統治者である夫アルバート公子は、ドイツ人でザクセンコーブルク=ザールフェルト公エルンスト(後のザクセンコーブルク=ゴータ公エルンスト1世)の次男。
 イギリス人のヴィクトリア女王は、インド皇帝を兼ねてインドを統治した。
 女王エリザベス2世の夫フィリップ (エディンバラ公)は、ギリシャ人(古代ギリシャ人との血の繋がりはない)でギリシャ王家の王子。
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 イングランドエドワード3世は、フランス王家カペー家の直系男児が断絶したのを好機としてフランスに領土を拡大するべく、自らの母(シャルル4世の妹イザベル)の血統(女系相続)を主張して、フィリップ6世のフランス王位継承に異を唱えた。
 フランの貴族や領主は、フランス国王派とイギリス派に分かれて内戦を始めた。
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 百年戦争(英語: Hundred Years' War、フランス語: Guerre de Cent Ans)は、フランス王国の王位継承およびイングランド王家がフランスに有する広大な領土をめぐり、フランス王国を治めるヴァロワ朝と、イングランド王国を治めるプランタジネット朝およびランカスター朝というフランス人王朝同士の争いに、フランスの領主たちが二派に分かれて戦った内戦である。国家という概念は薄い時代であり、封建諸侯の領地争いが重なったものであったが、戦争を経て次第に国家・国民としてのアイデンティティーが形成されるに至った。現在のフランスとイギリスの国境線が決定した戦争でもある。百年戦争は19世紀初期にフランスで用いられるようになった呼称で、イギリスでも19世紀後半に慣用されるようになった。
 伝統的に1337年11月1日のエドワード3世によるフランスへの挑戦状送付から1453年10月19日のボルドー陥落までの116年間の対立状態を指すが、歴史家によっては、実際にギュイエンヌ、カンブレーにおいて戦闘が開始された1339年を開始年とする説もある。いずれにしても戦争状態は間欠的なもので、休戦が宣言された時期もあり、終始戦闘を行っていたというわけではない。だが戦争状態が続いていた。
 両国とも自国で戦費を賄うことができなかった。フランスはジェノヴァ共和国に、イングランドヴェネツィア共和国に、それぞれ外債を引き受けさせた。
 背景
 詳細は「百年戦争の背景」を参照
 百年戦争の原因は、14世紀ヨーロッパの人口、経済、そして政治の危機にある。遠因はイングランド王国プランタジネット家)とフランス王国(ヴァロワ家)とのギュイエンヌ、フランドル、スコットランドにおける対立によってもたらされた。戦争の正式な理由はカペー家の直系男児の断絶である。
 フランス王位継承問題
 百年戦争前のフランス王家の家系図
 987年のユーグ・カペー即位以来フランス国王として君臨し続けたカペー朝は、1328年、シャルル4世の死によって男子の継承者を失い、王位はシャルル4世の従兄弟にあたるヴァロワ伯フィリップに継承された。フィリップは1328年、フィリップ6世としてランスでの戴冠式を迎えたが、戴冠式に先立って、イングランドエドワード3世は自らの母(シャルル4世の妹イザベル)の血統を主張して、フィリップ6世のフランス王位継承に異を唱えた。エドワード3世は自らの王位継承権を認めさせるための特使を派遣したが、フランス諸侯を説得することができず、1329年にはフィリップ6世に対し、ギュイエンヌ公として臣下の礼を捧げて王位を認めた。
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 ロシア皇帝エカテリーナ2世は、ドイツ人でプロイセン軍少将の娘。
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 メキシコ皇帝マクシミリアンは、ドイツ人でオーストリアハンガリー皇帝フランツ=ヨゼフ1世の弟。
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 オーストリア皇帝は、スペイン国王を兼ねた。
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 スペイン国王は、ポルトガル国王を兼ねた。
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 フランス・平民階級出身のジャン=バティスト・ベルナドット将軍は、スウェーデンノルウェー連合王国国王に即位してカール14世ヨハンと名乗った。
 スウェーデンの政治家や国民は、フランス人国王を認め受け入れた。
 フランス・マルセイユの絹商人フランソワ・クラリーの末娘デジレ・クラリーは、ベルナドット将軍と結婚して王妃となる。
 カール14世ヨハンとクラリー王妃の王太子がオスカル1世として即位し、フランス系ベルナドッテ王朝第2代のスウェーデン国王およびノルウェー国王となった。
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 ギリシャは、15世紀以後イスラム教国オスマン帝国に支配されていたが、1829年に独立戦争に勝利し、1832年にキリスト教ギリシャ王国を建国して独立した。
 ギリシャ国会は、国王に南ドイツ・バイエルン王国を支配するヴィッテルスバッハ家出身のオソン1世を迎えた。
 ギリシャ軍は、1862年にクーデターを起こしてドイツ人オソン1世を退位させた。
 ギリシャ国会は、次の国王にデンマーク王(グリュックスブルク家)クリスチャン9世の息子ヴィルヘルムが迎えた。
 1863年 ヴィルヘルムは、ギリシャ正教に改宗してゲオルギオス1世として即位し、王妃にロシア大公女オリガ・コンスタンチノヴナを迎えた。
 男ドイツ系女ロシア系のグリュックスブルク朝ギリシャ王国は、1974年までギリシャを統治した。
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 グリュックスブルク家は、オルデンブルク家の流れを汲む由緒ある名家で、現在のデンマーク王国ノルウェー王国の王家で、一族からはギリシャ国王も出している。
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 オルデンブルク朝は、1448年から1863年まで続いた、デンマークを中心とした北欧の王朝で、祖先はドイツ・ニーダーザクセン州オルデンブルクの出身であった。
 オルデンブルク伯エギルマール1世(1108年没)はザクセン公家の家臣であったが、1180年に独立した。
 オルデンブルク家は、13世紀に同家はオルデンブルク伯系とデルメンホルスト伯系に分かれたが、15世紀前半のオルデンブルク伯ディートリヒがデルメンホルスト伯の女相続人アデルハイトと結婚し、デルメンホルスト伯領は本家に復帰した。

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 ケルト人は、以前は中央アジアの草原から馬と車輪付きの乗り物(戦車、馬車)を持ってヨーロッパに渡来したインド・ヨーロッパ語族ケルト語派の言語を用いていた民族であると考えられていた。ケルトとは古代ローマで「未知の人」を意味し、もともとは民族を示す言葉ではない。
 大陸のケルト
 ケルト人はおそらく青銅器時代に中部ヨーロッパに広がり、その後期から鉄器時代初期にかけて、ハルシュタット文化(紀元前1200年 - 紀元前500年)を発展させたと考えられてきた。当時欧州の文明の中心地であったギリシャエトルリアからの圧倒的な影響の下、ハルシュタット文化はラ・テーヌ文化(紀元前500年 - 紀元前200年)に発展する。ちなみに、イギリスの世界遺産であるストーンヘンジはより古い新石器時代青銅器時代(紀元前3千年~2千年) の建造と以前は考えられていた。
 島のケルト
 ケルト人がいつブリテン諸島に渡来したかははっきりせず、以前は鉄製武器をもつケルト戦士集団によって征服されたとされていたが、遺伝子などの研究から新石器時代の先住民(ケルト以前の巨石文化の担い手)が大陸の文化的影響によって変質したとする説もある。いずれにしてもローマ帝国に征服される以前のブリテン島には戦車に乗り、鉄製武器をもつ部族社会が展開していたがこれらはケルト人とはいえない。
 現代のケルト系諸言語
 ケルト語派の言語が話される国はアイルランドスコットランドマン島ウェールズ、及びブルターニュである(これにコーンウォールを加えることもある)。しかし、その5ヶ国の人々の中で、まだケルト系言語を使って日常的生活を送る人の数は30%程度を超えない。
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 ゲルマン民族は、東方の文明・文化を持たない野蛮な蛮族であった。
 現代の西洋白人は、ゲルマン人の子孫である。
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 インド・ヨーロッパ語族は、東はインドから西はヨーロッパまでの起源を共有する言語で、イタリック語派(現代のロマンス諸語)、ゲルマン語派、スラブ語派 、インド語派(インド–イラン語派)など幾つかの語派が存在する。
 イタリック語派の一つであるラテン語には、古代ローマ帝国時代に民衆が話していた俗ラテン語(ラテン口語)があり、後にローマ・カトリック教会が正式に使用していた公用語である古典ラテン語がある。
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 古代ローマ時代、アルプス山脈の北、ピレネー山脈ライン川の間のガリアにはケルト人が居住していた。
 紀元前58年頃 カエサル(英語名シーザー)はガリアを侵略し、ケルト人のガリアとブリタニアゲルマン人ゲルマニアを征服してローマの版図を広げた。
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 古代ローマ帝国は、広がった帝国属領に総督・軍団長を派遣して支配しが、皇帝の権威が弱まると地方の総督・軍団長が帝位を求めて反乱を繰り返した為に帝国は弱体化し、有力な総督・軍団長が皇帝に即位し帝国はさらに衰退した。
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 4世紀頃から6世紀頃まで、ヨーロッパではゲルマン人による民族の大移動が起きていた。
 476年 西ローマ帝国は、ゲルマン人傭兵隊長オドアケルの反乱で滅亡した。
 その後の異民族の侵略で、ローマは大火に包まれ大虐殺で死者の都となった。
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 ザクセン人(サクソン人)は、ゲルマン民族のうち西ゲルマンに属する一部族で、ゲルマン民族大移動でエルベ川北岸のホルシュタイン一帯に移住して定着し集落を営んだ。
 2世紀から4世紀にかけて徐々に生存圏を拡大していった。5世紀には一部のザクセン人がユトランド半島のアングル人・ジュート人と共にイギリスに上陸し、いわゆるアングロ・サクソン人の元となった。
 ザクセン人は、ザクセン公家として、中世から近世にかけて北部ドイツ地方一帯を支配してザクセン公国を樹立した。
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 フランク人は、ゲルマン民族の一部族で、民族大移動でフランス北部とベルギーに移住し、5世紀末に原住民のケルトガリア人(ゴール人)を攻めて征服してメロヴィング朝フランク王国を建てた。
 ヨーロッパの階級ピラミッドの原型は、征服した部族によって積み重ねられて築かれた。
 732年 メロヴィング朝の宮宰カール゠マルテルは、イベリア半島から侵略してきたイスラム軍をフランク領トゥール゠ポアチエで撃破して宗教侵略からキリスト教とヨーロッパを守り、メロヴィング朝における統治権を握った。
 751年 カール゠マルテルの子ピピン(小ピピン、短軀王。)は、フラン国王の王位を簒奪し、メロビング朝を廃してカロリング朝を開いた。
 768年 ピピンの長子シャルルマーニュ(大ピピンカール大帝、チャールズ大帝。)は、ザクセン公国と北イタリ・ランゴバルド王国(東ゲルマン族の一部族ランゴバルド人)を滅ぼして中部ヨーロッパとイタリアに領土を拡大してゲルマン諸部族をまとめ、イスラム勢力をピレネー山脈以西に追いやり、800年にローマ教皇から西ローマ皇帝の冠を授かり西洋キリスト教文明世界の守護者に任じられた。
 フランク王国が、現代ヨーロッパの原形であり、西洋キリスト教文明を成立させた。
 フランク王国は、後に西フランク(フランス)、東フランク(ドイツ)、中部フランク皇帝領(イタリア・オランダ・ベルギー)に3分割され、後に数多くの王国や公国が建国され領土を巡る戦争を繰り返して起きたが、再統一される事はなかった。
 ヨーロッパ人とは東方の侵略者・征服者ゲルマン民族の事で、古代ギリシャ古代ローマ古代ローマ共和国、古代ローマ帝国との直接的な繋がりは薄い。
 ヨーロッパ人に正統な統治者としての権威を与えたのは、西欧キリスト教文明のローマ・カトリック教会であった。
 当時、現代のようなフランス人、ドイツ人、イタリア人、オランダ人、その他の人々は存在しなかった。
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 ヨーロッパを政治的に統合されたのがEU(欧州連合)であるが、イギリスは離脱した。
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 962年 ドイツ王オットー1世は、ローマ教皇ヨハネ12世から皇冠を戴いて神聖ローマ帝国を建国し、西洋キリスト教文明圏の保護者となった。
 現代に繋がる欧州大陸部であるドイツ、フランス、イタリア、その他の諸国は、この混乱状況の中から建国され、各民族や諸国民が生まれた。
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 ヒトラーが自称した第3帝国ナチス・ドイツとは、アーリア人ゲルマン民族ドイツ人の事である。
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 ローマ教皇に即位する絶対条件は、西洋系欧州系白人男性である事であった。
 コンクラーベ教皇選挙会議)を構成する枢機卿になる資格は、敬虔な経験と教会活動の実績があれば人種や民族は問わないが、性差別として女性には資格が認められていなかった。
 
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 Gigazine
 2018年03月19日 06時00分サイエンス
 古代人のDNAを分析することで「人類が長い歴史の中でどのように変遷していったか」が明らかになりつつある
 by University of Michigan School for Environment and Sustainability's photostream
 本や文章などの記録がない時代の人類については、かつて考古学で研究されていましたが、「人種や民族がどのように移り変わっていったのか」は、ジェノグラフィック・プロジェクトの例に見られるように、今や考古学よりも遺伝学によって多くの事が分かりつつあります。
 Ancient DNA is Rewriting Human (and Neanderthal) History - The Atlantic
 https://www.theatlantic.com/science/archive/2018/03/ancient-dna-history/554798/?single_page=true
 遺伝学者のデヴィッド・ライヒさんが、クロアチアの洞窟で発見された4万年前のネアンデルタール人の骨から抽出したDNAサンプルを分析した結果、ネアンデルタール人が当時ヨーロッパに住んでいた現世人類と交配していたということが明らかになりました。また、現代のヨーロッパ人よりも東アジア人のほうがネアンデルタール人のDNAをより多く受け継いでいることが判明し、「ネアンデルタール人が滅んだ後、ネアンデルタール人と交配していた人類はユーラシア大陸を東に移動していった可能性が高い」とライヒさんは主張しています。
 by nmmacedo
 ライヒさんの研究によれば、ヨーロッパに住む人類は今から4万1000年前~3万9000年前に、ネアンデルタール人から現世人類へ置き換わっていったそうです。ヨーロッパで見つかった最古の現世人類は、現代のヨーロッパ人と遺伝的には全く関連していないとのことで、今では絶滅してしまった人種とみられています。
 現在のヨーロッパの狩猟採集民につながる人種は3万7000年前~3万5000年前から見られるとのことですが、その後に氷河期が訪れたため、北ヨーロッパに住んでいた人類の多くが南へ大移動を行ったとみられていて、氷河期が終わると、トルコ・ギリシャ・スペインなどから人類が北ヨーロッパへ再び移住したと考えられています。
 例えば、1903年にイギリスで発見されたチェダーマンは約1万年前の骨で、ヨーロッパの南東から北へ移り住んだ人種のものといわれています。実際にチェダーマンのDNAを分析した結果、現代の北ヨーロッパ人の特徴である白い肌と金髪は有していませんでしたが、青い目を持っていたことが判明しています。つまり、現代の北ヨーロッパ人は元より単一の人種なのではなく、1万年前に北ヨーロッパへ移住してきたさまざまな人種が混ざり合った結果である可能性が高まりました。
 by Fenners1984
 他にも、人種による遺伝的な免疫の差がそれぞれの人種の広がりに大きな影響を与えていたことも分かりました。古代の人骨から抽出したDNAを分析・比較することで、はるか昔にさまざまな人類種の交配や大移動が見えるというわけです。
 ただし、ライヒさんたちの研究で分かったことの一部が、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが主張していた「アーリアン学説」に重なると解釈される恐れもあると判断され、ライヒさんたちは研究を一時中断したそうです。特に考古学の世界においては、考古学の研究がナチス・ドイツプロパガンダにゆがめられて使われたこともあり、「人種・民族の変遷」というテーマには神経質になっていることも影響しているとのこと。
 ライヒさんは「おそらく考古学者や言語学者は、私たち遺伝学者が考古学の専門用語や考え方をちゃんと学んでいないことにいらいらしていると思います。しかし私たちは、古代人類のDNA分析という強力な道具を手に入れています」と語っています。さらに「これらの研究データによって、人種の違いはせいぜい数千年の歴史で生まれたものに過ぎず、どれもみんな交配を重ね、混ざり合った結果だと分かりました。私たちは民族移住や異人種交配にもっと心を開くべきです」と、ライヒさんは主張しています。

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 地球上にはローカルな民族神話が数多く存在するが、心・精神、魂・霊魂を秘めた生きた神話物語は極わずかで、その大半は崇拝する・信仰する固有民族を失って形骸化した死んだ神話文学である。
 その意味で、ギリシャローマ神話、エジプト神話、メソポタミア神話、インド神話北欧神話、中国神話、朝鮮神話、マヤ神話、ハワイ神話、その他は、すべて死んだ古典的神話文学である。
 そうした神話物語を殺し神々の心・精神、魂・霊魂、命を殺し消し去ったのは、宗教であればキリスト教イスラム教であり、思想であれば儒教や近代啓蒙思想であり、イデオロギーであれば科学至上主義のマルクス主義社会主義共産主義である。
 現代まで生き残っている神話物語の代表が、日本の民族中心神話(天皇神話)である。
 現代日本では、科学万能論の元で民族中心神話を否定する神殺し・仏殺しが進行している。
 古代文明と古代神話は、荒涼たる生命感のない不毛な大地に遺跡という残骸を晒している。

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 ニューディーラー

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 レーニンは、世界人民革命戦略から、中国共産党日本共産党など極東アジア共産主義者に対して、日本とアメリカを戦争させ世界戦争に拡大し、西洋列強の富と力の源であるアジアの植民地を解放するように示唆した。
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 1847(弘化4)年 マルクスエンゲルスは、プロレタリア革命を広める為に共産主義者同盟の綱領を起草して、共産党宣言を行った。
 マルクス主義社会主義共産主義は歴史の浅い、反宗教無神論の新しいイデオロギーである。
 1917(大正6)年 レーニン共産主義暴力革命を成功させ、皇帝派・保守派を反革命派として虐殺した。
 ケレンスキーの社会革命党は多数派(ボリシェヴィキ)で、レーニンボリシェヴィキ党は少数派(メンシェビキ)であった。
 ロシア社会民主労働党内で、レーニンの人民独裁制を主張する左派は多数のボリシェヴィキであり、対立した大衆政党としてブルジョア革命を主張した一派は少数のメンシェビキであった。
 1921年 日本留学組の李大釗らを中心とした中国人共産主義者らは、共産主義を日本国語飜訳本で学び、レーニンの協力を得て中国共産党を結成した。
 日本がアメリカに恐怖したのは、アメリカによるハワイ王国侵略とハワイ王家滅亡、そして自由・民主主義の大義キリスト教の正義によってと民族の宗教・言語・文化・風習・その他がハワイ諸島から根刮ぎ消滅させられたことである。 1912年(明治45年) 孫文は、日本の右翼や国粋主義者らの資金援助を得て辛亥革命を成功させて中華民国を樹立した。
 1924(大正13)年 孫文は、中国武力統一の為にソ連からの軍事支援を得る為に中国共産党と手を組んだ。第一回国共合作である。
 日本政府と日本陸軍は、広大な中国を幾つかの政権が分割統治した方が安定し平和を維持できるとして、孫文への軍事支援を控えていたが、孫文ソ連と組み中国共産党を認め共産主義者を引き込んだ事を裏切り行為とみなして切り捨てた。
 日本軍の大陸戦略は、天皇・日本国・日本民族共産主義勢力から軍事力で守るという対ソ満州戦略であって中国ではなかった。
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 マルクス主義共産主義は、人類史上もっとも血に飢えた凶悪・凶暴なイデオロギーである。
 共産主義ファシズム、ナチズムは、マルクス主義から生まれた悪の三つ子である。
 共産主義から、レーニン主義スターリン主義毛沢東主義などが発生した。
 日本の高学歴な知的エリートや進歩的インテリにはレーニン信奉者が存在する。
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 天下の悪法である治安維持法は、大正14(1925)年に公布され、昭和3(1928)年に改正され、昭和16(1941)年に全面改正され、反宗教無神論天皇制度打倒の共産主義運動を抑圧し、反天皇反民族反日本の共産主義者を弾圧した。
 が、天皇暗殺に失敗した不忠者は大逆罪・不敬罪で処刑されたが、それ以外の者は禁固刑として処刑されなかった。
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 明治後期・大正・昭和初期のテロには3種類あって、右派系日蓮宗原理主義者、左派系共産主義勢力・無政府主義者、宗教系キリスト教原理主義者(主に朝鮮人)であった。
 テロリストになる日本人は、高学歴者が多かった。
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 スターリン日露戦争で屈辱的な敗北を喫したのは、日本に天皇制があったからだ。これを打倒しなければ、日本はいつまでたっても極東においてロシアの脅威になる。権力の中枢である天皇制に何としても打撃を与えなければならない。日本共産党の任務はそこにある」
 イギリス、イタリア、ベルギーなど西洋諸国の各国の共産党は、自国の王室を人民の敵とは認めず、それ故に一度も「王室打倒」とは叫ばなかったし、ソ連・国際共産主義勢力も命じなかったし求めなかった。
 ロシア人理論家のニコライ・ブハーリンスターリンの意向を受けて、日本共産党・日本人共産主義者マルクス主義者らに送られる書簡に「天皇打倒」を書き加え、同時に各国の全ての共産党共産主義者にも同様の文言を送った。
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 昭和7(1932)年 ソ連コミンテルンは、社会ファシズム論から日本共産党に対し32年テーゼ「日本に於ける情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ」を送った。
 「帝国主義戦争の内乱への転嫁を目標とする日本共産党」に、暴力革命勝利の為の「統一戦線戦術」を命じた。
 日本人共産主義者は、人民の正義の為に昭和天皇や皇族を殺すべく活動を本格化させた。
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 三十二年テーゼ
 1932年5月コミンテルン執行委員会西ヨーロッパ・ビューローによって決定された「日本における情勢と日本共産党の任務に関する方針書」のこと。日本の支配体制を絶対主義的天皇制とみなし,きたるべき日本革命は天皇制を打倒し,地主制を廃止するブルジョア民主主義革命であり,社会主義革命はその次の段階とする二段階革命論の立場を明確にした。日本では河上肇翻訳で同年7月 10日『赤旗』特別号に掲載され公にされた。同種のものには 27年,31年のものがある。これらのテーゼは当時の日本の経済理論,社会主義運動理論に大きな影響を与え,活発な論争を引起した。
 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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共産主義によるウクライナ飢饉。
2017-09-26
☭18」─1・A─レーニンが起こしたウクライナ飢饉。800万人~1,450万人が餓死した。ホロドモール。1921年。~No.53・ @ 
2021-09-02
☭18」─1・B─ロシア革命の成功で歴史から抹消されたボルガ川流域での餓死者約500万人。1921年。~No.53 
2021-08-27
☭18」─2─スターリンの5ヵ年計画とウクライナ飢饉。犠牲者約600万人。~No.54 
2022-04-21
☭18」─3─ロシア人共産主義者によるウクライナヴィーンヌィツャ大虐殺。1937年・38年。~No.55 
2021-08-28
☭18」─4─第二次世界大戦ウクライナ蜂起軍。ナチス・ドイツのバビ・ヤール虐殺。~No.56 ⑭  
   ・   ・   ・   
ロシア人共産主義者ニコライエフスク虐殺事件。
2017-09-27
☭19」─1─共産主義大義・人民の正義による2,000万人大粛清。1936年。ソルジェニーツィンニコライエフスク虐殺事件。~No.57・ @ 
2020-05-18
☭19」─2─ニコライエフスク虐殺事件処理と日露の友好。~No.58No.59No.60No.61・ ⑮ 
   ・   ・   ・   
スターリン共産主義勢力の陰謀。 
2017-09-28
☭20」─1─対ソ極秘外交文書。ソ連の対日参戦、日本共産主義化計画・天皇制度廃絶陰謀。1945年~No.62No.63No.64・ @ ⑯ 

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 ユダヤ人社会では、反日本反天皇が主流の多数派で、親日派知日派は少数派で狂人扱いされていた。
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 ユダヤ系国際金融資本や国際的軍需産業は、悪の帝国日本と戦うすべての勢力を支援し、ナチス・ドイツアメリカ、イギリス、ソ連を対日戦争参戦へと仕向けいていた。

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 マルクス主義共産主義とは、経済成長否定と反宗教無神論で、富のある所から奪って貧しい者達に平等に分け合う事であって、貧しい者にも富が行き渡るように富みを作り出す事ではない。
 座れ者が集められた富を平等に分け合い、座れなかった者は分け前をもらえずに排除され、残った者は減った富を賭けて減らされた椅子を巡ってゲームを再開し、その結果として座れなかった者は排除され、そして減った富と減らされた椅子を巡って椅子取りゲームが繰り返される。
 運良く、椅子に座れた者はその時だけ一瞬は得をするが、ゲームを繰り返していくなかで全てをなくしていく。
 つまり、永遠ループの様に、分配できる富がゼロになるまで繰り返される椅子取りゲームである。
 その結果、共産主義体制であったソ連や東側諸国は自滅した。

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