🐉19』20』21』─1─毛沢東思想。大躍進政策の餓死者1,700万人~5,000万人。1958年~No.39No.40No.41No.42No.43No.44@   

 旧題名。ユダヤ系国際穀物商社・抗日中国人連合と資源輸入国家日本との食糧戦争。
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 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。↗
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 毛沢東レーニンスターリンヒトラー
 中国共産党ロシア共産党=ナチ党。
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 毛沢東「餓死者は畑の肥やしに良い」。
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 東アジアは、儒教的正統論で、事実を隠蔽し歪曲し歴史を恣意的に捏造する。
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 中国人は、他人が生きようが死のうが気にはしないが、自分よりも裕福になる事が許せなかった。
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 日本国内には、スターリンを崇拝し、毛沢東思想に心酔する反天皇反日的日本人が少なからずいた。
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 日本人には、中国人を絶対に理解できない。
 特に、儒教を読み感動する日本人には理解不能である。
 現代日本人は、歴史に於ける地政学を嫌い、中国共産党政府の実像から目を知らし、軍事大国建設に手を貸した。
 日本では絶対に起こらない事が、中国では当たり前の様に起きる。
 日本を大陸的狂気から救ってくれたのは皇室であり、日本人の精神を正常に保たせてくれたのは天皇である。
 天皇と皇室があったお陰で、日本には大陸的大惨事は起きなかった。
 もし、天皇と皇室が日本に存在しなかったら、日本はどうなっていたか分からない。
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 毛沢東「戦争は血が流れる政治であり、政治は血が流れない戦争である」。
 中国共産党と中国軍は、人民を暴力と死の恐怖で支配し、自国民を大量に餓死させ、少数民族を大量に虐殺し、仲間や同志を大量に粛清した。
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 中国共産党は、人類史上最悪の大量虐殺集団である。
 中国軍は、血も涙もなく実行する殺人部隊である。
 中国の指導者にとって、総人口13億人の内1億人や2億人が死のうが生きようが関心はなく、祖国の勝利の為ならば人口の半数を犠牲にする事も厭わない。
 人口の半数が死んでも、まだ6億人以上の人民が生きている。
 その数は、日本の総人口の5倍である。
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 中国共産党は愚民政策として、真実を伝えず情報操作を行い洗脳教育を行った。
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 毛沢東中国共産党幹部らは、人民が数千万人が飢えに苦しみ餓死しようと一切気にせず、仲南海で美女に囲まれ美酒を飲み豪華な中華料理を食べていた。
 中国の権力者は、昔も今も人民の塗炭のの苦しみを気にする事なく、強奪的に集めた山海の珍味を食い散らかし、残った食材を家畜の餌として捨てていた。
 中国人は、死後の世界を気にせず、「生きているうちが花」とばかりに、生きている間に好き放題する事をして楽しんだ。
 貧しくとも、健康で慎ましく長生きする事は愚かな敗北者と嫌った。
 明日死ぬかも知れない身の上であれば、短い人生を、他人に構う事なく思いっ切り自由に好き放題、勝手気ままに楽しもうとした。
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 中国に特派員を派遣していた報道機関は、中国から追放されない為に、中国共産党の非人道的虐殺を知っていたが報道しなかった。
 日本の報道機関も、見て見ぬ振りをして、真実を伝えなかった。
 左翼・左派の学者は、中国を美化して日本人の目を誤魔化した。
 日本のマスコミは、必ずしも事実を伝えているとは限らない。
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 毛沢東「物事は行き過ぎるぐらいにやって、丁度いい所でとまるものだ」
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中国共産党は、陰険な秘密主義から都合の悪い歴的事実を全て隠蔽していた。
 1950年代後半 毛沢東は、ネズミ、スズメ、ハエ、カは不衛生な「四害」として撲滅するように指示した。
 中国人民は、毛沢東の指示に従って、58年の一年間だけで21億1,000万羽のスズメを殺した。
 自然科学者の中には、スズメの大量駆除は悪影響が多いとして異を唱えた。
 全土でスズメが激減した為に、穀物を食べる害虫が爆発的に発生し農作物に甚大なる被害がでた。
 毛沢東は、誤りを認めず、60年にこっそりと方針を転換してスズメの代わりにトコジラミを四害に加えた。
 文化革命の際。紅衛兵は、毛沢東の方針に異を唱えた学者達を右派反動主義者として迫害を加え、死亡した学者の墓は破壊した。
 毛沢東は、独裁的共産主義体制を守る事を最優先とした。
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 2014年1月10日 msn産経ニュース「餓死数千万人は「内政」 中国、歴史問題で反論
 記者会見する中国国際問題研究所の曲星所長=10日、北京(共同)
 中国政府系のシンクタンク、中国国際問題研究所の曲星所長は10日の記者会見で、中国が自らの歴史で自由な討論を許さず、日本の歴史認識を問えるのかとの質問に対して、数千万人が餓死した毛沢東主席による大増産政策「大躍進」運動などは「内政問題だが、中日間の問題は国家侵略の問題だ」と反論した。
 民主化運動を武力弾圧した1989年の天安門事件文化大革命でも「中国国内で討論がないというわけではない」と主張した。
 中国は文革に対する客観的な評価や報道を厳しく制限しており、過去を知らない若い世代による毛沢東の“神格化”が進んでいる。
 天安門事件でも報道やネット掲載を厳重に禁止し、いまだに議論することもタブーになっている。曲氏は北京駐在の外国人記者を集めた会見で約1時間半、安倍晋三首相の靖国神社参拝を批判した。」(共同)
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 中国共産党の失政が引き起こした中国大飢饉による大量餓死。
 1955年 毛沢東は、側近等に「アメリカに追い付き、追い越す事は中国の宿命である」と宣言し、ソ連の5カ年計画を模した国家発展計画を実行するように指示した。
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 1958年 冷戦時。フルシチョフは、東側陣営の指導者として「15年以内に主要産物の生産量でアメリカを追い越す」と発表した。
 毛沢東は、ソ連への対抗意識から「中国は15年以内に鉄鋼でイギリスを追い越す」と宣言し、人民を総動員して産業発展の為に鋼鉄生産と経済開発を指示した。
た。
 大量の餓死者を出す、大躍進運動の始まりである。
 人民を、非現実で達成不可能な目標に大動員する命令を発した。
 市民は、強制的に協同組合に参加させられた。
 農民は、重工業労働者に無料で食べ物が与えられるだけの農産物量を生産すべく、集団農場で半強制的に働かされた。
 中国共産党政府は、乏しい国家予算の多くを重工業に投入した為に、多くの負債を抱え込んだ。
 58年から61年の3年間。中国は、天候不順と自然災害の被害で凶作となって飢饉が発生した。
 来年は天候が回復して豊作なると期待して、不足分を蓄えてあった穀物予備を放出して補った。
 地方政府は、中央政府から与えられた生産量以上の生産して、毛沢東からのお褒めの言葉を得る為に、環境の破壊を気にせず石炭を大量に燃やして煤煙を撒き散らしていた。
 予定量の石炭が得られない地域は、燃やせる物はすべて燃やす式に、計画的に森林を伐採し不要な建物を破壊して補い、さらに不足すれば歴史的建造物も破壊し、自然環境が破壊される事に構わず木や草など燃やせる物は手当たり次第に燃やした。
 人間中心の中国は、人と自然の調和を図る日本とは違って自然保護という意識が欠落していた為に、自然が死滅するかもしれない事に構わず自然破壊を行った。
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 大陸の住人は、自然が破壊され住めなければ、自然があって住める所に移住すれば良いという考えが根底にあった。
 ゆえに、大陸文明は自然を破壊して発展してきた。
 今日においても、自然環境保護会議がまとまらないのはその為である。
 大陸の人間は、生物が生きられないほど自然が破壊されても、広い地球には何処かに生きられる地域が必ずあると確信している。
 ゆえに。大陸の住人は、神経質なまでに心配性な超悲観的な島国日本人とは違って、コセコセとせず、超楽観した意識を持って陽気で面白可笑しく楽しく生活している。
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 1959年7月 黄河流域で洪水が発生し、穀倉地帯である華北と華中の東地域が水に浸り農産物に被害がでた。
 地方政府は、毛沢東の大号令が達成されすべく、食糧を生産していた農民を鉄鋼生産に動員した為に田畑は荒れて作物は収穫される事なく放置されて枯れた。
 さらに、鉄鋼生産に必要なエネルギーとして石炭を使ったが、石炭が手に入らない地方では手近の樹木を乱伐して燃やした。
 森林の広範囲にわたる消滅によって、雨が降るや大洪水とり田畑を押し流し、農作物に壊滅的打撃を与えた。
 共産主義の農業政策において、農民の私有財産は没収され、農地や家畜は全て国家所有とされた。
 平等主義から食糧は公平な配給制を採用した為に、農家に残る生産物は微々たる量であった。
 農民は、国家と契約して農業や家畜を借りて農業を行い、収穫され農作物や成長した家畜の大半が国家に徴収されていた為に、労働意欲は低かった。
 中国各地で凶作が発生して農作物の収穫量が減っていたが、絶対量は確保され人民が飢えても餓死する事はなかった。
 自然災害で不作に陥った地方政府は、規定数量を提出できないと北京中央政府から叱責をと恐れ、帳尻を合わせる為に農民を酷使して生産量を増やし、足りない分は食べ物として配給する量を国への拠出量に含めた。
 それでも不足するや、共産党員は官憲を総動員して、全ての農家を虱潰しに家捜しして家族用の食糧までも強奪した。抵抗すれば、反革命分子としてて暴行を加えた。
 農民には、中国共産党政府に対して抵抗する力がなく、偉大な指導者・毛沢東を恨まず、裕福な生活を送る党幹部らを憎悪した。
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 中国共産党政府は、鉄鋼生産の財源にする為に、58年と59年の2年間で数百万人の食糧となったはずの穀物約700万トンを輸出した。
 食糧を失った農民は、周囲の草木やネズミ・ヘビを食べたが、遂に食べるモノをなくして餓死した。
 空腹に耐えられなくなった者は、盗賊となって人を殺して食べ物を奪った。
 歴史的に。伝統的生き地獄が、人為的に発生した。
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 特権階級である中国共産党幹部や中国軍高官らは、決して飢える事がなく豪勢な御馳走を食べ散らかし、巨万の大金と有り余る物資の中で贅沢三昧の豪華な生活を楽しんでいた。
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 中国人は、人の命などに価値を持たず、自分一人が生き残る為ならば如何なる残虐手段も平然と行った。
 古代の日本人は、そうした中国人の残虐性に恐怖して逃げだし、「近づけば災いが訪れる」として中国人との接触を極力避けていた。
 事実。中国と一定の距離を置いて接し、中国に深入りしてのめり込まない時が、日本は安定して発展し、日本人は安心して幸福な生活を送っていた。
 日本人と中国人は、水と油のように混じり合う事のない完全に異質な人間である。
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 中国共産党の機関紙である人民日報は、大量の餓死者が出ている事を誤魔化す為に、「お米が大量に取れた」という嘘の記事を書いた。
 日本の朝日新聞も、中国共産党政府に阿諛追従する様に、中国で大豊作となったと報道した。
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 中国全体で、天候が安定している年は1.9億トンから2億トンの穀物を生産していた、
 1959年には、何とか1.7億トンを生産した。
 1960年と61年には、1.5億トン以下に激減した。
 農作物は、工業生産品とは違って1年に1度きりの生産活動であり、その年の天候に左右される博打と同じである。
 天候が悪ければ作物が全く取れない、100%か0%かの産業である。
 今年の天気がわからなければ、来年の天気など誰にもわからない。
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 1960年 華北と華中の一部での異常天候で不作が続いていたが、華中での農産物生産は順調であった。
 中国共産党政府は、大量な餓死者が出ている事を知りながらも食糧輸出を止めようとはしなかった。
「私はある村に行ったら遺体が100体があり、別の村に行ったらもう100体の遺体があった。 誰も遺体を関心しなかった。 人々は犬が遺体を食べていたと言った。 違う、と私は言った。 ずっと前から、人々は犬を食べてしまった」
 中国は、偉大な指導者の鶴の一声で地獄のような飢餓地獄に落とされ、人災として1,700万人から4,000万人が餓死した。
 年末 周恩来は、本年の食糧生産量が回復せず、来年の秋迄放置できないとして飢餓民救済に乗り出した。
 不足分の食糧を緊急輸入して飢餓民に届けたが、飢餓地帯が広範囲にわたる為に全ての飢餓民に行き届かず、飢餓が解消するまでにさらに多くの餓死者を出した。
 中国共産党政府は、毛沢東の失政を隠蔽する為に実情を調査せず、餓死者や犯罪に巻き込まれた犠牲者の数も調べなかった。 
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 東アジア人は、人間不信ゆえに「お人好し」の日本人の様に心から感謝はしないし謝罪もしない。
 むしら、救済する相手の心の裏を読む。キリスト教会は、異教徒を改宗させ、改宗者を離さない為である、と。
 白人ボランティアは、貧しい者を助けるという自己満足の為であり、有色人種に対しては人種の優越感の為である、と。
 特に、中国人は、謀略を教養の第一として人の心を読む事に優れていた。
 では、日本人はなぜ中国人を助けたのか。
 中国人は、日本人は、歴史的に中国人の無限に近い底力を「恐れている」と分析した。
 ゆえに、日本人に感謝をしない。
 それ以上に、反日運動を激化させて日本人により多くの恐怖心を与えようとしたのである。恐怖の為に暴行・強姦はおろか殺人を行い、威嚇の為に暴動を起こして放火や略奪の行った。
 日本軍は、内戦を終結させ、農民救済を第一とし、台湾・朝鮮・満州同様の国土開発により前近代化的な農村の自給自足生活を近代化すべくインフラ建設に全力を挙げ、神道的な農法と植林を反発を恐れず排他的保守的中国人農民に強制した。
 この強制が、中国人の反日感情を激昂させた。
 極東アジアでは、被災者に情をかけるのは弱者か詐欺師であり、強者は被災者を嘲笑いながら「恵んでやり」そして軽蔑しながら下働きさせるものである。
 ギネスブックは、「人類史上最大の大量殺人」として、1949〜65年における中国共産党政権下での6,376万4,000人の虐殺を記録している。
 フランスの『共産主義黒書』は、7,200万人。
 ニューヨーク・タイムズは、6,500万人。
 ワシントン・ポストは、8,000万人。
 香港の『争鳴』は、中国共産党内部資料として7,894万8,000人。
 曹長青「我々中国人は虚言の世界で生きている。習慣的な嘘は我々中国人の生命方式であり、唯一の言語だ。このような虚言の世界では、虚言の感覚すら失われて嘘が『真実』として受け止められ、歴史さえも勝手に操作され、現実も創り上げられてしまう。中共は虚言の機械であり、億万の中国人の心をダメにした」
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 中国共産党は、毛沢東の「大躍進」命令で、700万人以上の自国民を死に追い遣った。
 香港研究委員会は、1,470万人が処刑されたと発表した。
 アメリカは、1,800万人が虐殺されたと発表した。
 チョウ・チンウェン「中国共産党奴隷制度を復活させ、人々は家畜を殺したり、穀物の芽が出たばかりの畑を潰したり、共同体を破壊したり、幹部を殺したり、その他の公然と反抗を示したりするなど多様な方法で反抗しようとした。国内の全ての省の全ての郡で反乱があった。」
 「大躍進」の結果、2,000万人が大飢饉で死亡した。
 総べたが、共産主義大義の名によって行われた。
 アンスレー・J・コール「それゆえ、(1958年から1963年の)過剰な死者数は過少報告を考慮しなければ1,600万人、過少報告の概数を考慮すれば2,700万人である」
 日本国内の若い共産主義者で、毛沢東を崇拝する毛沢東派が増え、親中国派として反戦平和市民団体を指導した。
 日本人共産主義者らは、反米・反基地・反自衛隊を訴えていた。
 非暴力を標榜し、国土・国民を守る一切の武器を捨て、人を殺さない為に無抵抗に徹しきるべきであると。
 対中国戦略の要である沖縄を無力化の為に、アメリカ軍基地を全面撤退させ、非武装平和地帯とすべきであると訴えている。 
 中国の文化革命で、773万人以上が虐殺された。
 毛沢東「破壊なくして建設はない」
 若い日本人共産主義者は、中国を頻繁に訪れ、日本にも文化革命の必要性を痛感した。彼らは、天皇制打倒と日本再生の革命テロリストになろうと誓った。
 彼らが重視したのは、民主主義教育である。
 日教組は、ソ連や中国を理想国家として、マルクス主義による日本改造の為に平和教育に力を入れた。
 中国は、古代から、日本を領土にするか、属国にして支配する事を夢いていた。
 日本人の一部には、中国人の希望を叶えようとする友好派や良心派といった親中国派が存在している。
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 ベトナム戦争毛沢東は、数千万人の餓死者を出した大躍進の失政を隠蔽する為に、ベトナム戦争を利用し、中国全土に飢餓民が餓死寸前で放置されているにもか関わらず、大量の物資を被災者救済に使わずベトナムに送り続け。
 中国共産党政府は、自国民を見捨てていた。
 中国共産党幹部は、自分の優雅な生活を維持する為に、自国民から生活の糧である食料や財産を没収していた。





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なぜ中国人はこんなに残酷になれるのか -中国大虐殺史-

なぜ中国人はこんなに残酷になれるのか -中国大虐殺史-