☭39」─1─フランスの北方領土ドキュメンタリー映画。日本に不都合な真実。~No.154No.155No.156 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 日本人は哀れな被害者であり、ロシアは血に飢えた残虐極まりのない無慈悲な加害者である。
 その関係は、現代でも何ら変わる事はない。
 世界は、日本に同情はしないし、理解もしなければ、味方にもなってくれない。
 所詮、日本は一人孤独である。
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 2021年4月5日 MicrosoftNews 時事通信北方領土ドキュメンタリー上映=「複雑な問題」と監督―ロシア
 © 時事通信 提供 北方領土国後島を舞台にしたドキュメンタリー映画「クナシル(KOUNACHIR)」の一シーン(Artdocfest提供)
 【モスクワ時事】ロシアが実効支配する北方領土国後島を舞台に、フランスで活動する映画監督が制作したドキュメンタリー映画「クナシル(KOUNACHIR)」が4日、モスクワで開催されたドキュメンタリー映画祭で上映された。フランスでは賞を獲得するなど高い評価を受けている作品で、上映後は観客から拍手が湧き起こった。
 映画は旧ソ連ベラルーシ出身でフランスを拠点とするウラジーミル・コズロフ監督が手掛け、2019年に発表した。71分にわたる作品では国後島の現状やロシア人住民らの生活の様子が撮影され、日本とロシアの間の領土問題に対する住民らの複雑な思いに迫っている。
 作品を鑑賞した男性のアレクサンドルさん(61)は「良かった」と評価。北方領土問題の解決に向け「(日ロが)一緒にできることがあるのではないかと思った」と話した。
 コズロフ監督は上映後のオンライン形式での観客との交流で、北方領土問題は「複雑な問題だ。既に76年間続いており、国後島を故郷とする(ロシア人)住民が3世代にわたる」と指摘。ロシアが領土を引き渡したとしても、ロシア人住民の扱いをめぐり「問題が繰り返されることになる」と語った。」 
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 日本は、江戸時代後期から、ロシアの侵略から北海道と北方領土4島を守る為に死闘を繰り返していた。
 そこに住んでいたのは、アイヌ人と日本人(和人)だけでロシア人はいなかった。
 平和な北部極東アジア地域に殺戮と強奪の戦争を持ち込んだのは、ロシアであって日本ではなかった。
 ロシア人は、満足する事をしらない強欲な侵略者であった。
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 ロシア人共産主義者は、国際法の手続きで成立していた日ソ中立条約を破棄し、逃げ惑う日本人避難民(主に女性や子供)を大虐殺して北方領土四島を日本から犯罪的に強奪した。
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 歴史的事実として、大陸世界において正義と常識そして良心、道徳、倫理、信義、道義など価値はなく、そもそも人間社会で存在しなかった。
 つまり、人間の本性は獣である。
 事実、昔の日本人は、帝政ロシア時代でも、ロシア革命動乱時代でも、ソ連共産主義圧政時代でも、自己犠牲で幾度もロシア人を死地から助け出しても、感謝される事がなく、現代では日本軍国主義者が命を捨てる覚悟で行ったロシア・ロシア人への人助け・人道貢献は歴史的に抹殺されている。
 それが、歴史の非情にして冷血・冷酷な実態である。
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 「賢者は歴史に学び、愚者は自分の経験を学ぶ」はウソであり、「歴史を教訓とする」や「歴史を鑑とする」はくだらない戯言である。
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 歴史は、軍国日本が行った数々の平和貢献や人道貢献を抹消している。
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 4月9日 MicrosoftNews JBpress「日本人に衝撃? 国後島不都合な真実を暴いた映画
 徳山 あすか
 © JBpress 提供 国後島に残された戦車の上に立つウラジーミル・コズロフ監督(写真は同監督提供、以下同じ)
 モスクワでとても面白い映画を観た。タイトルは「クナシル(KOUNACHIR)」。
 2018年5月に国後島で撮影され、2019年に公開されたドキュメンタリーだ。メガホンを取ったのは、ベラルーシ出身で、現在はパリに住むウラジーミル・コズロフ氏。
 国後島がテーマなのに、れっきとしたフランス映画である。モスクワでは現在「ARTDOCFEST」というラトビア発の国際ドキュメンタリー映画祭が行われており、本作はこの映画祭の枠内で2日間だけ上映された。
 この映画が魅力的なのは、タブーと考えられてきたテーマに直球で切り込み、リアルな国後島の姿と、そこに生きている人々の生活を垣間見せてくれるからだ。
 監督自らが国後島に住むロシア人たちと対話し、日本について質問を投げかける。
「日本人がいなくても良い生活をしている」と言う人もいれば、「ここには仕事がない、クリル発展計画には意味がない」とこぼし、日本と組んで雇用を創出すればいいと考える人もいる。
 海洋汚染で海産物の質が落ちていることを憂慮し「日本人ならもっとうまくやるだろう」と話す人もいる。
 心から言っていそうな人もいれば、本音は違うところにあるのではないかと思わせる人もいる。人の数だけ意見がある。
 領土問題のデリケートさを考えれば、これだけの人がカメラの前で臆せず話したというのは素晴らしいし、撮る方も撮られる方も勇気が必要だったと思う。
 64歳のコズロフ監督は、自分のことを「ソビエトの人間」だと呼ぶ。
 国後島に暮らす人々は国籍こそロシアだが、ソ連崩壊前に移住してきた人も多く、民族的にはウクライナ人だったりベラルーシ人だったりと、多彩である。
 ソビエト人としての共通したバックボーンを持っているからこそ、監督とは相通じるものがあるのかもしれない。
 ソビエト人だがロシア人ではないという絶妙な距離感と、監督本人の人柄・力量が合わさって、これらの対話が実現したのだと思う。
 美しい場所であえて自然を撮らない
 監督は、筆者からのインタビュー申し入れを快く受け入れてくれた。
 そもそも国後島をドキュメンタリーの題材にしようと思ったのは「世界の果てを見てみたい」という気持ちからだったという。
 下準備のため、2013年に3週間、国後島に滞在した。その大自然を目の当たりにすれば、「恋に落ちないことは不可能だ」と言う監督。
 筆者自身、ビザなし訪問に参加してすっかり大自然に魅了され、何とか領土問題解決の役に立ちたいと思ってロシア語を始めた。それだから、監督の気持ちがよく分かる。
 しかし監督が描きたかったのは、政治的、社会的、民族的な要素だ。
 国後島には「材木岩」や「ろうそく岩」などの景勝地があるが、それらは全く映画に出てこない。
 映画祭での上映後、観客からの「なぜあなたは自然の素晴らしさを伝えなかったのか?」という質問に対し、監督は「僕は、美しいものをただそのまま撮ることはできない」と答えた。
 確かに、自然を題材にした映画はこれまでにもあった。そしてそういう映像は、政治的に気を使わなくていい。何より、コンテンツとして売り物になる。
 しかしそういう当たり障りのないアプローチは、監督の望むところではなかった。
 ただ、撮影中にヒヤリとしたことはあった。偶然自転車で通りかかった若い男性のインタビューをしていたら、制服姿の男性に「あなたはアンチ・ロシアの映画を撮るつもりか」と声をかけられたという。
 監督は、「誰にでも、自分の思っていることを話す権利がある」と答え、その場はそれで収まった。
 しかし、下手をすればフィルムを没収されるかもしれないと考え、それ以降はより慎重に、細心の注意を払って行動するようにした。
 知られざる日本の足跡
 映画の冒頭には、地面を掘り起こし、日本の茶碗の破片を発見する男性が出てくる。
 こういう人たちは一人ではなく、アマチュアの考古学者のようなことを趣味でやっている。
 掘り出したものをつなぎ合わせて元の形にし、家に飾ったり、コレクター同士で交換したり、時には売ったりするのだそうだ。
 日本のものはお墓以外ほとんど何も残っていないと思っていたが、こういう個人宅を回っていけば、思わぬ思い出の品に出会えるかもしれない。
 監督によれば、国後島の泊村があった辺りは、かつての人口が多かったこともあり、雨が降ると地面からたくさんの破片や、日本人の持ち物だったと思しきものが出てくるのだそうだ。
 アマチュア考古学者たちは、作業に疲れると海水浴をしたり、温泉に入ったりして疲れを取る。これがとても気持ちよさそうだ。
 映画には出てこないが、国後島の海岸には、昭和天皇の名から取った「ヒロヒト」と呼ばれる温泉(浴槽)があるという。
 ネーミングには驚くが、その浴槽につかって海を眺めるのはさぞ気持ちのよいことだろう。残念ながらそこへ行くには特別な通行許可証が必要なので、ビザなし訪問で行くのは不可能だ。
 日本人が見たらショックかもしれない
「クナシル」は日本のドキュメンタリー映画祭にエントリーしており、もし選ばれれば秋に日本で上映される可能性がある。
 もし日本人が見たらどう思うだろうか、監督の予想を聞いてみた。
 「映画は挑発的で、日本にとってもロシアにとっても不都合な真実が描かれている。喜ばしくない真実を目にして、ショックを受けるかもしれない」
 「世の中に、真実を知りたくない人というのは一定数いる。映画は日本人からすると難解で、乱暴かもしれない。テーマはデリケートだが、映画自体はデリケートではない」
 「日本人のように礼儀正しく、美しく伝えるわけじゃない。しかも皮肉、サルカズムが散りばめられている。皮肉というのは全員に通じるものではなく、文化背景によるところが大きい」
 「もしかしたら一部の人は、皮肉を文字通り受け止めて、僕が日本人を怯えさせようとしている、と思うかもしれない」
 筆者は、いくつかの皮肉やメタファーがとても気に入ったが、そこまで書くとネタバレになってしまうので、自粛しておく。
 次作「ネムロ」を準備中
 なぜこの映画が気に入ったかよく考えてみたら、その裏には、何もできない自分自身への苛立ちもあると思う。
 筆者は日本人だが、ロシアのジャーナリストでもある。何かを書くとき、つい無意識に、日本の立場はこうで、ロシアの立場はこうだなと、誰にも何も言われていないのに自動的な忖度が始まる。
 本当はそういう懸念や怯えを抜きにして、ただあるがままを取材して書きたいと思いながら、何も実現できていない。
 そう考えれば、コズロフ監督のやりとげたことはすごいと思う。
 監督は「コロナが落ち着けば一刻も早く日本へ行きたい」と言う。「クナシル」と対になるドキュメンタリー「ネムロ」製作に着手するためだ。
 元島民の多く住む根室市に行き、登場人物を探すつもりだ。元島民の平均年齢は86歳。その数は5660人にまで減ってしまった。監督は、彼らの故郷に対する想いが理解できると言う。
 「僕が映画『クナシル』にこめた最も大切な想いは、故郷を追放することは不可能だということ」
 「人を、土地から物理的に追放することはできるかもしれないが、生まれ故郷というのは、追放することができない」
 「これは大きな悲劇で、故郷に戻れないのはとても痛ましいことだ。故郷を離れてフランスに住んでいる私にも、それがよく分かる」」
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