🎄2」─2─弱小国ポーランド王国は三分割され消滅した。1264年~No.5No.6No.7 @ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 昔は大国であり、今は高度な文化を持っていようと、自国を守り切る軍事力がなければ周辺諸国から侵略され、占領され、王国・国家は滅亡し、民族は奴隷となって消滅した。
 経済や文化は国を守らない。
 軍事力がなくても国家が存在できるのは、無価値な、不毛な土地だからである。
 土地にはその時代に、誰もが欲しがる豊で富を生み出す役に立つ土地と、誰も欲しがらない貧しく役に立たない土地がある。
 経済力があり、文化度が高い土地・国は、誰もが欲しがる。
 そこが、同じ亡国となったポーランドと朝鮮の違いである。
 朝鮮は、盲腸である。
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 ポーランド王国ボレスワフ敬虔公は、王国を商業や金融業に才たけたユダヤ人商人を利用して軍事大国にするべく、1264年にキリスト教徒と同じ権利を認めた。
 ペスト騒ぎなどで迫害されていたユダヤ人は、ポーランドを目差して東方大移動を起こした。
 歴代国王は、ユダヤ人を保護し、自由に居住を決める権利と商工業及び農業経営の選択の自由も認めた。
 国王の権力を強める為に、保守的貴族や地主階層を味方に付けたキリスト教会の反ユダヤ活動を封じ、国内にヨーロッパ最大のユダヤ人共同体を造る事を許した。
 ポーランド王国は、強国となり、周辺諸国を侵略して領土を拡大して富み栄えた。
 1419(〜34)年 フス戦争。ポーランド王国は、ボヘミアのフス派を支援してドイツ騎士団を破った。
 グロトニキの戦い。ヴワディスワフ3世は、フス派の略奪行為を取り締まり、国内のフス派を壊滅させた。
 ポーランドは、キリスト教における異端審問や魔女狩りが少なく、議会が生きたままの火炙りを中止した為に、ヨーロッパ世界とは違って別天地であった。
 キリスト教会による狂気の弾圧から逃げてきた様々な人々で、人種のるつぼ国家となっていた。
 ポーランドは、寛容さから、スラブ系、リトアニア系、ゲルマン系、ユダヤ系などを受け入れて多民族国家となっていた。
 多民族国家は、一つに団結すると強かったが、内部対立が起きると団結は脆く砕け散った。
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 16世紀後半 ポーランド王国は、貴族の中から王を選挙で選ぶ選挙王制に移行した。
 さらに、貴族も平民も平等という民主的な「5月3日憲法」を制定した。
 プロイセン王国ロシア帝国は、ポーランドの革新的な思想が自国内に普及する事を恐れて、オーストリア帝国を誘ってポーランド王国を侵略し、民主勢力を弾圧した。
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 ロシア帝国プロイセン王国オーストリア帝国の3強国は、衰退したポーランド王国を1772年と1793年の二回にわたって分割して併呑し、ポーランドを地上から消滅させた。
 王国が消滅し国土が分割されるや、ポーランドユダヤ人も3カ国に分かれた。
 祖国を失ったポーランド人やウクライナ人らは、武器を取って独立闘争を開始した。
 多くのユダヤ教徒ユダヤ人は、ポーランド王国の滅亡をバビロン捕囚と擬えて、神から与えられた試練として祖国回復戦争には参加しなかった。
 世界を彷徨ようユダヤ人は、同時に無国籍のコスモポリタンであり、愛国心はもちろん祖国愛も郷土愛もなく、仲間として命を賭けてまで回復戦争に参加する気はなかったのである。
 ユダヤ人が果たすべき義務とは、選民として神の恩寵に対する信仰であり、現世利益を分けてくれた人の恩義ではなかった。
 ポーランド王に対する感謝の気持ちはあっても、命を犠牲にしてまでその恩義に報いるつもりはなかったのである。
 ポーランド人やウクライナ人らは、王国への恩義や国王への忠誠の為に武器を取って戦おうともせず、自分の信仰を理由にして戦いのない所にいちもくさんに逃げるユダヤ人を、「人ではない」と憎悪した。
 苦境に喘ぎ苦しむ人間にとって、「個」の自己保身で安全な場所に逃げ、自分だけの利益の為に金儲けし、一緒になって絶望的な戦いをしない人間を信用しなかった。
 ゆえに、彼等は反ユダヤ主義者となった。
 ポーランドでは、反ユダヤが根強い。
 信頼とは、絶望的状況下で、一緒に苦楽を耐えて戦う事で生まれる。苦労を嫌い、自分の命だけを救う為に、金だけ出して逃げ出す者は、人として決して信頼されない。
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 プロイセン王国オーストリア帝国は、ユダヤ人を国民として国家の支配下に置く為に、飴と鞭の同化政策で、キリスト教会と協力して改宗を促進した。
 ドイツ圏のユダヤ人は、啓蒙思想に影響されて、ヨーロッパ人共通の教養と生活様式を身につけて特異な宗教的民族性を捨てた。
 同化したユダヤ人は、各国の金融・経済を支配し、政治・教育・文化芸能など多方面に進出して社会的地位を確保した。
 彼等は、臣民の責任として国王に忠誠を誓い、国民の義務として国家の発展の為に貢献した。
 ロシア帝国は、徹底した異化政策を推し進め、ユダヤ人をロシア人に同化させないように差別し、そして隔離した。
 残虐な弾圧は、同化政策よりも異化政策で多く発生した。
 ロシア皇帝は、ヨーロッパの中心部に近づく為にポーランドの土地を併合したが、キリスト教価値観からユダヤ人を最下層の賤民として、厄介者と嫌った。
 豊かにして神聖なロシアの大地が、神殺しの不純なユダヤ人によって毒されない為に、数多くの差別的法律を設けた。
 モスクワなど内陸中心部への移動や農地の所有を禁止するなどの厳しい規制をし、バルト海からアゾフ海にいたる線の西にある旧ポーランド領とウクライナユダヤ人強制集住地域として約500万人のユダヤ人を閉じ込めた。
 そこは、反ユダヤ感情が強い、非ユダヤ人によるポグロムの多発地帯でもあった。
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 ユダヤ人は、強制移住地域内でさらに限定された居住空間に押し込められ、経済活動に制限が加えられ窮乏生活を強いられた。
 多くが、慢性的に道具も材料もなく注文を待つ職人か、資金も売りさばく商品もなく各地の市場をうろつく行商人であった。
 全てのユダヤ人が貧困に喘いでいたが、仕事で利益を得るや、同じ境遇にいる貧しい同胞を救う為に金銭をユダヤ人共同体に寄付した。
 その為に、ユダヤ人社会は犯罪率は少なく、物乞いをする浮浪者もない少なかった。
 ロシア帝国が国内のユダヤ人を棄民扱いした為に、ユダヤ人人口の40%が共同体の福祉協会からの支援に依存する貧困者であった。
 ユダヤ人社会は、全体に貧しいがゆえに、キリスト教社会以上にボランティア活動が盛んであった。
 ユダヤ民族は、地獄のような悲惨極まる逆境を生き抜く為に、民族宗教ユダヤ教を中心に団結し、他者を選別し完全排除する排他的選民思想を信仰した。
 伝統的民族宗教を守ろうとする圧倒的多数の貧しい階層は、現状を神から与えられた信仰に対する試練と甘受し、神との契約で出現する民族的救世主に救われる事を信じて待ち続けた。
 彼等は、政治や経済による救済を偽物であると否定していた。
 ロシア政府の公立学校で教育を受けた少数の裕福なユダヤ人知識層は、ユダヤ人というだけで差別される不条理な現状から神への信仰を捨て、人を差別する現実を変革する為に共産主義的暴力革命を目指した。   
 ロシア帝国に絶望したユダヤ人は、許可なく国境を越えれば死罪とする法律を破って外国に逃亡した。
 西欧に密入国した東方ユダヤ人が、地元のキリスト教に改宗し同化する事を拒否した時、異文化異習慣ゆえに地元の住人と摩擦を引き起こした。
 無国籍ユダヤ人として、国家への忠誠や社会への共感はなく、経済に寄生し、犯罪すれすれの行為で利益を増やした。
 異教徒異邦人であるユダヤ人が、周囲に溶け込むことなく非情な市場経済理論で成功するや、貧困に追い落とされた地元民は憎悪を持って反ユダヤ運動を起こした。

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