🕎 61」62」─1─アステカ王国やインカ帝国の滅亡と日本国の生き残りには偶然ではなく必然的理由があった。〜No.142No.143No.144No.145 @・ 

大航海時代の日本人奴隷 (中公叢書)

大航海時代の日本人奴隷 (中公叢書)

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 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。↗
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 日本国と日本民族日本人そして日本天皇・皇室を救ったのは、朝鮮出兵と26聖人処刑をおこなった下層民出身の豊臣秀吉である。
 外国の侵略から、民族や国を護るのは強力な軍事力しかない。
 民族や国を滅ぼすのは、軍事力を否定する内部で敵に味方する同胞である。
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 推定総人口。
 1521年 アステカ王国、約1,000万人。
 1533年 インカ帝国、2,000万人〜3,000万人。
 1600年 ポルトガル王国、約200万人。
       日本、約1,200万人。
       イギリス王国、約617万人。
 1618年〜1648年 ドイツ領、約1,800万人。
 1620年 北米・インディアン、1,800万人以上。
       明国(中国)、約5,166万人。 
 1639年 李氏朝鮮、約152万人。 
 1650年 スペイン王国、約900万人。
 1651年 明国(中国)、内戦と外的侵略、天災で約1,063万人に激減した。
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 アンデス文明には、インカ文明のインカ帝国を含めて7つの文明と7つの国家が民族宗教を中心に入れ替わって存在していた。
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 歴史の大半が、勝者による偏見で意図的に捏造・改竄・歪曲されている。
 それは、日本の歴史だけではなく、世界中の、全ての国家・民族の歴史がそうである。
 中国の歴史とて例外ではなく、むしろ中国の歴史ほど客観性のないニセの歴史は類を見ない。
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 国家・王国・帝国が繁栄するも滅亡するも、支配者と被支配者、領主と領民、の関係に掛かっている。
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 マヤ文明アステカ王国は、太陽神の生命力を維持し恩恵を受けるには神聖な生贄が必要であるという民族宗教から、周辺部族を襲い捕虜を取りその中から太陽神への生贄として殺害し捧げていた。
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 日本民族日本人は、中世キリスト教会や白人キリスト教徒の手で、アフリカ人、中南米インディオ、北米のインディアン同様に奴隷として売買されていた。
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 日本民族日本人が、歴史の一時期、奴隷として国際市場で売買されていた事は、日本はおろかヨーロッパで正式な公文書として残されている。
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 キリスト教会は、アフリカ人とアメリカのインディオやインディアンの奴隷売買を人道に反した重大な罪と認めて謝罪したが、日本人奴隷に関しては黙殺している。
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 軍事力を否定する現代日本の高学歴出身知的エリート、特に、リベラル派・革新派・エセ保守派そして一部の保守派、当時に生きていて西洋の侵略に対応していたら、一日と持たず、確実に日本は滅亡して、日本人は奴隷にされていた。
 何故なら、彼らは、悪鬼となって家族を守る為に武器を持って殺し合う事よりも、良心的善人となって自分の心情で人を殺すよりも奴隷になる事が正しいと確信しているからである。
 さらに、抵抗して殺されるより、生き残る為なら奴隷になることも厭わない、と。
 特に、相手が白人であれば無条件に、そればかりか下僕・召使いになるべく自分から進んで心身を捧げ出す、であろう。
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 江戸時代の日本は、世界七大帝国の1つであり、鎖国状態でもイギリスに迫るGDP(国内総生産)を維持し、閉鎖的閉鎖的な庶民文化で華やいでいた。
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 何故、突然、戦国時代にアジア諸地域で日本人町が爆発的に出現したのか、現代日本人は当時の日本人が世界に目覚め海外に進出した証拠であると感激している。
 馬鹿な事である。
 中国を含むアジアは、日本人奴隷の主要な消費地・奴隷市場であった。
 中国を含みアジアはおろか世界は、日本を食い物にし、日本人を奴隷として売って大金を稼ぎ富を築いていた。
 それは昔の話ではなく、現代においても変わりはない。
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 日本を食い物に為ている最たる相手が、中国共産党であり、そのコバンザメ的な相手が韓国と北朝鮮である。
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 日本は、中世キリスト教会のバチカンイエズス会を「人の道に外れた人間にあるまじき輩」として追放した唯一の国である。
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 岩田温『人種差別から読み解く大東亜戦争
「第三章 アフリカ、インカ、アメリカの悲劇
 アフリカの奴隷貿易
 ……
 西洋諸国とアフリカとのつきあいは、奴隷貿易から始まります。奴隷貿易を開始したのは、ポルトガルでした。
 1441年、アンタム・ゴンサルヴェスがモーリタニア北部の海岸に達し、ここで現地のベルベル系住民を捕らえて、本国に連れて帰ります。これが、暗黒の奴隷貿易の先駆けとなります。当初、貴婦人が黒人の少年をペットとして飼育するなど、現在では考えられないようなことが行われていましたが、ヨーロッパ大陸では、奴隷の『労働力』には、あまり注目が払われていませんでした。高価な奴隷を購入するよりも、安価な労働力が身近に存在していたからです。
 アフリカの黒人奴隷の需要が一気に高まるのが、アメリカ大陸、大西洋諸島の発見とともに開発が進んだためです。当時のヨーロッパでは、紅茶の風習が広がり、大量の砂糖を必要とされました。この砂糖栽培のために、アメリカ大陸、大西洋諸島では巨大な農場(プランテーション)が作られました。このプランテーションにおける恒常的な労働力の欠乏をまかなうために、アフリカの黒人奴隷が注目されたのです。
 ヨーロッパ人は直接、アフリカ人を捕らえるのではなく、現地の有力者と手を結び、自分たち自身は手を汚すことなく奴隷を手にいれました。当初、奴隷とされたのは、罪を犯した重罪人でした。当時のアフリカでは、重罪人は奴隷にされて罪を償うという文化が存在していました。しかし、アメリカ大陸、大西洋諸島のプランテーションで大量の労働力が必要とされるようになると、一気に奴隷の需要が高まり、重罪人だけでは到底まかないきれなくなってきます。そこで、現地の奴隷商人たちは、ヨーロッパ商人から手に入れた銃などの兵器を活用し、アフリカ内陸部の村々を襲撃します。襲撃し、捕虜となったものを奴隷として、ヨーロッパの商人たちに売り渡したのです。捕らえられた人々は、ヨーロッパ人の住む海岸部の砦まで数珠つなぎにされて移送されます。そして、この砦で売買契約が交わされ、奴隷船に積み込まれるのです。すし詰め状態にされたまま、奴隷船は、大西洋を越え、アメリカ大陸に向かいます。奴隷商人たちは残虐で、奴隷としての商品価値のないとされた黒人たちを次々と殺戮しました。彼らにとって、黒人奴隷とは、人間ではなく、商品でしかなかったのです。従って、売れない商品を抱え込んで、その維持費をかけるよりは、商品は廃棄してしまえばよいと考えていたのです。
 人間を人間として扱わない。これが、アフリカの黒人奴隷制度の原点です。
 ……
 第四章 奴隷貿易と無縁ではなかった日本
 豊臣秀吉キリスト教
 さて、ここから日本の歴史に目を転ずることにしましょう。
 まず取り上げてみたいのが、豊臣秀吉による『伴天連(バテレン)追放令』です。いうまでもなく、『伴天連』とはキリスト教徒を意味しいていますから、この『伴天連追放令』とは、キリスト教の布教を禁ずるための命令でした。この事件は、我々が日本史を考える上で極めて重要な事件だといえます。
 『信教の自由』が認められている自由民主主義社会に住む我々からすると、秀吉の命令は、人々の自由を抑圧する恐るべき悪法であるかのように感じます。また、単に秀吉の宗教的偏見が引き起こした野蛮な命令だと考える人がいるかもしれません。
 しかし、この『伴天連追放令』を詳しく調べてみると、現代の日本人の多くが忘れてしまった重要な事実が浮かび上がってきます。
 『伴天連追放令』に際し、秀吉はイエズス会のパードレ・ガスパール・コエリョに対して詰問しているのですが、この中で見逃すことが出来ない一言が登場しています。
 秀吉はコエリョに対し、次のように問うています。
  
 『何故ポルトガル人は日本人を購い奴隷として船に連れていくや』
 
 ──ポルトガル人は日本人を奴隷として売買していた。
 極めて重要なのですが、多くの日本人はこの歴史を知りません。私自身も本書を執筆するまで、その実態についてほとんど知りませんでした。秀吉の『伴天連追放令』の背景には、知られざる日本人奴隷の問題があったのです。秀吉はポルトガル人が日本人を奴隷として売買していることに憤りを感じた政治家だったのです。
 秀吉は次のように主張しています。少々長いのですが、重要な文章なので引用します。

 『予は商用のために当地方に渡来するポルトガル人、シャム人、カンボジア人らが、多数の日本人を購入し、彼らからその祖国、両親、子供、友人を剥奪し、奴隷として彼らの諸国へ連行していることも知っている。それは許すべからざる行為である。よって、汝、伴天連は、現在までにインド、その他遠隔の地に売られて行ったすべての日本人をふたたび日本に連れ戻すよう取り計らわれよ。もしそれが遠隔の地のゆえに不可能であるならば、少なくとも現在ポルトガル人らが購入している人々を放免せよ。予はそれに費やした銀子を支払うであろう』

 秀吉は、ポルトガル人をはじめとする外国人が日本人を奴隷としている事実を掴んでおり、日本人奴隷に同情しているのです。祖国、両親、子供、友人を奪う奴隷制度に断固として反対しているのです。そして、秀吉は費用を支払ってもかまわないから、彼らを解放しろと主張しているわけです。
 何度読み返してみても、極めてまっとうな意見であり、筋が通った主張です。豊臣秀吉は同胞が悲惨な奴隷の境遇に置かれていることが我慢ならなかったのです。日本人を奴隷として扱うなど『許すべからざる行為』との言葉には、秀吉の強い憤りを感じることができます。
 売られていく日本人
 それでは、日本人奴隷はどのように取り扱われていたのでしょうか。
 ポルトガル人たちは日本人奴隷を買い取り、手足に鉄の鎖をつけ、船底に詰め込みます。こうして日本人奴隷で一杯になった船でアジアの諸地域を回り、日本人を売りつけていたのです。日本人奴隷はまるで『犬の如く』に扱われていたといいます。
 さらに、日本人奴隷は労働力として『消費』されただけでなく、性的な虐待の対象にもなっていました。
 イエズス会コエリョ自身がポルトガル商人の不埒(ふらち)な行いを嘆いています。

 『彼等商人は若き人妻を奪いて妾(めかけ)となし、児童を船に拐(かどわ)かし行きて奴隷となすを以て、多数の人は寧(むし)ろ死を撰(えら)びて処決(しょけつ)するあり』

 また、イエズス会の文書にも次のようにあります。

 『これらの(ポルトガル人)下僕は購買したる少女等と放縦なる生活をなして、破廉恥の模範を示し、その或る者は媽港(マカオ)への渡航船中船室に伴い行くこともあり』

 日本人は奴隷としてアジアの諸地域で売られるだけでなく、人妻をも含む多くの女性が、ポルトガル人の性的虐待を受けていたのです。
 秀吉がこうした状況に激しく憤ったのも納得がいきます。
 しかし、布教を禁じられたイエズス会自身が日本人奴隷の販売に積極的であったわけではありませんし、日本人奴隷の売買に対して批判的な声があったのも事実です。
 たとえば、1571年3月12日付でポルトガル国王ドン・セバスチャンは、日本人奴隷の売買を禁ずる勅令を発しています。この勅令の中で、とりわけ目を引くのが、日本人奴隷を売買することを禁ずる理由です。勅令では、奴隷売買が『異教人改宗』の『障害』となるから、奴隷売買を禁ずると述べられているのです。
 すなわち、日本人をキリスト教徒へ改宗させる際に、日本人奴隷の問題が邪魔になってくると主張しているもです。つまり、国王にこうした勅令を発表させた人々は、日本人をキリスト教徒に改宗させることが何よりも重大だと考えていた人々、すなわちイエズス会の人々だったのです。彼らは日本人が哀れだから日本人奴隷の売買を禁じようとしたわけでありません。奴隷制度が残虐な制度であるから、日本人奴隷の売買を禁じようとしたわけでもありません。あくまでキリスト教の布教の妨げとなるから、日本人奴隷の売買の禁止を求めていたのです。
 ところで、こうした勅令の効果は甚だ疑わしいものでした。国王の勅令が発表されたのちも日本人が奴隷として売買され続けていたのです。そこで、日本人奴隷の売買が日本人を改宗させる大きな障害となっていることを憂慮したイエズス会は、大きな決断をします。日本人奴隷の売買をおこなった者を破門にすると宣言したのです。
 これに対して、余り日本人の改宗に熱心でない人々も存在し、彼らは露骨に日本人奴隷の売買の継続を主張していました。例えば、インドのゴアに住む人々がそうですた。ゴア市民は、ポルトガル国王の勅令、イエズス会の破門決議に大いに反発し、市民集会を開催して反対の声を上げています。
 彼らの主張は単純明快です。自らが投資してきた奴隷という『商品』の売買が禁じられたら、甚だしい経済的損害を被る人間が続出するというのです。そして、奴隷売買は人間の自由な経済活動の一部であり、『正義』に従った行為であり、『神の掟』にも『人界の法』にも反していないので、奴隷売買に対する禁止令こそ撤回せべきだと主張したのです。
 多くのポルトガル人を奴隷として扱うことに良心の呵責を感じていなかったという事実は注目に値するでしょう。
 キリストの宣教師は侵略の先兵
 さて、日本人奴隷の問題に関し、秀吉が激怒したことは既に述べてきた通りですが、別の問題に関して、秀吉はポルトガル人、キリスト教徒の伸長を非常に恐れていました。秀吉はキリスト教徒たちによる日本への軍事的侵略の可能性がありうると考え、そうした事態を避けようとしてきたのです。
 1597年、フィリピン総督フランシスコ・テーリョ・デ・グスマンに宛てた手紙の中で、秀吉はキリスト教の布教に関して次のように激しく詰(なじ)っています。

 『貴下の国では法の布教は外国を従えるための策略でありぺてんであるということを聞いている・・・私はこう考えかつ信じている。乃(すなわ)ち、貴下はこのような方法で貴国の旧支配者を追出し新しい支配者となったように、貴下は私たちの法を貴下の法によって踏みにじり、破壊し、当日本国を奪おうとしている、と』

 要するに、秀吉は日本におけるキリスト教の布教などは方便に過ぎず、本当の狙いは日本侵略にあると断言しているのです。
 果たして、この秀吉の断言は、秀吉の被害妄想に過ぎなかったのでしょうか。それとも、本当にそうした可能性が存在したのでしょうか。
 ヨーロッパの人々が世界中に航海し、植民地支配を開始した大航海時代、その中心はスペイン、ポルトガルの両国でした。スペイン、ポルトガルが支援したキリスト教の布教事業は、基本的に両国の武力征服事業と並行して進められていました。例えば、ペルーのインカ帝国の制圧に際して、キリスト教徒が重要な役割を果たしていたことは先に述べた通りです。そして武力によって日本や中国を征服して、キリスト教を布教してしまおうという手荒な野望を抱く宣教師が存在していたことも確かです。
 中国への侵略を提言する文書が数多いので、まずこの中から幾つかを紹介します。
 たとえば、イエズス会東インド巡察使アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、1582年12月14日にフィリピン総督に対して次のように書き送っています。

 『これら東洋に於ける征服事業により、現在いろいろな地域に於いて、陛下に対し、多くのそうして大きな門戸が開かれており、主への奉仕及び多数の人々の改宗に役立つところ大である。これら征服事業は、霊的な面ばかりでなく、それに劣らず陛下の王国の世俗的な伸長にとって益する。そしてそれらの征服事業の内、最大のものの1つは、この中国を征服することである』

 キリスト教の布教者であるヴァリニャーノが、東洋におけるスペインの侵略行為を、キリスト教的にも、世俗的な王国の伸長のためにも素晴らしい事業であったと擁護し、さらには中国の征服を勧めているのです。
 なお、ヴァリニャーノは同じ手紙の中で、日本への軍事侵略はすべきでないと主張しています。その理由が二つ挙げられていますが、なかなか面白いので紹介しておきます。一つ目の理由は、日本が貧しく、侵略しても得るものがないからであり、二つ目の理由は、国民が非常に勇敢であり、絶えず軍事訓練を積んでいるからだというのです。当時の日本は非常に貧しい国でしたが、国民が極めて勇敢であったことが証明されており、興味深いです。
 キリスト教の布教を妨げる者は武力排除
 さて、中国への侵略を提案していたのは、ヴァリニャーノだけではありません。マニラ司教のフライ・ドミンゴ・デ・サラサールもスペイン国王に中国への侵略を提案しています。サラサールの手紙には次のように記されています。

 『私がこの報告書を作成した意図は、中国の統治者達が福音の宣布を妨害しているので、陛下は武装してかの王国に攻入ることの出来る正当な権利を有するということを、陛下に知らせるためである』

 要するにキリスト教の布教の邪魔をする為政者に統治された国家には、武力で侵略してもかまわないというのです。ずいぶんと乱暴な提案といってよいでしょう。
 さらにサラサールは別の書簡で、次のような過激な提案をしています。少々長いのですが、極めて具体的で興味深い提案なので引用しておきます。

 『……』

 余りに独善的な話なので、驚きますが、彼は、異教徒をキリスト教に改宗させるためには、軍隊を派遣し、金銭を収奪して構わないといっているのです。『原住民の破壊にあるのではなく』『キリスト教的な公正、適度』等の文言もありますが、余りに独善的です。キリスト教の布教のためならば、異教徒に銃口を突き付け、金品を巻き上げても構わないという発想そのものに空恐ろしいさを感じています。正しき教えのためならば、手段を選ぶべきではないという考えるのが、彼らだったのです。自らの正しさを他者にも強制すべきだという考え方は必ず、自分たちの正義に従わない人々を殺害するに至るのです。その典型的な事例が当時の宣教師たちでしょう。
 もう一つの事例をあげます。フランシスコ・カプラルという人物がマカオからスペイン国王に宛てた手紙です。この手紙においてカプラルは、熱心に中国侵略を勧めるとともに、中国を征服することによって国王が得られるであろう利益について述べています。
 ……
 簡単に言えば、キリスト教の布教が出来、経済的にも王国が潤うから中国を侵略してしまえということです。別の観点から言えば、侵略は経済的な利潤をもたらすだけでなく、キリスト教徒として正しいことなのだといっていることになります。考えてみれば、多くの流血を伴う侵略は、その大義名分がなければ躊躇してしまうものではないでしょうか。何の理由もなく、他国に侵略し、他国から金品を収奪するのでは、無法者のようにしか思われません。為政者たちのそうした良心を麻痺させ、侵略こそが正しい行為であると説いて回ったのが、キリスト教徒たちだったのです。彼らは自分たちの教えのみが正しいと思い込み、侵略を擁護する独善的主張を繰り返していたのです。
 キリシタン大名への軍事援助
 さて、今まで多くのキリスト教徒たちが中国の侵略を熱心に勧めてきた事実について語ってきましたが、日本についてはほとんどふれてきませんでした。ここからは、キリスト教徒たちによる日本への軍事的侵略の可能性について考えてみたいと思います。
 1585年3月3日、日本の准管区長を務めていたコエリョがフィリピンのイエズス会の上司に対し、興味深い手紙をしたためています。なお、このコエリョとは、日本人奴隷の問題で秀吉に問い詰められたコエリョと同一人物です。
 コエリョは次のように日本への軍隊の派遣を要請しています。

 『総督閣下に、兵隊、弾薬、大砲、及び兵隊のための必要な食糧、1、2年間食糧を買うための現金を充分備えた3、4艘のフラガータ船を、日本のこの地に派遣していただきたい。それは、現在軍事力に劣るために抵抗出来ず、他の異教徒に悩まされ、侵犯されている何人かのキリスト教徒の領主を支援するためである』

 ここでコエリョが考えていたのは、日本を侵略するための軍隊の派遣ではありません。日本国内に存在するキリシタン大名を応援するために軍隊を派遣してほしいと要請しているのです。コエリョは軍隊を派遣した結果、もたらされるであろう利益を三つあげています。

 1,キリスト教徒であれば国王の援助を受けられることを知り、一層信仰を強めるだろう
 2,日本人は、軍隊の派遣に驚きキリスト教徒や新たな信仰者に対する迫害をやめるだろう
 3,援助を受けられることを知り、新たに改宗する者が増えるだろう

 キリシタン大名を軍事的に応援することによって、キリスト教を布教しやすくなるというのが、コエリョの考えでした。結果として、幾つかの理由からコエリョの提案は実現しませんでした。しかし、日本に住むキリスト教宣教師が他国に軍事介入を要請したという事実はしっかりと認識しておくべきでしょう。
 また、コエリョは秀吉に取り入ろうとして様々な提案をしていますが、こうした提案がキリスト教徒の侵略を恐れる秀吉の猜疑心を刺激する結果になります。例えば、秀吉が明に攻め込もうと考えていると述べた際、コエリョポルトガル船の調達やインドからの援軍を要請するなどと話しました。思慮深い政治家である秀吉は、こうしたコエリョの提案に対して喜んだふりをし、そうした際には多大な恩恵を与えるとまで約束します。しかし、秀吉は内心でキリスト教徒たちに対する不信感を強めています。キリスト教徒たちが提案することによって強大な軍隊を動かせるという点が気にかかったからです。すなわち、キリスト教徒たちがその気になれば、日本を侵略するための軍隊を派遣される可能性があるのではないか秀吉は考えたのです。
 他にも、秀吉がキリスト教徒に対して不信感を強めた理由があります。それは、コエリョキリシタン大名を支援する目的で作った軍艦の問題です。コエリョは秀吉が九州平定戦のために博多に赴いた際、この軍艦に乗って秀吉に面会を求めたのです。秀吉は自らその軍艦に乗り込み、仔細に観察、検討しました。ここでもコエリョに対して、立派な軍艦であると褒めちぎったのですが、彼の本心が別にあったことはいうまでもありません。彼は、キリスト教徒たちがこうした軍艦を所有していることに、驚き、かつ不信感を強めたのです。
 また、直接日本への侵略を勧める手紙も残っています。1599年に長崎からペドロ・デ・ラ・クルスという人物が、イエズス会総長に宛てた手紙がそれにあたります。
 この手紙で日本への武力征服はキリスト教の布教のために有効な手段であり、実際に日本を制圧することは可能だと論じているのです。
 日本を侵略が可能な理由としてペドロ・デ・ラ・クルスは左に六つの理由をあげています。

 1,日本の海軍力は脆弱である
 2,隣国の大名を恐れている領主は、キリスト教国との連合を歓迎するだろう
 3,日本人は金銭的に貧しいため、僅かなものを与えれば満足するだろう
 4,大名の臣下は隷従状態にある。我々の統治のほうが良い統治だと理解すれば、彼らは進んで服従するだろう
 5,悲惨な状態にある領民にも我々の統治の方が良い統治だと理解させれば、彼らは進んで服従するだろう
 6,キリスト教に対して非寛容な大名には、莫大な利益をもたらすポルトガル貿易を禁じてしまえばよい

 最後の六番目の理由は直接日本を侵略する理由ではありません。しかし、海軍力が弱いために侵略が可能であると強調している事実は揺るぎません。日本を訪れていた宣教師たちは、場合によっては日本を軍事侵略しても構わない、あるいは、軍事侵略すべきだと考えていたのです。従って、キリスト教の布教を名目に、軍事侵略を企んでいると断じた秀吉の感覚そのものが狂っていたとはいえません。そう考えてみるならば、キリスト教徒に対する秀吉の猜疑心は、日本を守る政治家としては真っ当な感覚であったといえるのではないでしょうか。
 日本人奴隷の存在に怒り、キリスト教徒たちによる日本侵略を防ごうとしてきた秀吉は、日本が誇る偉大な政治家であったといえるでしょう。日本がヨーロッパ諸国の植民地になることがなかったのは、地理的幸運に恵まれていたことがあったのは事実です。しかし、秀吉のように、キリスト教徒からの侵略を防ごうとする愛国心に溢れた思慮深い政治家が存在したという事実を忘れてはならないでしょう。

 ※なお、本文で取り上げた書簡類は全て参考文献に依っています。学恩に感謝致します。
 藤田みどり奴隷貿易が与えた極東への衝撃』、小堀桂一郎編著『東西の思想闘争』中央公論
 岡本良知『16世紀に於ける日本人奴隷問題(上)』「社会経済史学」第4巻三号
 岡本良知『16世紀に於ける日本人奴隷問題(下)』「社会経済史学」第4巻四号
 岡本良知『桃山時代キリスト教文化』東洋堂
 高瀬弘一郎『キリシタン宣教師の軍事計画(上)』第42巻三号
 高瀬弘一郎『キリシタン宣教師の軍事計画(中)』第43巻三号
 高瀬弘一郎『キリシタン宣教師の軍事計画(下)』第44巻四号」
   ・   ・   ・   
 ウィキペディア
 サン=フェリペ号事件と二十六聖人処刑
 詳細は「サン=フェリペ号事件」および「日本二十六聖人」を参照
 文禄5年(1596年)10月に土佐国にスペイン船が漂着し、サン=フェリペ号事件が起きる。奉行・増田長盛らは船員たちに「スペイン人たちは海賊であり、ペルー、メキシコ(ノビスパニア)、フィリピンを武力制圧したように日本でもそれを行うため、測量に来たに違いない。このことは都にいる三名のポルトガル人ほか数名に聞いた」という秀吉の書状を告げた。同年12月8日に秀吉は再び禁教令を公布した。
 翌慶長2年(1597年)、秀吉は朝鮮半島への再出兵と同時期に、イエズス会の後に来日したフランシスコ会(アルカンタラ派)の活発な宣教活動が禁教令に対して挑発的であると考え、京都奉行の石田三成に命じて、京都と大坂に住むフランシスコ会員とキリスト教徒全員を捕縛し処刑を命じた。三成はパウロ三木を含むイエズス会関係者を除外しようとしたが、果たせなかった。2月5日、日本人20名、スペイン人4名、メキシコ人、ポルトガル人各1名の26人が処刑された。
   ・   ・   ・   
 世の中で、世界で、金で買えないモノはなにもない。
 金さえあれば、老後はもちろん、人も、命も、心も、男性でも女性でも子供でも、全てのモノを買う事が出来る。
 それが、自由な経済活動、商取引である。
 「金こそ最高」「家族よりも金」と信じている金信仰者の日本人が増殖している。
 現代日本を支配しているのは、「地獄の沙汰も金次第」である。
   ・   ・   ・   
 日本人は、歴史が好きで、歴史の本をよく読み、歴史の事には詳しいはずである。
   ・   ・   ・   
 日本民族日本人は、過去の悪い出来事を「水に流し」なかった事とする民族宗教・日本神道を崇拝している。
 日本神道の崇拝は、信奉でも信仰でもない。
 それが、言霊信仰に繋がっている。
 現代の日本人は、一時期、祖先が中世キリスト教会と白人キリスト教徒に奴隷として売られた事実を「水に流し」て忘れ去り、白人キリスト教徒を長年の友人として受け入れ、キリスト教会に理解を示しキリスト教禁教・キリシタン弾圧を深く謝罪した。
   ・   ・   ・   
 日本を支配しているのは時効なき日本人極悪非道の重罪犯という、戦後に国際社会から烙印として押し付けられた日本人観である。
 アメリカ・イギリス・フランス・フランス・ロシア(創立メンバーは旧ソ連)・中国共産党政府(創立メンバーは中国国民党ファシスト中国)からなる連合国が作った国連の正統性は、そこにある。
 そして、ヒロシマナガサキに投下した原爆と同等の核兵器保有する事が、国連常任理事国になる正当性の証しとされている。
 つまり、日本国・日本民族日本人に関する如何なる人道的犯罪も全て国際法と宗教権威で免罪されている。
 その為に、日本国と日本民族日本人には異議を申し立てる権利は剥奪され、如何に理不尽でも国際社会が押し付ける冤罪を一切の批判なく受け入れる受諾する義務が存在する。
 それが、ポツダム宣言日本国憲法の趣旨である。
 その事を教える為に、現代日本歴史教育自虐史観)が存在する。
 その番人が、日本人の高学歴出身知的エリートである。
 日本人が、武器を捨ててまで信用し愛しようとしている世界とはそうした欺瞞に満ちたおぞましい世界である。
 北方領土尖閣諸島竹島などの領土問題、靖国神社問題、従軍慰安婦及び徴用工問題、第二回南京事件問題、歴史教科書問題など、全てが日本を貶める為に国際社会が日本に押し付けられている。
 世界が日本を恐れた事には、明快な理由があったのである。
 その手先となったのが、中国と韓国である。
 故に、世界は中国や韓国の主張を全面支持し、日本の如何なる説明・弁明も聞く耳持たずとして全て却下している。
   ・    ・   ・   
 中国共産党の最終的対日戦略は、日本を倭人(日本人)自治区として領土に取り込めなければ、属国・従属国として支配下に組み伏せる事である。
 その為に、中国共産党系中国軍系中国資本が日本国内を買い漁り、中国人移民が日本国内で増えている。
 日本人の中には、中国共産党の最終的対日戦略を知りながら、自分の利益・金儲けの為に先兵のようになって活動している者が存在する。
 それが、愛国心・忠誠心条項無視の、外国人への参政権付与と官僚・役人登用である。
   ・   ・   ・    
 2018年7月29日10:54 msnニュース 毎日新聞「イージス・アショア:秋田市民「配備理由わからぬ」
 秋田市陸上自衛隊新屋演習場に配備が検討されている陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」について、防衛省は28日、2回目となる住民説明会を開いた。同市の文化会館を会場に午前と午後の部合わせて約150人が参加した。6月に開かれた1回目の説明会は、対象が同演習場の周辺住民に限られていたが、今回は秋田市民全体に開放した。
 五味賢至・戦略企画課長と同省東北防衛局の北川高生・企画部長らが説明を担当。冒頭に、佐竹敬久知事や県議会へ説明した際と同じ内容の資料を配布。陸上イージスの必要性や、配備候補地の選定理由などについて1時間説明した。
 その後、質疑応答の時間が設けられた。出席者から「もしドクターヘリの出動と陸上イージスの稼働が同時に必要になった場合、防衛省はどちらを優先するのか」という質問があった。五味課長は「難しい問題。命を守ることと国全体を守ることのバランスの中で、対応を検討していかなければいけない」と答えるにとどめた。
また「何度(説明を)聞いても、新屋である意味が分からない」「西日本で大変な災害があったのに、なぜこのような兵器に大金を使うのか。被災者に税金を使うべきだ」「秋田が田舎で人口も少ないから配備してもいいと思っているのでは」などと声が上がった。いずれも予定の2時間を超え、3時間以上に及んだ。
 出席した同市新屋勝平台の佐々木勇進さん(73)は「『万が一影響があった場合は対策をとる』としていて、住民に影響がある可能性を残している。配備によって住民が不安になる、という配慮がない」と話した。
 終了後、五味課長は報道陣の囲み取材に応じた。「引き続きさまざまな角度から説明を続け、住民の理解が得られるよう努力していく」と話した。【森口沙織】」
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 7月29日12:17 産経ニュース「中国船が一時領海侵入 尖閣周辺、今年14日目
 29日午前10時10分ごろから、沖縄県尖閣諸島周辺の領海に中国海警局の船4隻が相次いで侵入し、それぞれ約1時間半航行した後、領海外側の接続水域に出た。中国当局の船が尖閣周辺で領海侵入したのは4日以来で、今年14日目。
 第11管区海上保安本部(那覇)によると、1隻は機関砲のようなものを搭載。巡視船が監視を続けた。」
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 日本は、古代から、近隣に存在する反日派敵日派の中華諸国の侵略に脅えていた。
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 ヒロシマナガサキの原爆投下は、計画という実験であった。
 日本民族日本人は、実験用動物つまりモルモットにされ、人権を持った人間とはみなされていなかった。
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 日本における、統治者とは天皇と皇族であり、権力者とは公家や武士であり、実力者は公家は藤原氏で武士は清和源氏系の源氏・足利氏・徳川氏である。
 庶民の百姓・職人や差別民である賤民・部落民は、金を持ち暴力を振るう権力者・実力者には面従腹背で従ったが、統治者の天皇には親近感を持ち皇室の為ならば命を捨てても守ろうとした。
 宗教権威は、表層的には外来宗教の仏教寺院にあったが、深層的には在来宗教の天皇心神道神社にあった。
 天皇家・皇室を守っているのは、百姓・町人などの庶民と非人・エタなどの賤民と海の民・山の民・川の民などの部落民達である。
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 韓国が国家と国民の英雄として称えている朝鮮人テロリストとテロリストの元締め金九は、日本国を転覆させるべく昭和天皇と皇族を殺害しようと狙っていた。
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 現代の歴史教育は、冷血に血も涙もなく、日本民族日本人に対して薄情であり、冷淡であり、非情であり、過酷であり、残酷である。
 政界・官界・学界そして経済界及びメディア関係者の高学歴出身知的エリートは、そうした歴史教育で高得点を取った優等生ばかりである。
 彼らが、日本の将来を決めている。
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 日本民族日本人は、狂信的・排他的・不寛容・傲慢・観念的な宗教や主義を嫌悪して排除した。
 日本から追放されたのは、宗教では中世キリスト教、主義では中華儒教(中国儒教・朝鮮儒教)、共産主義マルクス主義)である。
 その意味で、日本民族日本人は無宗教であり無主義である。
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 日本の自然風土では、哲学や思想はあっても良かったが、宗教や主義は無意味、無力であった。
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 中世キリスト教原理主義者によって、日本民族日本人はアフリカ人やアメリカ・インディアン達同様に奴隷として取引されていた。
 奴隷として売買される日本民族日本人を救ったのが、常識ある敬虔な宣教師達である。
 宣教師達は、「キリスト教徒は、人種・民族に関係なく人間として扱われる」というローマ教皇の教書に従い、奴隷として売られる日本民族日本人が雇い主・ご主人様から少しでも人に準じた扱いをされる様に洗礼を与え、キリシタンに改宗させた。
 つまり、キリスト教徒側から言えば、日本人の改宗は絶対神の御心に従う人道的行為で、褒められるこそすれ批判され貶される所以のなき布教活動である。
 「人が人である」為には、絶対神の「隣人愛の信仰」を受け入れ、絶対神と契約を結び、キリシタンに改宗する必要があった。
 それが、日本に伝来した中世キリスト教であった。
 もともと、原始キリスト教は困窮する下層民や虐げられる奴隷の宗教であった。
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 キリスト教にも非寛容で偏狂で狂気に満ちた原理主義は存在し、その原理主義日本民族日本人を金で売買できる奴隷民と定めていた。
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 何故。アフリカ人やアメリカ・インディアンなどと違って日本民族日本人が奴隷民から抜け出す事ができたのか。
 それは、日本民族日本人の素直で正直なところや約束を守る誠実さが愛され信用されたからではないし、好奇心が旺盛で探究心が強く、類いない技術力と学識・教養があったからではない。
 それらは、役に立つ優秀な奴隷として備えておくべき素質に過ぎない。
 フランシスコ・ザビエルら宣教師は、日本人を褒めちぎる手紙をバチカンイエズス会などの修道会本部に数多く送っているが、その意味する所は絶対神の下僕にできるかどうかである。
 絶対神の下僕にできると言う事は、白人キリスト教徒の従順な奴隷になるという事でもある。


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